第7話 溜息を吐く
「はぁ、ただいま」
「お帰り~。あら、今日はいつも以上に疲れてるわね。何かあったの?」
「なにもないよ母さん」
「ならいいんだけど」
母さんに心配された。それほど疲れ丸出しだったかなぁ。
まあ、今日は色々あった……と言うか、ありすぎたからね……。
とりあえず部屋に直行した。
ベッドの中で、スマホでツイッターでも見て暇つぶしをする。
正直勉強はしたほうがいいのだが、その気にならない。
とにかく一度今日までの出来事を整理してみよう。
まず、昨日。
朝、あのホモ生物と出会う。
放課後、謎の怪物に襲われる。それをあのホモが命をかけて倒す。
今日。主に放課後。
蘇ったホモ生物とともにまた怪物に襲われる。
それを魔法少女が倒す。
助けられた僕はそのまま彼女らに拉致されて本性を見せられる。
逃走して今に至る。
わけがわからないよ!
一体何が起こっていたのか自分でも理解できないって言うレベルで何が起こったのかわからないよ!
はぁ……。
**********
その頃、お母さん。
「優樹、どうしたのかしら。今日はやけにあわてて」
異様に疲れていた彼の様子に、少し違和感を持っている。
さらに、本来知るはずがないことを知っていた。
「あの、誰にも聞こえなかったはずの声……。優樹はそれと会話していたみたいね」
それは紛れもなくあの生き物が発していた声。普通の人間には聞こえないはずのその声を、彼女は盗み聞いていたというのだ。
「あの方の声だとしたら……」
彼女は戦慄する。
あの子は、男の子のはず……。それなのにあのことに巻き込まれるなんてことは……。
信じたかった。息子の安全を。
「魔法少女なんて……絶対に……」
ありえない、そう言いたかった。もしも、なってしまったら、彼は……命を落とすかもしれない。
しかし、現実は甘くはなかった。
いままさに、彼は「魔法少女になる」という選択について考えていたのだから。
**********
「おはようございまん」
「こあぁぁぁぁぁぁ!」
今日は悪夢を見た。
日常系萌えアニメのオープニングをぶち破ったそのまんま狂気とか実写で出てくる有名声優とか踊る旧支配者とかそういうのがいろいろ織り交じった、狂気の世界の中にいる夢だ。
あんなものを見せられたら発狂するわ! それこそ地上波では流せないだろ!
――残念ながら、それと類似した内容のテレビアニメが放送されてしまっていたという事実を後で知ることとなる。
それに比べれば、今の現実はまだましかもしれない――
「じゃあ早速やろうぜゆきちゅあぁぁぁん」
「ひぇぇぇぇぇぇ台詞のキモさが数割増になってるぅぅぅぅぅぅぅぅ!」
前言撤回。やっぱりこれも悪夢であってほしいと、向かってくる淫獣をカウンターで撃退しながら願うのだった。
そして、登校してから、まだ教室に人があまりいないうちにカバンに話しかける。
「おい、どうせ今日もいるんだろ?」
「あはは、ばれちゃあしょうがない」
やはり、カバンの中から淫獣が出てきた。
ばれるも何も、こんなに毎日ついて来られれば「今日も来てるな」って予想はつくよ。
まあ、今日話したのは、そう言うことじゃない。
「……魔法少女のことを詳しく聞かせてくれないか?」
「ん? 僕のこと?」
「それも含めて、洗いざらいはいてくれるとありがたいな」
「……仕方ないね、話してあげよう」
僕は内心どきどきした。一体どんな話が飛び出すのか――。
「僕は、イケメンSA☆」
「違うよそういう話じゃなくってぇぇぇぇぇぇ!」
うっすら予想はしてたけど、やっぱりはぐらかされた……。
だけど、今日は暴力に訴えるようなことはしない。脅したりもしない。
むしろ、僕のちょっとしたコンプレックスを使う。
すなわち。
「僕は、昔の魔法少女のこととか、仕組みとか……。いろんな事が、知りたいな……?」
淫獣を持ち上げて、声を最大限高くしながら、上目遣い。
うう……ちょっと辛い……いろんな意味で。
だが、効果は絶大。いや、強すぎた。
「んがあぁぁぁぁぁぁぁぁかわういいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
淫獣は鼻血を吹き出した。僕はそれがかかる前に避けて、手に持っていた鼻血噴出しマスコットを机の上に叩くように置いた。
床や机に飛び散った血は、ポケットに入っていたハンカチで拭く。
そのハンカチで机に置かれた血を出すボロ雑巾の血を止める。
おかげで被害は最小限ですんだ。
「ぼ、僕に対する扱い、ひどくない? 淫獣とか、鼻血マスコットとか、ボロ雑巾とか……」
「ふう……。このハンカチは帰ってから捨てるか……。気持ち悪いし」
「無視しないで!」
さて、一時間目は体育だ。
**********
体育の授業。
今日はサッカーだ。
写真部の友人、上尾が一眼レフを構えるのを横目に、僕はボールを蹴る。
「永田くん!」
「わかったでござる! ユキたん!」
「その呼び方はやめてって言ってるだろ!」
そうしてボールをクラスメイトに渡す、そのときであった。
ボールを蹴ろうとした拍子に足が滑ってしまった。
「きゃあっ!」
『うおぉぉっ』
その瞬間、何故か、グラウンドが期待と多少の性的興奮に満ちた歓声に包まれた。
「いたた……」
よく見ると、膝から血が出ていた。擦り剥いてしまったようだ。
僕は慌てて、体育着のズボンのポケットからハンカチを出す。
げぇ、さっきの淫獣の鼻血つきハンカチじゃん!
……仕方ない。
そのハンカチで止血をする。もう乾いているはずだから、問題ない、はずだ。
「大丈夫か!? 保健室に連れて行こうか!?」
上尾が僕に近づく。
……少し遅い気はしたが、まさか、転んでしまった僕の写真を撮影していたがために遅れた、ということは流石にないだろう。
ない……と思う。シャッター音は気のせい、のはずだ。
「うん、大丈夫。ありがとう」
僕はそう言って、立ち上がった。
さあ、もうひとがんばり。
何かがしみたようにひりひりと痛む膝を気にしないようにしながら、僕はまた走り出した。
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