第16話 救出 <ケント 過去編>


 俺たちはオーク討伐を完了しヘルスフェルトの町へ戻った。ビアンカのチームのお陰でかなりスムーズに事が運んだ。

 ギルドに到着したあと受付で完了の報告を済ませた。

 そして皆で報酬を分け合う。俺は魔石の売却額の4分の1をもらい、所持金を若干回復させることができた。


「それじゃまた何かあったら一緒にやりましょ。ありがと」

「じゃあね、ケント」

「またな」


 ビアンカ、ミア、ギードがまたやろうと言ってくれることが嬉しい。認められたような気分だ。


「一緒に依頼を受けてもらえて助かったよ。ありがとう、またな」


 俺はそう言って皆に別れを告げ冒険者ギルドを出た。

 また何か機会があったら一緒にやりたいな。なんか仲間っぽいな。




 皆と別れて宿へ向かう。もうすっかり辺りは暗くなっていた。

 宿屋に到着し睡魔と戦いながらも空腹に勝てず食堂へ向かう。食堂は夕食時なのもあってか割と人が多かったが、なんとか空いたテーブルにつくことができた。

 酒と一緒になんかの肉のソテーと野菜スープを頼んだ。酒を一口飲んでスープを口に運ぶ。そしてその味に愕然とする。


(……なんじゃこりゃ! 塩味しかしねえ! 醤油や味噌がないのは仕方ないにしても、スパイスとかハーブとか、野菜や肉の旨味とかいろいろあるだろ! なんていうか旨いとこ全部抜いたような塩味……。)


 ふと他の客の様子を見ると皆旨そうに食べている。この世界の人間にとってはこれがスタンダードなのか? 屋台の串焼きはまあ旨かったが。


 俺は料理が趣味だ。食べるのも趣味だ。だからこれから先こんな料理ばかりかと思うと絶望する。もし元の世界にずっと帰れなかったらこの世界で絶対に食べ物屋を開店してやる!

 そんなことを考えながら最後の硬い肉を口に突っ込み咀嚼して飲み込む。そして食堂を出て部屋へ戻った。

 満足できたとは言えないが腹は満たされた。もうひと踏ん張りといった感じで今にも落ちそうな瞼を何とか支え急いで風呂に入った。

 そしてようやく下着だけでベッドに倒れこむ。そしてそのまま朝まで起きることはなかった。




 ……どうやらだいぶ疲れていたらしい。起きたときはもう正午だった。

 なんとなくハヤテ号の様子を見に馬房へ行く。餌や水は宿屋側でやってくれる。

 ハヤテ号は俺を見て嬉しそうに鼻を鳴らした。可愛い奴め。


「ブルルルル」

「おお、昨日はお疲れさん。いつもありがとうな」


 そう言ってハヤテ号の首を摩る。うん、気持ちよさそうだ。

 バルトとかいう将軍のことはまだ覚えているのだろうか。早く昔の男のことなんて忘れて俺のものになってほしい。

 それから出かける準備をすべく部屋へ戻った。そして準備を済ませ宿を出た。




 今日も冒険者ギルドへやってきた。なにか適当な依頼はないかを探すためだ。

 ギルドの中を見渡しビアンカたちの姿を探すが今日はギルドには来ていないようだ。

 掲示板の前に行き手頃な依頼がないか探してみる。

 将来食べ物屋をやるなら金を貯めないとな。ハヤテ号も養わなきゃいけないし若いうちに稼げるだけ稼がないと。


 この世界で店を出すならどのくらい金があればいいのかなー、などと考えながら依頼を眺めていると突然ギルドの入口のほうが騒がしくなる。

 振り返って人垣を分け騒ぎの大元へ近づいた。するとそこには血まみれのビアンカを抱えたギードが立っていた。そしてその表情には焦燥感を滲ませている。

 突然彼が声を張り上げて周囲に懇願する。


「誰か、頼む! こいつを助けてやってくれ! そして誰か俺と一緒にミアを、仲間を助けに行ってくれないか!」


 どうやらギードに抱きかかえられたビアンカはぐったりとして意識がないようだ。だが彼自身も全身に酷い怪我を負っている。

 それを見かねて急いで彼に声をかける。


「おい、ギード! 何があった!」

「ケント……くっ!」


 俺の姿を見るなりギードは膝をついて意識を失った。動けないほどの傷を負いながらもビアンカを抱えて何とかここまで戻ってきたのだろう。

 それでも病院ではなくギルドに来たってことはミアの救出が急を要するってことなのか。ミアの行方が気になる。だが今はまず二人の手当てをしないと!

 間もなくギルド員が駆けつけた。ギルド員と一緒にビアンカとギードを奥の部屋へ運んだ。




 二人は部屋のベッドに横たえられた。そこは幾つかのベッドが置いてある救護室みたいな部屋だった。

 ギルド員は二人に応急処置を施したあと部屋を出ていく。治癒士がいたら協力を頼むそうだ。

 ベッドの脇にある椅子に座りギードの意識が戻るのを待つ。

 俺は顔色を失った二人の顔を見ながら、内心ミアの安否が気になってしょうがなかった。彼が目を覚まさないと事情が分からない。俺にできることがあるならミアを助けたい。

 それから10分ほどして彼が目を覚ました。


「あ……。俺はどうしたんだ……」

「ギード、俺がわかるか?」

「……ケント」


 ギードは意識がまだ朦朧としているようだがなんとか俺を認識したようだ。なぜこんなにもぼろぼろになったんだ。

 早速彼に事情を聴くことにする。


「よし。ミアはどこにいるんだ?」

「ミアは……分からないんだ……」

「……どういうことだ?」


 分からないってどういうことだ? どうにもギードの話の要領を得ない。


「この町の近くには30階層のダンジョンがあって俺たちはそこを攻略していたんだ。10階層まで順調に進みその奥の部屋でボスと対峙した。ボスはドラゴンだったんだ。」


 ドラゴンってあの物語とかマンガで出てくるあれか? 信じられない。この世界では実在するのか。


「ドラゴン!? そんなもん本当にいるのか……」

「ああ。雑魚の強さから考えてもその階層のボスとしてはあり得ない強さだった。何かおかしいと感じながらも俺たちは瀕死になりつつドラゴンを倒すことができた。もうボロボロで魔力も薬品も尽き果てて出口へ引き返そうとしたときだった。床が突然光ったかと思うと魔法陣が現れてミアだけがどこかに飛ばされてしまった。俺は後を追おうとしたが魔法陣が消えてしまって追えなかったんだ」


 ギードは悔しそうに歯を食いしばる。事情を聞いた限りでは目の前でミアが忽然とどこへともなく消えたようなものだ。人間が目の前で煙のように消えるなんて……。


「行先は分からないのか? 予想とかは……?」

「分からない……。ただ、あのドラゴンはその魔法陣であそこに転移していたんじゃないかと思う。あのドラゴンが元々いた場所にミアは飛ばされたんじゃないかと。」

「……転移、魔法陣の……魔力の、残滓を……見たわ……」

「「ビアンカ!」」


 ギードと話している途中で目が覚めたのだろう。意識が朦朧としながらもたどたどしくビアンカが懸命に言葉を紡ぐ。


「あの残滓は……恐らく……ホルツ山の、中腹の……龍神の遺跡に……通じている……」

「龍神の遺跡!?」


 ギードが信じられないといった顔で問い返す。『ホルツ山』に『龍神の遺跡』。俺にとっては両方とも初めて聞く名前だ。


「あの遺跡の……魔力が……感じられた……。ああ、ミア……!!」


 ビアンカの目に涙が浮かび眦から零れ落ちていく。消えたミアの残像が目に焼きついてでもいるのか激しく咽び泣く。


「ケント……お願い……ミアを……」


 彼女はそこまで話すと再び意識を失った。だが重要な情報を得ることができた。手がかりが全くなかった俺たちにとっては貴重な情報だ。


「くそ……! 俺がもっと早く手を伸ばしていれば!」

「ギード……」


 ギードが悔しそうに唇を噛みしめ血が滲む。

 俺がそんな彼にどう言葉を掛けようか悩んでいると、先程出ていったギルド員が茶髪の眼鏡をかけた女性を連れて戻ってきた。


「治癒士の方を連れてきました。ご協力いただけるとのことです」


 ギルド員がそう言ってその治癒士を置いて出ていった。彼女は早速意識のないビアンカを診始める。

 治癒士は彼女の傷を見て一瞬眉根を寄せ、ベッド脇の椅子に座って指で眼鏡をクイッと上げ長い茶色の髪を後ろで束ねる。そして彼女の傷に手を浮かせるように当てる。


「酷い状態ですね……。『生命力回復ヒール』」


 治癒士の手の先が温かい緑色に光る。手を当てられた傷口がゆっくりと塞がっていく。そのまま手を動かし治療が続けられる。

 ギードはその様子をじっと見守りながら口を開く。


「俺は行く……。あの遺跡なら以前行ったことがある」


 そんなギードをとても放っておけずすぐに協力を申し出る。俺にできることなら何でも協力したい。ミアのことは放っておけない。助けられるものなら助けたい。


「ああ、俺も行くよ。……だけどな、ミアを一刻も早く助けたいのは分かるが今この状態で行ってもミイラ取りになるぞ。ビアンカの回復を待ってからのほうがいい」


 ぶっちゃけギードと俺じゃ脳筋コンビだ。できれば魔法を使える奴が欲しい。ここは焦らずビアンカの回復を待つべきだ。

 するとゆっくりと治癒士が立ち上がりこちらを向いて話し始める。


「彼女の傷の治療は終わりました。ただ、彼女の体力はかなり落ちているので、すぐに動くのはお勧めしません。数日は安静にするべきです」


 治癒士は俺達の話を聞いていたのか淡々とそう話す。

 確かに治療が終わったにも関わらず、ビアンカは目を覚まさない。顔色は少し良くなったようだが治癒士の言うように体力を使い果たし衰弱しているのだろう。

 彼女の回復を待っていたらミアが手遅れになるかもしれない。いや、なるだろう……。

 そして次に彼女はギードのベッドの脇に椅子を持ってきて座り、傷に手を当てて詠唱を始める。再び治癒士の掌に光が灯る。


「……『ヒール』」

「すまない……。感謝する」


 ギードは申し訳なさそうにそう言うと目を瞑る。

 ビアンカはここに置いていく。そして万全ではないものの、俺達は彼の回復を待って一緒に遺跡に出発しようということに決める。

 駄目もとで一応治癒士にも協力を仰げないか聞いてみる。


「えーと、治癒士さん……」

「……カミラです」

「カミラさん。もしよかったら仲間の救出に協力していただけないでしょうか?」

「カミラさん、頼む! ミアを、仲間を助けたいんだ。報酬は貴女にもケントにも言い値で払う!」


 俺とギードは懇願するようにカミラに協力を求める。なるべくミアを確実に助けるために最善の方法を取りたい。

 すると彼女は眠るビアンカをちらりと見やる。そしてクイッと眼鏡を上げたあと俺たちに向かって溜息を吐きつつ答えた。


「いいでしょう。貴方たちだけで行かせるとさらに怪我人が増えそうですし」

「ありがとう、二人とも……。本当に助かる」

「ありがとう、カミラさん!」


 ええ子や! 彼女の漢気おとこぎに思わず惚れそうになった。だが言葉に出したら怒られるだろう、多分。

 龍神の遺跡のことについてギードに尋ねる。この世界の知識が皆無であるためなるべく知識を入れておきたい。


「ギード、龍神の遺跡まではどのくらいの距離なんだ?」

「ここから馬で大体2日くらい南に走った所だ。」

「2日か、遠いな……。遺跡ってのもダンジョンなのか?」

「いや、遺跡はダンジョンではない。ただの洞窟だ。だがその規模は分からない。それと龍神の遺跡はドラゴンの生息地だ。だから相当でかい。」

「ドラゴンがうじゃうじゃいるんかな? ぞっとするな。」


 ドラゴンの巣か。勘弁してほしい。物語で見るのは好きだが自分が対峙するのは嫌だ。

 それにしてもミアがもしギードやビアンカと同じだけの怪我を負っていたとしたら、俺たちが到着するまで体力が保つとは思えない。だからといって行かないという選択肢はないがとにかく時間が無さすぎる……。


「これは提案なんですが……」


 カミラが顎に人差し指を添えて口を開く。


「私は龍神の遺跡へ何度か行ったことがあります。膨大な魔力を消費するので1度きりにはなりますが、転移魔法で遺跡に飛ぶことができますよ」

「「!!」」

「……ただし、もしビアンカさんの予想が間違っていたら取り返しはつかないですが」


 転移魔法! いきなり目的地に着く奴か? それは凄いな。まさに今のこの状況に打ってつけだ。

 カミラの言葉にギードが少し考えて答える。


「いや、仮に間違っていたとしてもミアの行先に全く当てがない以上、転移先を探していたら救出は間に合わないだろう。確実な行先を捜索するよりも遺跡にいることに賭けてすぐにでも出発したほうがいい」

「……分かりました。ただ飛んだ時点で私の魔力はほぼ空になるので魔力回復薬をそちらで準備お願いしますね」

「もちろんだ。感謝する!」


 ようやく救助の目途が立った。待ってろよ、ミア。

 俺たちはカミラという心強い仲間を得て龍神の遺跡へと出発することになった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る