第9話 説得と誓い <フローラ視点>
遡ること5日前。
フローラはマインツへ到着したあとレオンとともに特別捜査団本部へ向かった。特別捜査団本部には臨時的にジークハルト救出作戦本部が設置されていた。
そしてジークハルトが行方不明になった経緯を彼の部下であるディックから聞くことができた。
ディックは以前ジークハルトが爆破事件で入院したときに病院で付き添ってくれていた騎士だ。そのときは気が動転していたが彼のことはよく覚えている。
レオンとも話したのだが、倉庫での取引の通報はジークハルトを捕縛することを狙って計画されたものではないかと考えられる。そしてそれが殺す目的であることは考えにくい。彼一人を狙い撃ちにしてもあまりメリットがないからだ。
それであれば彼がどこかに捕らえられていてまだ生存している可能性が高い。目的は何かの交渉材料にするつもりなのか、身代金か、あるいは情報を聞き出そうとして拷問しようとしているとか……。
目的は分からないがとにかく敵の手に落ちて今なお捕らえられているという前提で彼の捜索を進めている。
レオンはその作戦本部の指揮を執ることになった。
フローラにできることは何でも協力するつもりで彼についてきた。執務机の椅子に座る彼に前のめりに詰め寄る。
「何かジーク様に関する情報は入ってない?」
「今のところは彼に関する情報はない。だが別で一つ気になる情報が入っている」
「気になる情報って?」
今はどんなに小さな情報も見逃せない。一刻も早くジークハルトを助けたい。今こうしている間にも危険な目にあっているかもしれないのだ。
「ダウム傘下の商会を通じて手練れの傭兵と使用人の募集がなされている。募集元はかの商会に繋がる屋敷なのだが、マインツ郊外のかなり田舎にある屋敷だ。そんな片田舎で手練れの傭兵数人の募集というのが不自然だ」
「確かにそうね」
田舎の屋敷に手練れの傭兵数人もか……。いくらダウム傘下の者の屋敷でもなんだか不自然だ。何か目的があるとしか思えない。タイミングも怪しいしね。
「その募集が出されたのがジークハルトが行方不明になった少し前だ。そして応募した人間に対して身元や経歴などの厳密な審査がなされている。怪しいと思わないか?」
「ええ、怪しいわね」
素性の分からない者は雇いたくないということか。絶対に漏らしたくない秘密があるのかも。ますます怪しい。
「どうにか忍び込めないかな?」
「まさか君……」
「ええ、わたしが行くわ」
「おいおい、待ってくれ。確かに協力してもらうとは言ったが……」
レオンはここへ来る前に協力してもらうと言っていた。恐らく情報整理の手伝いをさせる程度のつもりだったのだろう。
あとはジークハルト捜索を見守っていたいんじゃないかっていうフローラの気持ちを汲んだ上での判断だったのかもしれない。
フローラの提案にレオンは首を左右に振って反対する。
「君に危険なことをさせないとジークハルトに約束しているんだが?」
「あとでわたしがいくらでも怒られるわ。彼の命を救うためならどんなに怒られても構わないわ」
「駄目だ! 危険すぎる」
「レオ……」
「君を行かせるくらいならこちらで人員を選ぶ。ちゃんとした熟練の騎士の中からな」
彼は頑なに拒否する。まあそうよね。でも今回は絶対に引き下がらない。ただ見守るだけなんて性に合わないもの。
それにいくら応募しても採用されなければ内部へ忍び込めない。
ジークハルトが無事でいる可能性は時間とともに減っていくのだ。自分ならきっと敵を騙せる。
「騎士の立ち居振る舞いではいくら演じたところで傭兵でないことがばれてしまうわよ。わたしなら騙し通せる。歴戦の傭兵を演じきれる自信がある。それにきっと女性のほうが怪しまれないわ」
「フローラ……」
「心配しないで。わたしは剣の腕なら並みの騎士には負けないわ」
「……今まであんなに危険な目にあっているのに?」
ああ、完全に信用を無くしている……。そうよね、分かってるわよ! でもあのときは鍛錬から少し遠ざかっていたし剣も持っていなかったし……。
でもジークハルトが旅立ってからは鍛錬を再開した。芝居の練習が終わってからとかお休みのときとかに護衛のホルストたちに手合わせしてもらってたんだから。
「あのときはいつもほぼ丸腰だったもの。わたしは父と兄に幼い頃から剣を仕込んでもらっていたの。剣では兄様と互角に渡り合えるほどの実力はあるわ」
「ニクラスと互角か……。確かに剣の腕は相当かもしれないが、いざとなったときに敵の命を奪う覚悟はあるのか? それがなければやられるぞ。ただの手合わせとはわけが違うんだ」
いつになく険を孕んだ表情でレオンがこちらを見据える。どんなに睨まれても今回は絶対に引かないわよ。
「奪うわ。彼の命を守るためならわたしは修羅場を潜り抜けた傭兵になりきる」
「はぁ……」
レオンが大きな溜息を吐きながら諦めたように話す。
「絶対に引かないって顔だな。ジークハルトを助けたあとに俺は彼に殺されるよ」
「約束を破らせてごめんなさい。でもお願い、レオ。絶対に上手くやるから。必ず結果を出して見せるわ。そして絶対に彼を救い出してみせる」
「フローラ……。約束しているからだけじゃない。俺だって君を危険な目には合わせたくないんだ」
驚いた。いつもの鬼畜発言をするレオンとは思えない言葉だ。
「今回は君の傍にいることができない。いざというときに助けることができない。そんな場所に君1人だけを送り込むなんて……」
「自分のことは自分で守るわ。心配なら手合わせをしてみて」
「……俺は強いぞ?」
知っている。以前ジークハルトに聞いたことがあるから。
若干13才で騎士団の手練れの騎士を翻弄したと。それに港の倉庫のときだって剣の腕がジークハルトに迫るものだと聞いた。
「知ってるわ。でもわたしの実力を知ることはできるでしょう?」
「分かった。訓練場へ行こう」
そうして本部の執務室を出た。
訓練場に到着したあとで試合の準備をする。
そして何セットかレオンと手合わせをした。当たり前といえば当たり前だけど彼から一本取ることはとうとうできなかった。
だけどかなり善戦したことで剣の実力は認めてもらえたようだ。
「驚いたな、君にこれほどの実力があったなんて」
「……貴方には敵わなかったけどね」
「いや、大したものだよ。少なくともうちの騎士団の中では上位の実力を持っていると言える」
「そう、よかった……」
本当によかった。これで許してもらえるといいのだけれど。
「だがさっきも言ったが、いざとなったときには敵の命を躊躇いなく奪う覚悟が必要だ。それができなければ隙を突かれて君もジークハルトも殺されてしまうかもしれない。絶対に失敗は許されないぞ」
レオンの表情が上に立つ者のそれになる。甘えを許さない厳しい表情と言葉に大きく頷く。
「ええ、やるわ。必ず彼を救う。命を懸けて」
「……分かった。君には負けたよ。君の身元や経歴の偽造はこちらで手配しよう。ジークハルトを頼む。だが命は懸けるな。頼むから無理はしないでくれ」
「承知しました。必ず成し遂げます」
フローラはレオンに向かって騎士の敬礼をし目的の遂行を誓った。
それから翌々日には屋敷の傭兵の募集に応募し厳密な審査に合格して採用が決まった。そのあとクラウディアの屋敷へ潜入することに成功したのだった。
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