最終話 夢を叶えるために


 その日は天気も良く、雲一つない突き抜けるような青空が広がっていた。


 このハンブルク王国とマインツ国の間には険しい山脈があり唯一の国交ルートが海路だ。従ってジークハルトは港から船で旅立つことになる。

 全ての準備を終え、フローラはジークハルトとともに港へ向かうために馬車に乗り込む。そして朝早いうちに侯爵邸を出発することとなった。


 あの湖へ出かけた日からずっと彼は城で特別捜査団の準備のため働きづめだった。休みが取れることはもうなかったが、あれから毎晩のように彼の帰りを待ち2人で話した。これまでのこと、そしてこれからのことについて。


「ずっと会えないわけだし……だが騎士としては……いっそフローラを自分の……しかし、やはり婚姻までは……」


 そんなふうに彼が煩悶していることもときどきあったようだけれど、特に何事もなくお互いの存在を確かめ合うように触れ合いながら過ごした。フローラにとってはとても満ち足りた時間だった。


 馬車の中でもずっと寄り添う。港への距離が近づくと同時に少しずつ別れのときも近づく。


「ジーク様、わたくしのことを見つけてくださってありがとうございました。これからもずっと一緒に居させてくださいね。」


「フローラ、もちろんだ。私の婚約の申し込みを受けてくれてありがとう。ずっと一緒に居よう。」


 フローラはきっと出発の日には泣いてしまうだろうと思っていた。だけど今はなぜか不思議なほどに心が凪いでいる。彼とお互いの心を十分に確かめ合って言葉を交わし、どんなに遠くにいても大丈夫だと確信できたからかもしれない。


「マインツ国へときどき会いに行ってもいいですか?」


「ああ、ぜひ会いに来てくれ。フローラの顔を見れるのを楽しみにしているよ。」


「ジーク様……。」


 フローラとジークハルトは触れるだけの口づけを交わす。もう幾度そうしたか分からないくらいに自然と口づけを交わしていた。

 この隣の温もりがもうすぐなくなるという実感がわかない。でも今はこの充足感に浸っていたい。とても温かくて幸せだ。




 港へ到着すると乗船予定の船は既に停泊していた。船の前には見送りの人たちがたくさんいた。マインツへ行く騎士の中には家族を残していく人もいるのだろう。出帆の時間が近づくにつれ、徐々に人が増えていく。

 お別れというわけじゃない。彼は1年後には帰ってくるし、公演のないときには会いに行く。彼が喜んでくれる限り何度でも。


「フローラ。ジークハルト。」


「レオン殿下……。わざわざお見送りありがとうございます。」


 声をかけてきたのはレオだった。彼は護衛とともに軽く片手を掲げ近づいてきた。ジークハルトが彼に向かって騎士の礼を取る。どうやら見送りに来てくれたらしい。


「いや、当然だ。君のお陰でこの事件の解決へ向けて大きく進めるわけだからね。ありがとう。」


「殿下。もったいないお言葉です。」


「そして君が居ない間フローラは俺が守るから心配しなくていいよ。心置きなく頑張ってきて。」


「とんでもありません、殿下。謹んでご辞退させていただきます。フローラは我が侯爵家の総力を挙げて守りますので大丈夫です。」


「それでも守りきれないのがフローラだよね?」


「ぐっ……!」


 なんだか失礼なことを言われているのは気のせいだろうか。

 ジークハルトが不安げな表情を浮かべながらこちらを向く。


「フローラ……。」


 彼がフローラの体を包むように抱き締める。


「本当は君を連れていきたいくらいだよ。頼むから他の男に隙を見せるんじゃないぞ。特にレオン殿下には気をつけるんだ。笑顔もなるべく控えるように。それと、仕事もいいがあまり根をつめないように。」


「あれ、俺なんか失礼なこと言われてない?」


 レオが不満げに口を挟む。それを無視するかのようにジークハルトの腕に力が籠る。


「ふふ。分かりました。ジーク様も綺麗な女性についていかないようにしてくださいね。優しいのはわたくしに対してだけにしてください。あまり無理せずお体に気をつけてくださいね。」


「ああ、約束しよう。……フローラ、愛している。」


 フローラを抱き締める腕の力が強くなる。フローラも彼の背中に回す手に力を入れる。


「わたくしも愛しています。ジーク様。」


 この手を離したくない。でも笑って送り出さなくては。


「それじゃ、いってくる。」


「いってらっしゃい。貴方が無事に帰ってくるのを待っています。」


 ジークハルトは名残惜しそうにフローラから手を離し、船へと歩いていく。

 彼の背中を見送りながら出ないと思っていた涙が出そうになるのを懸命に堪える。

 船に乗り込み甲板から手を振るジークハルトに、フローラも笑顔で手を振り返す。


 そうして彼を乗せた船は離岸し、そのまま海の上を遠く離れていった。フローラは船が見えなくなるまでずっとその姿を見送った。






 フローラの日常はいつも通り何ら変わりなく過ぎる。侯爵邸から毎日のようにユリアン邸へ練習に通う。公演の日ももうすぐだ。


 ふと空を仰ぎ、この同じ空の下にジークハルトがいるのだと思うと胸がほっこりする。彼も今自分の心に決着をつけようと懸命に頑張っている。自分も彼に負けないように頑張らないといけないと思うと心が奮い立つ。


 彼がどんなに遠くにいてもやるべきことはひとつ。フローラはこれからも走り続ける。彼女の大切な夢を叶えるために。






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<あとがき>


本作を最後までご覧いただきありがとうございましたm(__)m

今回が本編の最終話となります。

本作については続編を書くかどうか悩んでます。ですがまた何らかの形で2人が再会するところまでは書きたいと思います。詳細は近況ノートに記載しております。

https://kakuyomu.jp/users/yamadakomomo/news/1177354054890347784

ここまで読んでいただいた読者様、レビュー、感想をいただけると、とてもとても嬉しいです。どうかよろしくお願いします(>_<)

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