第8話 人助けの交わりの辛さ

 あれから二人の不思議な時間は続き今週の金曜日は4回目になる。

 尾上さんは相変わらず自分のペースで坦々とルーティンをこなして帰っていく。

 一方の私は、週一のルーティンの後の欲望の高まりは尋常では無かった。

 なんとかもっと深く、あたたかい彼女の温もりを独占したかった。

 前日から天気予報では台風警報がでていて、学校も教育委員会の指示により、臨時休校ばかりになった。塾も金曜日のキャンセルの連絡が続いていた。

 しかし結果的には、当日の台風は東の方向に大きく反れて、多少風は強いが、生徒さん達が来れない天気ではなくなった。

 数年に一回位こういうことが起こるので驚きはしないが、スケジュール張を確認すると、キャンセルをしていない生徒さん。つまり、本日塾に来る予定の人は尾上さんだけになった。ワクワクしていた。チャンスだと思った。

 朝の10時過ぎなのにもかかわらず、冷蔵庫の奥底に忍ばせておいた残業の友であるビールを取り出して、一気に飲み干すと食器棚の奥からワインを取り出した。

 昨年浪人生の母親が成績を上げてくれたお礼としてくれたものだ。ワインをオープナーでこじ開けるとグラスに注いで2回でがぶ飲みをする。

 二人の関係を変えるなんらかのきっかけが欲しかった。尾上さんが来る前に酔っていたかった。

 塾のドアの鍵を閉めて順調に酒を飲み続けて大分いい気持ちになっていると、ドアがノックされた。

 誰が来るのかはもちろん分かっていた。

 尾上さんはジーンズの生地のミニスカート・白いノースリーブのシャツの上に一枚はおっている。

「どうぞどうぞ、おまちしておりましたぁ」

 いつもより明るい調子で挨拶して彼女を部屋に通した。部屋に入ってくるや否や彼女は驚いた顔で私を見た。

「ひょっとして酔ってますか?」

 予想したとおりの質問が来たので、今日は台風の為に予約が入ってないことを告げた。 

 彼女はどちらともいえない無表情な雰囲気で私の話を受け止めた。

「実は初日も飲みたいと思っていたんですよね。ほら、やっぱり緊張するでしょう。やっぱり普段やらないことですし、リラックスしたほうが子供できるといいますし」

 言い訳がましいと思ったが彼女の気持ちを確かめたかった。

 彼女は何も答えずに時計を見ると「じゃあお願いします」とだけ言って下着をいつものように脱ぎ始めた。自分もいつものようにズボンを脱いで下着も脱ぐと彼女の前に立った。 しかしここからがいつもと違った。ネクタイを取りYシャツを脱ぎ全身裸になると、彼女をゆっくりと抱きしめにいった。

 彼女は避けることもなく棒立ちのままそれを受け入れた。

しばらくして「困ります」と彼女は一言だけ言った。

「ふつうに抱かせてくれませんか? もう我慢できないんです」

 酔っているので正直に言えた。

「困ります。そんなことをしたら違う目的になってしまいますから、、、、そういうつもりではないんです。分かってください」

 彼女はとても困った顔をして私に訴えた。しかし、もう後に引けなくなっているもう一人の自分が存在した。

「けじめはつけます。この瞬間だけ愛することは駄目ですか? 私のこと気に入って依頼してくれたんですよね?お願いします」

 逃げていく目線を呼び戻すように見つめるがなかなかこちらを見てくれない。

「でも約束ですからこちらの言うことを守ってください」

 彼女は精神的に私を突き放した。私は全裸のままツカツカと本棚に走り紙袋を掴むと、彼女の前に差し出した。

「この500万円返します。お願いですからちゃんとあなたを抱かせてください。魅力的なんです。あなたは! お願いします」

 お酒が回って頭がふわふわしていたが、けっして嘘をついている訳でもなかった。

「約束を破らないでください!約束したでしょ」

 押し戻された紙袋を受け取らないでいると、彼女は私にお金の袋を投げ返し、大きな声を張りあげた。我慢できないと言う感じだった。

 私は拗ねた子供のようにそのまま床に座り込んだ。

「だいたいお酒をかってに飲むなんてずるいです! 飲む前に言うべきでしょう!」

 彼女は言葉を続けているが、私の耳にはこれ以上入ってこなかった。

「すみません」

 ビール一缶とワイン1本で、しこたま酔った筈だったのだが一瞬で酔いが冷めた。

 座り込んでうなだれて、そこから動けなくなった。

 目の周りがぼやけてきて情けないことに自分が泣いていることに気付いた。

 今まで女性に振られたことは沢山あるのだが、泣いたことは一回もなかった。

 飲みすぎたのかもしれない? 

 酒のせいにしたかった。

 尾上さんに上から見下ろされ自分は今どう見られているのだろう惨めだった。涙をとめようとするがなかなかとまらない。泣いたときのしゃっくりがなかなか止まらなかった。現実から逃避したかった。

 4~5分ほどたったのかもしれない。

 私は床のカーペットの一点を眺めて動かない。

 そして彼女も立ったまま動く気配がなかった。

 全裸なので少し寒さを感じてきたころ後ろからあたたかいものが包んだ。

 尾上さんが後ろから背中を抱きしめてきた。

 彼女のほのかな香りと背中から伝わってくる。

 彼女の体温が心を安らがせる。

 彼女は左胸をやさしくポンポンと軽く触れ僕の呼吸を落ちつかせる。

 彼女の心臓の音と呼吸の音が心地よい。

 彼女はたぶん服を脱いでいるようだった。

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