第7話 約束の金曜日

 湧き出てくる罪悪感を押さえ込んだ後、現実的な妄想が次から次に沸いてきた。

 来週の金曜日の昼、私が着るべき服、ベッドもシャワーもないこの場所でいったいどうやって彼女に精子を提供すれば良いのだろう。3つの部屋にあるテーブルは幅一メートル程度・長さは1メートル20程度・床からの高さは90センチほどなので、ベッドのように使うことはできない。

 そうすると、床のカーペットの上で、ということになるのだろうか? 

 何か敷くものを購入しておくべきなのだろうか? 

 まさかそんな恥ずかしいことをメールで聞くわけにもいかなかった。

 マットや簡易ベッドいや思い切ってソファを買うべきなのでは? 

 とりあえず謝礼の500万円入るのである程度私がそろえても良いのでは? 

 ただ、そんなことをすれば自分が張り切ってるように、彼女には受け入れられてしまうのではないだろうか? 考えれば考えるほどどうすべきか迷った。

 仕事が終わり自宅の壁を眺めている。特に理由はなかった。時間はあっという間に過ぎて木曜日の夜である。明日の13時30分にはいよいよ尾上さんが来る。

 志穂がするすると近寄ってきて、私の頬をツンツンと突きながら「あれ昨日は楽しそうだったのに、なんかいや事でもあったの?」と不思議そうな顔で聞いてきた。

 妻は私のこの状況など分かるはずがないのに焦った。

「いや、いつもと変わらないよ」と表情に出さないようにして返すと、彼女は私の瞳をじっと見つめて「変な人」って言って台所に向かった。

 食器を洗う彼女に後姿に向かってもう一声かけてみる。

「あの、うちブランケット沢山あったよね! 1枚余ってないかな?」

 どう考えても、明日行為中に何か敷くものが必要だと思った。

 彼女は洗い物から手が放せないらしく。こちらに振り向きもしない。

「なんで、ブランケットがいるのよ」

「いや塾でたまに仮眠したくなるんだよね」

 妻がこちらを向いていないだけ嘘がつきやすかった。

「えっ、それどうしてもいるの?」

 私にやましい気持ちがあるからか、彼女の声はとても不機嫌そうに聞こえた。食器洗いの手が止まっているがこちらを向く様子はない。

「いや、無いならいいよ。無かったらいらないから、無ければどっかで買うからいいよ」とあっさり引き下がる。聞こえてる筈なのに彼女は1分くらい食器洗いを続けてひと段落するとやっと口を開いた。

「押入れの中にお祝いでもらった新しいのがあるから! 持っていけば」

 結局妻は私に一目もくれなかった。彼女は時々このような対応をするのでいつもはあまり気にならなかったが、今回は罪悪感から少し気になった。

 

 金曜日の朝、妻の顔を気にしつつ早めに家をでて、スーパーや雑貨屋さんを駆け巡る。 

 昨晩、めずらしく妻がベッドの中で脚を絡ませ誘ってきたが、寝たふりをして誤魔化した。今まではセックスを拒むことなんてありえないことだったが、今回はどうしてもそうしたかった。

 朝食を食べるときには、妻は何事も無い感じで普通に接してくれた。

 右手に持った紙袋には、押入れから取り出した一番上品に見えるブランケットとタオルが入っている。

 駅前に到着した。自分で何を買っていいのか分からなかったが、必要なものを必死で連想した。ウェットティシュ・ティッシュペーパー・汗拭き用ウェットティッシュを買った。 本当はお酒でも飲みながら、精子の提供を行いたいものだが、金曜日の昼下がりで、その後は高校生や浪人生のクラスが4つくらい入っているので、お酒を飲むことは出来ない。 香水をつけることも考えたが、準備してきましたと言う感じが満載だし、その匂いが残るので、妻の反応を恐れて購入することが出来なかった。結局あちこち歩き回ったが、これこそが必要と言う物は見つからなかった。

 事務所に到着すると、まだ11時。昼前なのでまだ時間がある。とにかく昨日から掃除をやろうと思っていたので、掃除機を鷲づかみして運ぶと、いつもクラスを行っている部屋から片っ端に掃除機をかけて行った。

 今からここで、精子提供をやることを考えると、やはりアドレナリンがでてくるのかもしれない。いつもとは違うキビキビとした動きだった。

 3部屋と廊下の全てを掃除機かけ終ると、雑巾をトイレの棚から出してきて、水に濡らして勢いよく絞ると塾の床を片っ端から雑巾がけを始めた。いつもは掃除機だけで済ませるので、雑巾がすぐに真っ黒になる。なので何回も雑巾を洗いに行く。

 たぶん行為が行われるであろう部屋の床を、念入りに拭いた。

 ここに寝そべることになるのだろうか? 

 部屋の真ん中のテーブルの端にブランケットの入った紙袋をすぐ出せるようにさりげなく置いた。

 床を拭き終わると、棚から机から徹底的にホコリを払い綺麗にした。

 時計を見ると12時30分になっていた。あと30分で尾上さんはやってくる。

 落ち着かなかった。スーツが汚れていないかチェックした。その後自分で腋をクンクンと匂いを嗅いで確かめる。冷房をきかせていたので幸い汗はかいていなかった。

 念のために、2日前にジャージとTシャツを持ってきたのだが最初から着ておく訳にも行かなかった。

 その後は髪型が気になった。結婚してからというもの、髪を乾かしたら、いつもそのままに放置していたのだが、今日は髪の毛一本一本の流れが気になった。

 そんなことをしているとようやく約束の13時30分になった。 いつもは時間通りに来るはずの尾上さんは時間通りに来なかった。

 遅れたらメールをしていただくのが塾の規則なのだが、まだメールも来ていなかった。

 恥ずかしながら、ここで初めて自分が騙されてるのではないかと考えた。

 よく考えれば、あんなに美しい人から1000万円を貰って、そのうえにセックスまでできるなんてあり得なかった。

 今、冷静に考えて見れば、これはときどき迷惑メールボックスに入っているジャンクメールの内容と酷似している。つい最近受け取ったEメールで、ちょうど7000万円が余っているから、もしデートしてくれたらあげるという馬鹿げたい一通を受け取ったを思い出した。

 Eメールでくれさえすば、すぐにインチキだと分かるのに、実際に顔と顔をあわせて話せば、たとえ騙されていても分からないものだ。すっかり自分が騙されたのが悔しかった。 そう思いながら、入口のドアを恨めしそうに眺める自分がいた。

 時計の針は13時50分を指していた。20分の遅刻だ。もはや来るわけがない。

 諦めると同時にやっと冷静に頭を回転し始める自分がいた。

 何故そんなことを尾上さんは私にしたのか?

 そんなことをして何が得になるのか?

 考えれば考えるほど分からなくなった。頭に来たのでゴミ箱を思い切り蹴飛ばした。中に何も入っていないゴミ箱は騒々しい音を立ててドアのところまで転がっていった。ころがったゴミ箱を直しもせずに冷蔵庫からペットボトルの水をとりだしゴクゴクと飲んで、授業をする部屋にもどり、椅子を乱暴に取り出しドカッと座った。

 目をつびり頭を両手で抱えて深呼吸する。なぜか欠伸がでた。いろんな意味で緊張していたのかもしれない。緊張がなくなると眠くなってきた。

 昨晩からいろいろ考えて眠れてない。少し無意識になったと思ったらいつの間にか眠っていた。

 ここちよいドアベルの音がかすかに聞こえてきたようだった。でもまだ少し眠りたかった。自分の脳が目覚めていくと同時に、ここは塾の教室の机の上だということに気付いた。 ということは、誰かが塾に入ってきたことになる。

 16時のクラスの浪人生がもう来てしまったのか? 

 やばい!と思い急いで顔を上げると、そこに尾上さんが立っていた。

 はっきりと顔が見えるので夢ではないと言うことははっきりしていた。急いで机の上の時計を見ると時間は14時を過ぎていた。

「すみません。遅れましたごめんなさい!」

 完全に騙されたと思っていた私は、深々と頭をさげられてどう対応していいのかが分からなかった。

「いや からかわれたのかと思ってましたが、、、」

「からかってません。すみません 今銀行が500万円用意するのに、いろいろうるさいみたいで、本人確認とか、金額が多いとかで、現金で引き出すのに時間がかかってしまいまして、すみません一時間以上も遅れて」

 彼女は、ためらいも無く紙包みを前に差し出した。袋の上が開いてて帯付きの札束が見えている。お金の重みと一緒に彼女の本気度を実感した。

 そのまま紙袋を受け取ると、あまり執着心がないことをアピールするように机の上に置いた。

「あの~ 今日はまだ時間がありますか?」

 彼女はまっすぐ私を見上げた。それが何を意味するのかは十分わかっていた。

「ありますよ。16時からは他の生徒がきますけど」

 なるべく表情を壊さずに答えた。今14時過ぎなので1時間以上、たっぷりと時間があった。

「ではお願いします」

 彼女はペコリと頭を下げた。彼女はやや下を向き私の行動を待つ受身の気配だ。起抜けであるということと、一度諦めたので今まで考えていた段取りが真っ白になって思い出せない。

「ちょっと、ちょっと鍵を閉めてきます」

 とにかく落ち着きたかったので、部屋の外にでて入り口のドアの鍵を閉めに言った。

 大きく深呼吸しながら歩きドアのところにいくと、いったんドアの外にでて、ドアに掛けているボードを外出中にして中に入って急いで内鍵をかけた。

 先程蹴り飛ばしたゴミ箱が部屋の隅に横たわっていることに気付き、急いで立て直した。スチール製のゴミ箱は蹴ったところが大きく凹んでいたので凹みが目立たないように後ろ側に向けた。

 尾上さんは部屋に入った時、これを見てどう思ったのか少し気になったが、わざわざ聞いてみるわけにはいかなかった。

 彼女のいる部屋に戻る前に、トイレに立ち寄りいそいで鏡を見た。

 思ったとおり髪の毛に寝癖がつき、耳の後ろのほうの髪の毛がピンと立っていた。

 いそいで手に水をつけて寝癖を直した。

 最近買ったヘアスプレーが洗面台の上の棚にあったのを完全に忘れていることに気付いた。目の周りや口周りを確認すると、トイレの中で再度大きく深呼吸した後、尾上さんが待つ部屋へと向かった。

 入り口にある電源スイッチで部屋の明かりを消して、ドアを再度開けると、部屋はある程度薄暗くなっていたが、ブラインドの隙間から入ってくる光のせいで、真っ暗にはならなかった。

 彼女は無防備に椅子に腰掛け入ってくる自分を見つめて、ゆっくりと立ち上がった。

 彼女は袖の無い黒いミニのワンピースを着ていて、そこから見える白くきれいな質感のある太ももがとても魅力的だった。

 ブラインド漏れの光が、舞台かなんかのステージ上での照明のように、後ろから彼女の均整の取れた身体を照らし出した。テーブルの向こう側の椅子に回り込まずに彼女の目の前の手が届く距離に立った。

「あの、始めましょうか? 本当にここでいいんですね?」

 どっちがリードすればいいのか分からなかった。

 これだけ言って彼女の返事を待ってみる。「はい、じゃあ始めさせてください。興奮していますか?」

 彼女は顔を少し赤らめたわりには結構直接的に聞いてきた。

 白くて細長い指が、スーツのズボンの股間のところを確かめるように、ゆっくりと触ってきた。

 既にすごく固くなってしまっているのに驚いたのか?

 指が一瞬止まった。

 はじめて彼女の指が身体に触れた。そしてそれが下半身だった。

 この状況で興奮しない訳がなかったが、まるで童貞だった学生の時のように、興奮しているのが恥ずかしくもあった。

 本当に不自然なセックスを私達二人はしようとしていた。

 とりあえず妊娠させるという依頼に答えるという役割上、私から積極的に動く訳にはいかなかった。

「固いですね」と彼女は指で形を確かめるように、器用にさすりながらかすかに微笑んだ。 彼女は少しづつ恥じらいを捨てはじめ大胆になっていく。

 その一方私は、おそるおそる彼女の二の腕に手を置いて彼女の体温を確かめた。

「少し触っていいですか」

 風俗のお姉さんに許可を得るように彼女に聞くと、無情にも彼女は首を横に振った。

 もちろんOKだと言われると思っていたので、私はためらいが隠せなかった。

 手を腕に触れたまま、言われたとおり動かずにいると、下半身へのマッサージは激しくなっていった。

「外にだしますね」と彼女は言うと、ゆっくりとスーツのズボンのジッパーを下ろして、ベルトをゆっくりと外していった。

 彼女は一つ一つの動作の合間に、反応を確かめるように、いちいち私と目を合わせていけない動作を行う。

 頭の方に血がのぼっていくのが自分でも分かり、顔が興奮で真っ赤になっていくのが分かった。

 新しく買ったばかりの黒いボクサーパンツがはち切れそうに膨らんでいる。

 彼女はボクサーブリーフを脱がさずに、前の穴から興奮したモノだけを取り出した。

透き通るような綺麗な指で絡めとるようにしごきながら、顔を近づけて微笑みかける。

 キスをしようと試みた。もはや我慢できなかった。

 無言で彼女の唇めがけて顔を近づける。

 彼女はまた顔を逸らした

「ごめんなさい駄目です。気持ちが移りますから」とだけ言うと、彼女はスカートの中に手を入れると、下着をゆっくりと脱いでいった。

 黒い小さい下着を一回折り曲げると、椅子の上に置いた。

 そして、黒いワンピース型のドレスを、へその所までたくし上げると、授業で使っているテーブルの上にお尻をのせた。

 スカートの隙間からチラッと中身が見えるのがたまらなかった。挿入するには高さ的に丁度よくなった。

 私はボクサーを完全に脱いでテーブルの置くに置いた。

 最近なかったくらいにガチガチになっている自分のものに挨拶するように、彼女は人差し指でコンコンと先端をノックする。

「入れても大丈夫ですか?」

 挿入しか許されていないので我慢の限界にきていた。

 落ちてきているスカートを再度たくし上げると、隠れていた部分が目に飛び込んだ。

 白すぎるくらいな肌に口紅をさしたように赤い部分がある。

 そこから大量の液体が湧き出してる。

 ヘアは完全に処理しているようで何も隠すものがない。

 なのでとてもクリアーに見えてしまう。

 湧き出た液体がテーブルの上にしたたり落ちている。

 彼女の腰を抱えて入り口に自分の先端をあてがうとゆっくりと前に押し出した。

 初めての侵入者を確かめるかのように、ゆっくりと彼女の部分は受け止めていく。

 中はとても熱く何かがまとわり付くようにピクピクと締め上げられる。

 キスすることも触ることも許されずに挿入だけのセックス。

「うぅ」

 二人はお互い声にならないような呻き声をあげている。

 まだ3分もたたないような気がしたその時、衝撃的な速さで脳は射精の命令をくだす。 

 長く感じていたい自分の気持ちと、快楽を得たい葛藤に絶えられずに、膝がガクガクと震えだした。

「あーっ」と叫ぶと、一番奥の部分に到達するように、、、

 しっかりと身体が溶けて一つになるくらい押し込む。

 おそろしい快楽と共に彼女の中に勢い良く射精した。

 自分のモノは何回も何回も痙攣してドクドクと溜まった液体を彼女の中に送り込む。

 二つの身体が密着し、彼女の荒い息遣いが耳のそばで心地よかった。

 彼女は多くの精子を体内に留め置きたいと言う理由で、、、

 そして私はなるべく身体の中に滞在したいという違った理由で、、、

 なかなか離れることは出来なかった。

 私の下半身の痙攣が終わってしばらくすると、彼女が腰を浮かして身体を離した。

 離すとすぐに、白い液体がポツリと湧き出てきた。

 彼女はそれをティッシュで漏れないように抑えた。

 彼女はその作業に忙しそうだったので、ティッシュを抜き取り、自分のモノを拭いた。 

 いつもなら終わった後は元気がないものだが、今回はもう一回できそうな勢いで固くなっていくのがわかった。 彼女は忙しそうにティッシュを何枚も重ねて長方形に折ると、パンティの底に生理用ナプキンのように置いて下着が汚れるのを防いだ。

 パンティを上にあげて服の乱れを直す仕草がまた私の欲情をそそった。まだ終わったばかりなのに、いつもと違って下半身はパンパンになっているのだが、彼女は、もう今日の目標は達成していて満足そうだった。

 さすがに「もう一回やりませんか?」と誘うことはやめた。

 予定の時間から大幅に遅れてしまったからなのだろうか、尾上さんはセックスの余韻も残さず、てきぱきと愛液でびっしょりと濡れたテーブルをウェットタオルで綺麗にすると、さっさと帰り支度を始めた。

 セックスした後の男女の精神的な動きが逆になったみたいで滑稽だった。

 私はもっと抱き合ってゆっくりとしていたかった。

 尾上さんは身体やテーブルをふき取ったティッシュの入った袋を差し出すと

「すみません。これはここで捨ててもらっても大丈夫でしょうか?」と申し訳なさそうに尋ねてきた。

私は快く受け取ると「では、また来週もお願いします。主人が待っていますので急いでで帰ります」と彼女は言い残しドアを出て行った。

 

 ドアまで見送って戻ってくると、すぐに時計を確認した。まだ次のクラスまでは1時間あった。大きく息を吐き出すと、セックスの後の特有のけだるさを感じながら終わったばかりの部屋にたたずむ。

 テーブルの上にはお金の入った紙袋とさきほど尾上さんが渡した白いビニール袋に入ったゴミの2つの袋だけがのっている。紙袋を逆さまにすると100万円の束が5つテーブルの上に不規則に落ちた。

 札束を一つ一つ眺めるとお金の匂いがほのかに漂い。ゴミ袋から漂う二人の体液の匂いと混ざってなんともいやらしい匂いに変わった。

 両手で札束の感触を楽しみ、頭の中では先程の出来事が駆け巡る。  

 正直、彼女のビジネスライクな行動は物足りなかった。

 いや、物足りないというか、それによって自分の欲求がどんどん拡大してきていることを感じた。自分の尾上さんに対する気持ちがどんどん高まってきているのを、必死で打ち消そうとしている。

 彼女が去り際に言った

「主人が待っていますので急いで帰ります」と言う言葉があたまの中でグルグル回った。 

 何故、彼女はあのようなことを言ったのか? 

 何の意味も無いのかもしれないが?

 小さいことがとても気になった。

 この後会って何をするのだろうか? 

 普通に会話ができるのだろうか? 

 今日の報告はするのか? 

 そしてやはり夜は愛し合うのだろうか? 

 そのようなことを考えていると頭が破裂しそうだった。

 もらった謝礼の500万円より専ら自分の関心事は尾上章子で、もっと深く彼女を知りたくなった。 

 その後の高校生への授業にはあまり集中できず、その日は夜遅く11時過ぎに帰宅した。 正直なところあまり妻と顔を見合わせたくなかった。

 話しているときの自分の表情にあまり自信がなかったからだ。

 家の中に入るとわざと小さい声で「ただいま」と言ってみる。

 たぶん寝ているのだろう。

 静かに部屋に入ると浴室に直行した。匂いが残っていないか心配だった。さっさと服を脱いで急いでシャワーを浴びるとやっと安心した。石鹸で身体を念入りに洗った後、トランクスとTシャツを着て妻と息子の寝室を覗くと二人とも熟睡していた。

 起こしてはいけないのでそのまま隣の部屋に行くと静かにベットに入った。

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