第17話 仲間 <ケント 過去編>
俺たちはギルド職員に礼を言い冒険者ギルドを出たあと、ビアンカを抱えて彼らの宿屋まで運んだ。
ギードがベッドに横たえたとき彼女は一度意識を取り戻したが、またすぐに眠ってしまった。それをじっと見て彼が低い声で呟く。
「ビアンカ、待ってろよ。ミアは必ず連れて帰る。」
生死に関わらずな。ギードのそんな声が聞こえた気がした。そしてビアンカを置いて宿屋を後にした。
宿屋を出たあと俺たちはカミラに町の外の人気のない草地まで連れていかれた。一体どこへ行くつもりなんだろう。
「転移魔法陣が使えることはあまり人に知られたくないのです。」
淡々とそう言ってカミラは魔法陣の詠唱を開始する。
なるほど、そういうことか。人にはそれぞれ事情があるものだ。詮索はしない。
むしろそれほど秘密にしておきたい貴重な魔法を見ず知らずの俺たちのために使ってくれようとしている彼女は案外お人好しなのかもしれない。
「それでは行きますよ。『
すると目の前に魔法陣が現れ明るく光る。これが魔法陣か……初めて見た。
「さあ、行きましょう」
カミラに促されギードとともにその光る魔法陣に一歩踏み出す。
そこに入った途端視界が歪み重力がどこにあるのか分からない変な感覚に包まれた。三半規管が馬鹿になる。
転移した先のすぐ傍には入口の両脇に柱が建てられている大きな洞窟があった。10メートル四方ほどの大きな口をぽっかり開けている。ここが目的地か……?
「ここが龍神の遺跡で間違いないです。」
カミラはそう言って少し疲れたように屈み込む。魔力を使い果たしたのだろう。
転移したあと魔法陣はゆっくりと消えていった。
一瞬のことではあるが俺とギードは目的地に着いてすぐに膝を折る。ぐらぐらして平衡感覚が狂って気持ち悪い。彼も俺と同じく参っているようだ。
「こ、これは酔うな……」
「……ああ」
「初めてだとそんなものです」
カミラはけろっとして俺達に答える。流石転移魔法陣の使い手だ。
ただ魔力を使い果たしたためなのか、かなり顔色が悪くなっている。大丈夫だろうか。心配だ。
「魔力回復薬をいただけますか? このままでは魔法が一切使えませんので」
「ああ、転移魔法ありがとう」
そう言ってギードが魔力回復薬をバッグから取り出しカミラに渡す。彼女はそれを受け取り瓶の蓋を開け一気に飲み干す。言い飲みっぷりだ。
しばらく待っていたら段々と顔色がよくなってきた。彼女の様子を見て安堵した。
彼女が回復したのを見計らって俺たちは立ち上がる。
「お待たせしました。さあ、行きましょう」
「「おう!」」
俺を先頭にして2人と一緒に洞窟へと入っていく。うおお、ここがドラゴンの巣か。流石に恐ろしいな。
入口が大きいためかなりの距離までは明るかった。だが奥へ進むにつれ辺りは暗くなってきた。
不便を感じたギードがバッグから松明を取り出し明かりを灯そうとするとカミラがそれを制止した。
「待ってください。……『
カミラが魔法で光の玉を作ってくれる。お陰で周囲が明るくなりかなり視認性がよくなった。すげえな、魔法……。
「私の使えるのは治癒魔法とこういったサポート系の魔法だけです。攻撃魔法は使えませんので予めご了承ください。」
「ああ、了解した。それだけでもすごく助かるよ。ありがとう」
ギードは心から感謝しているようだった。俺も感謝している。カミラは本当にいい人だ。
礼を言われると彼女は眼鏡をクイッと上げて再び進行を促した。そしてさらに奥へと進む。
もう入口からの光が完全に届かない所まで来た。洞窟は今のところ一本道のようだ。
しばらく歩くと大きく開けた場所に出た。ここは魔照明の光でも周囲を囲む壁まで光が届かないほど広いようだ。そして天井もかなり高い。大空洞だ。
強力な何かの気配がする。この危険な気配に全員が周囲を警戒する。
『グルルルル……』
明かりの範囲が届くか届かないくらいの所から地を這うような低い唸り声が聞こえてきた。声の方を見ると地面から5メートルくらいの高さの所に二つの金色の光が見える。
近づくにつれそれが足元から徐々に見えてくる。
そして全身がようやく見えたときあまりの大きさにビビってしまう。それは日本で読んだ物語に出てくるような姿をした、まさしくドラゴンそのものだった。
奴の目は魔照明の光を受けて金色に反射し、全身が黒青の鱗で覆われている。恐ろしく堅そうだ。
火とか吹くんじゃねえだろうな……。ブレス的なものもあるかもしれないと用心しながら俺は大剣を構える。
ギードも腰を低く落としていつ攻撃されてもいいように構えを取り、カミラは少し下がる。
「ドラゴンはブレスを吐く。炎か、毒か、種類によって変わるが」
「ああ、やっぱりそうだよね……」
思わず情けない声を出してしまう。いくら加護があったって炎に焼かれても平気だとは思えない。とてもじゃないが。
カミラはライトを天井近くまで上げ照度を上げる。お陰で辺りがかなり明るくなった。これだけ明るければ戦闘をするには十分だ。
目の前のドラゴンはかなり大きな奴だった。首を持ち上げると頭まで6~7メートルはあるだろうか。横幅は5メートルくらいで4本足で立っている。爪は相当鋭いようだ。
奴はその長めの首をいったん後ろに逸らす。
「来るぞ!」
ギードが叫ぶ。
「うおっ!」
「っ……!!」
ブレスが来るだろう軌道を予測し全員が左右に避ける。それを右に避けつつ俺はドラゴンの方へ走り出す。
長めの溜めのあと奴がブレスを吐く。奴がブレスを吐いた辺りが白く凍っている。どうやら氷のブレスのようだ。滑らないように気をつけないとな。
ブレスの前の助動作が長い。あの溜めの瞬間が攻撃のチャンスだな。
奴の左側に回り込み左前脚を思いっきり横一文字に薙ぎ払った。
『ギャアアッ!!』
どうやらダメージは与えられたようだ。踏み込みが浅くドラゴンの足を分断するには至らなかった。だが左前脚の斬りつけた箇所から赤黒い血を流す。
よし、次にチャンスが来たら今度こそちょん切ってやる!
一方ギードもブレスの瞬間俺と逆側に回り込み、奴の右後脚を蹴りを交えながらセスタスで連打していた。鈍い破壊音が響く。かなりのダメージを与えているようだ。
ドラゴンは斬撃の痛みに耐えかねて俺の方を向き、大きく左前足を上げてその鋭い爪を振りかざす。瞬間さらに後ろ側に回り込もうと奴の左後方へ向けて避ける。
奴の爪は空を斬った。そのままさらにさっきよりも剣筋に力をより集中させ左後脚を左から右に横一文字に斬りつけた。
『ギャアアーーッ!』
今度はいけたらしい。左後脚が分断されドラゴンはバランスを崩す。
奴は悲鳴を上げつつも何とか体勢を持ちなおした。そして俺に向かってブレスを吐こうと再び首を逸らし構える。
ギードはその隙に奴の右前足を連打する。どうやら右後脚の骨を砕いたらしくドラゴンが再びバランスを崩す。奴はその不安定な状態のままブレスを吐いた。
俺はその隙をついて奴にさらに接近し奴の胴を踏み台にして思い切り飛び上がる。そして奴がブレスを吐きながら前に突き出した首に大剣を思いっきり振り下ろした。
「だああああっ!!」
『ギャアアッ!!』
ドラゴンの首はその口にブレスを燻らせたままボトンと落ちる。
やった……! 脳筋だけでもなんとかなったぜ……。
思いがけず力が抜けて地面に膝をついた。だけどやっぱりあの鱗は堅かったなー。さすがにサクッとは斬れねえな。
「おい、大丈夫か?」
「ええ、大丈夫です」
ギードの問いかけにカミラは焦った様子もなく答える。彼女は肝が据わってるなぁ。こういった経験が豊富なのかもしれないな。
「ケント、お前本当にドラゴンをやるのは初めてなのか……?」
「ん、ああ」
「たいしたもんだな……! ドラゴンの脚や首を一刀で切断するなんて並の力じゃないぞ」
俺の力は確かに人間離れしていると思うが、セスタスでの殴りと蹴りだけでドラゴンの足をへし折るギードも相当なもんだと思うぞ。しかも加護なしでな。
カミラはパッパッと自分のローブについた土埃を払い、ドラゴンに近づいてその死骸に手を伸ばした。するとそのでかい死体が分断された首と足を残して消えた。更に彼女は残りの首や足にも近づいて手を伸ばしてそれを消す。
は? 何今の? 何したの?
顎がはずれるほどあんぐりと口を開けてその様子を見ているとカミラがこちらを向いて話す。
「時空間収納ですよ。知りませんか? これがあれば大きな物でも時を止めた空間に収納することができるのですよ。生きているものは無理ですが」
時空間収納……なんて便利なんだ。ここへ来てからカミラの魔法には驚かされっぱなしだ。ああ、なんで俺は魔法が使えないんだ!
ギードは別に何とも思っていないようだ。この世界では当たり前なのか?
「……何でもありだな、それも魔法か?」
「まあ、そうですね。魔法を施した魔道具です。ドラゴンの素材は高く売れるので放置する手はないでしょう。さあ、急ぎましょう」
カミラはこともなげにそう言って再びライトを自分の近くに持ってきた。そして俺たちに行軍を促す。
そしてしばらく先に進んだ所でふと記憶の中にある匂いを感じ取る。それを伝えるべく足を止め皆に話しかける。
「ちょっと待て」
「ん、なんだ?」
皆を止めてさらに辺りを嗅ぎまくる。クンクン。この世界に来てから嗅覚まで鋭くなっている。まるで犬だ。
「なんか匂う。知っている匂いだ。……これは……この乳臭い匂いはミアだ! 血の匂いも混じってる」
「なんだって……!」
ギードが驚きに目を瞠る。カミラも驚いているようだ。
俺は気が急いた。もう近くにミアがいる。一刻も早く助けなければ。
「まだ先の方だな」
そのまま若干ペースを上げて歩き始める。逸る気持ちを抑えつつさらに進むと右側に先に進めそうな通路が見えてきた。
今までは縦横ともに10メートルほどの広さのある通路だったのだが、その横穴は2メートル四方ほどの狭さだ。そしてミアの匂いはその先からしている。
「こっちだ」
その横穴の先を指し示し先頭を切って足を踏み出す。この狭さならドラゴンも通れないだろう。段々ミアの匂いとともに血の匂いも濃くなってくる。だがそれをギードの前では言えなかった。
入口から100メートルほど歩くと右のカーブを曲がった先に人が倒れているのが見えた。顔はうつ伏せて隠れていたが匂いですぐに分かった。
「ミア……!」
「なにっ!?」
「っ……!」
すぐに駆け寄りギードがその体をゆっくりと仰向けにさせる。やはりミアだった。目は閉じられており全く意識がない。
顔色が土気色で弱々しいがかろうじて息はあるようだ。全身傷だらけであちこち出血が酷い。すでに血が凝固している部分もある。
「……これはひどいですね。『ヒール』」
「ミア……」
ギードがミアを抱きかかえながらその名を呟く。
カミラがすぐさま詠唱を始める。緑の暖かい光に包まれてミアの痛々しい傷が徐々に塞がっていく。だが傷が治っても意識が回復しない。
しばらく治癒魔法をかけ続けたあと治療を終えたカミラが口を開く。
「骨折と外傷の治療は終わりましたが衰弱具合がビアンカさんより酷いです。あと頭蓋骨に裂傷がありました。もし脳に損傷があれば私にはどうにも……。」
「……ありがとう、カミラ。とりあえずここから出よう」
そう言ってギードがミアを抱え上げようとすると再びカミラが言葉を発した。
「待ってください。ここで転移しましょう」
「魔力は大丈夫なのか?」
「ぎりぎり大丈夫です。飛んだらまた魔力回復薬をください」
「ああ、それは構わないが、ミアは転移に耐えきれるだろうか?」
「どの道、長距離移動などミアさんの体力が保ちません。馬車もありませんしね。それにここは寒くて魔素の歪みが酷い。ここに居るだけで体力を削ります。ですから一刻も早くここから運び出すべきです」
確かにその通りだ。転移に堪えきれずに長距離移動に堪えきれる訳がない。
それに一刻を争う容体なのは誰が見ても明らかだ。
「あ、ああ、分かった……」
「……恐らくこの魔素の歪みのせいで以前冒険者が使った転移陣が何らかの形で復活して、それにここのドラゴンが巻き込まれたのでしょう。あくまで推測ですが」
「ふむ……。だが、なぜ行先がヘルスフェルトの近くのダンジョンの中だったんだ」
「歪んだ魔素で繋がった転移陣です。行先の軌道も歪んだのでしょう。それでは行きますよ」
カミラはそう言って転移魔法陣の詠唱を始める。
「……『
目の前に魔法陣が展開され明るく光る。ミアを抱えたギードとカミラとともに再び魔法陣に足を踏み入れる。すると途端に視界が歪む。
転移魔法陣を越え出発したときと同じ町の外の草地に到着した。ミアはまだ目を覚まさない。まだ息はある。よかった……。
俺たちはミアを抱えてギードたちの宿へ向かう。部屋に着くと、ベッドに横になったままビアンカがギードが抱きかかえているミアを見て驚いて目を瞠る。
「ミア……!」
ビアンカは咄嗟に上半身を起こしてミアの名を呼ぶ。そして彼女の意識がないことに気づきつらそうに眉を顰める。ギードがビアンカの隣のベッドにミアを静かに横たえる。
一心に彼女を見つめるビアンカとギード。そしてギードが口を開いた。
「ビアンカの言う通りミアは龍神の遺跡にいたよ。ここにいるカミラさんとケントが救出に協力してくれたんだ。彼女は俺とお前に治癒魔法を施してくれた上にミアも治療してくれた」
「ああ、そうだったのね。カミラさん、ケント、ありがとう……」
ビアンカが泣き笑いのような表情を浮かべながら礼を言う。礼を言うのはまだ早い。ミアの意識が未だ戻らないのだから。
「いや、気にしないでくれ。それよりビアンカはもう大丈夫なのか?」
「うん、大丈夫。まだそんなには動けないけど……皆に任せちゃってごめんね」
ビアンカが弱々しく俺たちに頭を下げる。
カミラは眼鏡をクイッと上げミアのベッドの横に立つ。そしてミアの顔に耳を近づけて呼吸を確認しながら答える。
「礼には及びません。報酬はちゃんといただきますので。……ミアさんの呼吸は少し落ち着いてきたようです。先程はかなり弱々しくなっていましたが後は意識が回復するのを待つだけですね」
カミラの言葉を聞いて少しだけ安堵する。容体が安定してくれただけでも少しは安心できる。
ギードもそれを聞いて少し安心したようにほっとしている。そして申し訳なさそうに礼を言う。
「ああ、ありがとう。……カミラさん、ケント、あまり引き留めるのも申し訳ない。早速報酬の話をしたいんだが」
ギードがそう言うとカミラは右手の人差し指を一本立てて答えた。
「大銀貨1枚ください」
「むっ、そんな金額じゃ申し訳ない」
「薬品ももらってますし別に構いません。あ、私が持ってるドラゴンはちゃんと換金してお渡ししますので心配しないでくださいね」
やっぱりカミラはお人好しだよな。ずっと無表情で淡々とした言動なのに行動に情の厚さが表れている。ツンデレか?
ミアさえ助かれば俺だって報酬なんてどうでもいい。
「俺もその金額でいいよ」
「……二人ともありがとう。それでは、2人にはその金額にドラゴンの売却金額を2分の1ずつ、それとカミラさんには魔力回復薬もつけよう。」
「商談成立だな!」
俺がそういうとカミラがほんのり笑った。おお! 今笑ったよな? 初めて見たぞ、彼女の笑顔。
そして再びミアのほうを見る。顔色はだいぶ良くなったもののまだかなり衰弱しているようだ。呼吸が弱々しい。
カミラがギードとビアンカに話しかける。
「私はそろそろ戻ります。報酬はギルドにでも預けておいてください」
「俺も帰るよ。俺は『黒猫亭』って宿屋にいるからなんかあったらまた声をかけてくれ。ギードもゆっくり休めよ」
「ああ、二人とも本当にありがとう!」
「ケント、カミラさん、ありがとう」
ギードとビアンカが再び俺達に礼を言う。ミアが見つかって本当によかった。このまま順調に回復してくれるといいのだが。彼女の意識の回復を心から祈った。
カミラと一緒にギードたちの宿を出て入口で別れた。外はすっかり暗くなっていた。
ようやく宿へ戻ってきた。さすがに疲れた。その日俺は泥のように眠った。
それから3日ほど経った朝のことだ。宿屋の食堂で遅い朝食をとっていると入口の方からギードが現れた。一瞬ミアの訃報を想像してぞっとする。
彼はこちらへ近づいてきて向かいの椅子に座り口を開く。
「……ケント、先日はありがとう。今朝ミアが目を覚ました」
「おお、よかったな!」
「……ああ、意識は回復したんだが」
なんだろう、ギードの顔色がよくない。何かあったのか。そんな彼を見て不安に包まれる。
「どうしたんだ? なんかあったのか?」
「……ミア、俺たちのことが分からないみたいなんだ。というか、言葉を喋れない……」
「……なんだって?」
食堂でその話を聞いたあと宿を出てギードと一緒に彼らの宿屋へ向かった。
ギードたちの宿に到着してから彼らの部屋に入った。中に入ってミアのほうへ目をやるとベッドの上で上半身を起こしていた。
ミアの傍に座るビアンカに挨拶したあとミアに近づき話しかける。
「ミア……?」
「………」
ミアは虚ろな目をしたまま顔だけを俺の方に向けるが何も言わず首を傾げる。
俺を見ているようでその目は何も見ていない。これは記憶喪失なんて生易しいものじゃないんじゃないか。
そして彼女はまた真っ直ぐ顔を前へ向けて宙を見つめたままぼんやりとする。
明らかに異常な様子に眉を顰める。これはどうしたらいいんだ。時間が解決する……気がしない。
「ずっとこの調子なんだ。意識が混濁しているのかとも思ったんだが違うようだ。体調自体は安定しているし俺たちが食べ物を食べさせれば何とか食事もできる」
「あの日カミラさんが言ってたな。脳に異常があるかもしれないと」
「……ああ」
最悪の状況を想定する。この症状から見るとやはり脳に損傷を受けたとしか思えない。
脳内出血でもしてるんじゃないだろうか。これは魔法で治らないのか?
「これは以前聞いた話なんだけど……」
それまでじっと俺たちの会話を聞いていたビアンカが口を開く。
「隣のヴァルブルク王国にいる聖女か、もしくはどこに住んでいるか分からないんだけど、噂で聞いたことのある魔女なら通常の治癒魔法で治せないような体の部位欠損なんかも治せるって聞いたことがあるわ」
「聖女? 魔女?」
「ええ、聖女はヴァルブルク王国だけに存在していて資格のある女性が代替わりをしているの。治癒魔法、浄化魔法、光魔法のエキスパートよ」
あの王国にそんな人がいたのか。まあ勇者召喚するくらいだから聖女もいそうだな。俺は王国には戻れないが……。
ビアンカの話を聞いたギードが口を開く。
「俺は魔女についてなら以前聞いたことがある。この国の遥か東にある魔の森に住んでいるとかいないとか」
「ほお……」
虚ろな目をして前を向いたままぼんやりとしているミアを再び見る。
俺はギードたちのチームでもないし一度パーティを組んだだけの仲だ。彼女のことだってたいして知らない。
だが元気で明るくて軽口を叩く彼女の姿を既に知ってしまっている。そのきらきらしていた目が今は光を失っている。
俺がいた日本では一度脳を損傷すれば回復することは難しいが、この世界の魔法で回復が叶うというなら……。
ふと思いついたことをギードとビアンカに話してみる。
「ギード、ビアンカ、俺は訳あって王国に足を踏み入れることはできない。だけど今のミアをどうにかしてやりたいと思う。お前たちが聖女に会いに行くというなら俺はこの国で魔女を探そう」
俺にできることは少ないが魔女を探すことならできる。全く煙のない所には噂は立たないはずだ。探せば手がかりが掴めるかもしれない。
「……なぜそこまでしてくれるんだ」
「俺はあんたたちのチームじゃないが、あんたたち皆を仲間だと思っている」
「ケント……!」
日本ではこういうんだ。袖振り合うも多生の縁ってな。
「だからさ、もし聖女に会えなかったら戻ってこい。そしてこの町で会おう」
「……ああ、わかった! もし聖女に会うことができたとしても必ずもう一度ここへ来る」
ギードたちと堅く約束を交わしお互いの健闘を祈りつつ彼らの宿を後にした。
それから宿に戻って前回の冒険の時にギルドでもらった地図を開く。この国の遥か東に位置する魔の森。
この森に魔女が住むというなら、森に最も近い町に何か情報があるかもしれない。最も近いのはここか。……森の南に位置するザイルの町。
俺は地図を確認したあとザイルの町へ向かうために準備を始めた。そして宿屋で精算を済ませてハヤテ号とともにこの町を出発する。
ザイルの町はこの町からだとこの国のほぼ反対側だ。
そこに着くまでにいくつかの町や村を経ているうちに金が尽きたりなんだかんだで、俺はザイルに到着するまで結局1か月半くらいかかってしまうのだった。
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