第8話 恐怖、顕現す


 その日の放課後。

 今日も背中に寒気が走る。

 道路上には、あたかも子供の落書きのような、雑な絵柄のバスが、これまた適当な排気ガスのようなものを出して動いている。

 また、あの空間だ。停止世界。

 しかし、今日は毛色が違った。

「ははっ! はははっ! やっと会えたね! 忌み子君」

「誰だ!」

 僕は、聞き覚えのない、その無邪気な子供のような声に、思わず叫んだ。

「え? なに言ってんの? 君は生まれたときから僕を知ってるはずだよ? 遺伝子レベルから刻み込まれているはずだよぉ?」

 どこからともなく聞こえてくるその謎の声。そして、それに乗せて伝えられる、意味のわからない文言。

「ど、どういうことだ! 僕はお前など知らない!」

 負けじと、半ば自分に言い聞かせるように叫んだ。

「へぇ、思い出せないんだ……。なら、思い出させてやろうか」

 無邪気そうだったその声は、恐ろしくなるようなことを言い。

「行け、ホモショターコン!」

 地響きがした。

 瞬間、目の前に巨大な影が伸びる。

「ショタァァァァァァ! ロリショタァァァァァァ!」

 怪物のお出ましだ。

「ッハァッ、ハァッ……やっと喋れるよ……」

 淫獣がカバンからひょっこり顔を出す。

「どうしたんだ」

「さっきのあの声、相当やばい奴だったみたい。威圧感のせいで身動きとれなかったもの」

 そうか。

「残機が減るところだったよ。攻撃も受けてないのにね」

 口ぶりからして、怪物を出したのもあいつだ。きっと、怪物たちの幹部クラス……あるいはボスだったのかもしれない。

 ならば、そんなに位の高い奴が、なんで僕のことを知っていたのかが気になる――が。

「今はそんなこと考えてる場合じゃないよね」

「ショタァァァァァァ!」

 怪物は僕たちに向かってパンチ。

 僕は走った。

 そして、ちょうど僕達のいた交差点に怪物の拳が突き刺さった。

 間一髪、避けきれた。

「このままだと君も僕も残機を失うことになるね」

「僕は残機ゼロだけどね」

 そこにいる淫獣と違って、僕は死んだらゲームオーバーなのだ。

「そこで一つ提案があるんだけど」

 淫獣が僕に告げる。


「魔法少女、やってみない?」


 はぁ。呆れた。

「どうせエロいことをさせられるんだろう?」

「今なら乳首いじりだけで許したげるけど」

 やめてよ……。

「やらないよ」

「冗談だよ」

 ……ほっ。

「じゃあ、一体どういうこと?」

「君、魔法少女になるための契約方法は覚えてるかい?」

 それは……たしか、“体液を契約者の体内に入れる”。

 ……はっ! まさか……。

「僕の鼻血がついたハンカチで傷口を拭いたでしょ? あの時、それが溶け出したんだよ。君の血管に、ね」

 淫獣は不気味な笑みを浮かべながら告げた。

 僕は思わず叫んだ。

「……変態だ――――!」


「というわけで、どうする?」

「でも僕はならないよ! だって、僕は男なんだから!」

 僕は言った。そこだけは、譲れなかった。

「でも、奴は迫ってきてるよ?」

 その奴――BLを狙う怪物こと“ホモショターコン”は僕らを探している。どうやら見失っているらしいが……見つかるのも時間の問題だ。

 しかし、僕は後退る。

「……そうか、なら仕方ない」

 淫獣は言い、体に力を込めるようにふるふると震えだす。

 僕はさらに後退った。

 一発、破裂音。

 目の前にはフェレットの顔をつけた全身白塗りの全裸マッチョが立っていた。

 見るからに変態臭のするそのキモイ生物は、野太い声でただ一言、身の毛もよだつ一言を発する。

「レイ○プ調教でもするか」

「やめろォォォォォォォォォォォォ!」


 僕は、ホモに脅されて、魔法少女の道を選ばされました。


「変身したいって、心から願ってね」

「いきなり言われても」

「あくしろよ」

「ひぃ!」

 僕は願った。というより願わされた。

 そして、心の中でつぶやく。

(逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ……)

 逃げたら犯(ヤ)られる……。

 そんな恐怖心だ。

 落ち着くために、目をつぶりながら深呼吸。

 そして、目を開いたそのとき、それは始まった。

 視界を埋め尽くす、白い光。浮遊感。

 身体に光がまとわりつき――力がこみあがる。

 浮遊感が切れ、地面に降りる。

 風が吹き、髪がなびき、スカートがめくれ――ん?

 僕は後頭部を触る。そのまま首筋、肩まで……髪が伸びている。

 さらには、耳の上あたりに異物感。触ってみると、両方結ばれていた。

 そして、スカート。

 下を見てみると、フリルが大量についた、白を基調にしたミニスカート……というよりミニドレスというべきか。よく魔法少女もののヒロインが着ているような可愛らしい衣装だ。

 しかし、何故だか底知れぬ不安感があった。

 あったはずの感覚が、ない。

 僕はゆっくりと股間に手を伸ばす。

 そこには、あるべきものがなかった。

「女の子になった気分はどうだい?」

 …………そんなふうに言った淫獣を絞め殺したくなってきた。

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