第11話 炎に消えた子供たち
クラウディアを連れて自室へ戻ろうとするが既に廊下は煙で満たされようとしていた。既にかなり視界が悪くなっている。
そのまま部屋へ急ぐと、突然階段の下から自分を呼ぶ声がする。
「ジークハルト様! ジークハルト様!」
フローラの声だ!
彼女の声を聞いて心から安堵する。
だがまだレオンの率いる騎士団は来ていない。未だ敵地の真っ只中だ。ここで彼女の名前を呼ぶべきではないだろう。
「ここだ、デリア! すぐに降りる!」
「ジークハルト様!」
3階から2階への踊り場に降り、拘束されたヘラを連れたフローラと合流することができた。
無事でよかった……。フローラを抱きしめたいのを我慢して、そのまますぐに4人でエントランスへ向かう。
エントランスは東側の半分ほどが既に炎に包まれていた。炎は1階の東側から広がってきたようだ。
全員で出口へ向かって走り抜け入口の扉をくぐったところで、正門を制圧した騎士団の様子が見えた。門を警備していた傭兵はどうやら捕らえらえたようだ。
助かったと思った次の瞬間のことだった。
「お兄様がっ! お兄様ぁっ!」
「姫様っ!!」
突然ばっとジークハルトの拘束を振り払いクラウディアが炎の中へ駆け出していく。それと同時にヘラもフローラを突き飛ばし拘束を逃れてその後を追った。
「チッ!」
今中へ戻れば焼け死んでしまう。ジークハルトは2人を制止しようと再び屋敷の中に踏み込もうとした。だが目の前に炎に包まれた柱が倒壊し進路を塞がれる。
無理だ。これ以上は進めない。
「くっ!」
「ジーク様っ!」
恐らくクラウディアは執務室のあの肖像画を……唯一の家族の思い出の品を取りにいったのだろう。心中でもするつもりか?
どうにか彼女たちを追える道を探すが既に屋敷には火が回り侵入経路が見つからない。
そのとき正門の方からジークハルトを追い抜かすように黒い影が炎の中へ勢いよく飛び込んでいく。
あれは傭兵か……? 金髪の傭兵はいなかったはずだが……。
屋敷は燃え盛り消火活動を続けるも朝までその炎の勢いが収まることはなかった。クラウディアとヘラ、そしてあの金髪の傭兵はどうなっただろうか……。
ようやく鎮火し屋敷の使用人たちと雇われた傭兵たちは取り押さえられた。そして火を放った元凶のマルクスという男も捕縛された。こいつだけは許せない。放火は重罪だから恐らく処刑されるだろう。
焼け跡からは恐らく逃げ遅れたのであろう数人の遺体が見つかった。その中にクラウディアたちの遺体があったかどうかは分からない。
そして焼け跡の東部分から地下への通路が見つかった。そしてその先に延焼を免れて彼女たちの全財産であろう金品が残されていた。これは恐らくマインツ国により没収されるだろう。
彼女たちが国の再興のために貯めた金が憎むべき宿敵の糧となってしまうのだから実に憐れだ。まあ犯罪で儲けた汚い金なんだろうが、もしかしたら中には亡国の遺産も含まれていたのかもしれないな。
執務室跡からはあの旧ゲルリッツ王国関連の書籍が治められていたであろう焼け焦げた本棚が見つかった。あの貴重な全ての資料は全て灰になっていた。恐らく彼の国の記録はもうほとんどこの世には残っていないだろう。
ただ完全に燃え尽きただけかもしれないが、あの額に入った肖像画の燃え残りらしいものは見つからなかった。
「フローラ、大丈夫だったか?」
少し悲しそうな表情で焼け跡を見つめるフローラに話しかける。
「はい、わたくしは大丈夫です。ジーク様が無事に見つかって本当によかった……」
「その割には浮かない顔だな?」
「彼女たちのことが気になってしまって……」
「ああ、そのことなんだが……」
焼跡を見つめながら声を抑えて話を続ける。
「彼女たちが亡国の遺児だということは俺たちしか知らない」
「はい」
「そして焼けてしまったのか生きているのかも分からない」
「そうですね」
「だから彼の国のことは俺達の胸の中にしまわないか?」
「……はい!」
フローラがほっとしたように笑う。ジークハルトもそんな彼女が愛おしくて優しく笑いかけた。彼女たちを案じる気持ちはフローラも同じだったようだ。
ちょうどそのときようやく検証が一段落したレオンが近づいて声をかけてきた。
「ジークハルト、本当に無事でよかったよ」
「殿下、この度はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。そして援軍をありがとうございました」
騎士の敬礼をしつつ無事を喜んでくれたレオンに謝罪と礼を述べる。
「いや、迷惑じゃないよ。こっちこそ面倒ごとを全部君たち特別捜査団に任せてしまってたんだから悪かったね」
「いえ……」
レオンはジークハルトの表情を窺うようにその深い紫の瞳でじっとこちらを見て問いかける。
「で、主犯は?」
「クラウディアとその従者ヘラです」
「もう一人男が飛び込んでいったようだが」
「恐らく忠誠心の高い傭兵が主人を助けに飛び込んだのでしょう」
「ふむ……。それでそのクラウディアの身元は?」
まあそうくるよな。ここは当たり障りのない報告で済ませよう。
レオンに話すのは
「身元は一切分かりません。屋敷に残っていた資料には彼女の身元を示すものは見つかりませんでした。ただパルウ取引に関する顧客名簿及び売買明細、そしてパルウから抽出される成分を主とする薬品の成分構成表を発見し別途保管してあります」
「ほお。それはどこに?」
「はい、こちらです」
執務室に忍び込んだとき見つけた証拠品を屋敷の外へ持ち出していた。自室に隠すのは見つかる危険性が高かったからだ。
レオンとフローラを庭へと案内する。そして西側の庭にたくさんある薔薇の茂みの真ん中あたりの土を指し示し告げる。その上の茂みには自分だけに分かる目印の紐が括ってあった。
本当に持ち出しておいてよかった。証拠が燃えてなくなるところだった。
「この土の中に埋めました。屋敷の中では発見される危険性がありましたので散歩がてら持ち出して隠しました」
「おお、ジークハルト、やるな! おかげで証拠が燃えずに済んだよ」
「はっ、お誉めいただき光栄です」
レオンが喜んでジークハルトの肩をぽんぽんと叩く。
彼は屈んで少しだけ土を掘り返し、証拠の存在を確認したあと立ち上がった。
もう一つ重大なことを彼に伝えなければならない。
そのまま2人を裏口へと連れていき懐の針金で南京錠を解錠し鉄の扉を開く。
「ここをご覧ください」
「むっ、これは……。何ということだ……!」
レオンが目の前に広がる広大なパルウ畑に目を瞠る。かなり驚いているようだ。
辺り一面に薄紫の花が咲き乱れている。これが実り種になるとそれが禁止薬物の原料となる。だがこの薄紫の花畑は今まさに開花の時期を迎えたばかりの幻想的ともいえる程の美しさだった。
その圧巻の光景にレオンもフローラもしばし見惚れてしまう。だがここをこのままにしておく訳にはいかない。
「殿下、このままの状態でマインツに引き渡せば国側に利用する人間が出ないとも限りません。一株でも残せばまた増やせてしまうでしょう」
「そうだな。……見た目はとても美しいが毒花だ。マインツへ引き渡す前に焼き払おう。何か言われたら延焼したとでも証言すればいい」
レオンが冷然と言い放つ。先ほどまで一面の花畑に見惚れていた余韻はとうにないようだ。その目はいまや冷徹な光を灯している。
「承知しました。では部下を連れてきます」
「いや、俺が指示を出しにいくよ」
そう言ってレオンはジークハルトとフローラを残し騎士団のところへ戻っていった。どうやら自分たちに気を使っているらしい。
フローラのことで後で責めようと思っていたがやめておくか……。
「ジーク様、彼女たちは無事でしょうか……」
「ああ、そうだといいな」
「あの金髪の傭兵は……?」
「恐らくあれは……」
フローラと二人で広大な薄紫の花畑を眺めながら彼らの無事とその平穏な未来を祈った。
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次が再会編の最終話となります。
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