第18話 打ち明け話
護衛を完了し初めての町レーフェンに来た。レーフェンはザイルよりも大きな町だった。
護衛出発前にあんなに楽しみにしていたレーフェンの町に入ってはみたが、セシルはとても楽しい気持ちになれなかった。
人の命を奪った……その事実に心が打ちのめされていたのだ。
ケントが町の衛兵に盗賊たちの連行を依頼した。
ザイルとの間の街道に出没する盗賊は以前から問題になっており、恐らく道中で倒したのは賞金首になっている連中だろうということが分かった。
人身売買に強盗、殺人など一通りの犯罪を全て犯しており近隣の町を恐怖に陥れるような凶悪な盗賊団だったそうだ。
彼らを確認次第懸賞金がギルドから支払われるということだ。
マルコがセシルとケントにお礼を言う。
「本当にありがとうございました。お陰様で商売の続きができます。それでは依頼書を渡してください。認めのサインをしますね」
ケントが依頼書を懐から取り出し手渡す。そしてマルコはその紙を受け取りサインをしてくれた。
「これをザイルのギルドに見せて報酬を受け取ってくださいね」
「ありがとうございます、マルコさん」
ケントがマルコに礼を言う。その様子を見ていたアルマが痛ましげな目でセシルを見て口を開く。
「セシル、元気出してね……。ケントさん、セシル、ありがとう。」
「マルコさん、アルマさん、ありがとうございます」
アルマの優しさがかえってつらい。自分が周りに心配をかけて気を遣わせているんだ。笑顔、笑顔……。
そう思って一生懸命笑ってマルコとアルマに礼を言う。
「私たちはこの町で『神樹の雫』という薬屋を開いています。よかったらお店に来てくださいね。サービスをさせていただきますから」
マルコは笑いながらお店のことを教えてくれたあと荷馬車にアルマを乗せて一緒に店へ戻っていった。
ケントはにこっと笑いながらセシルの背中に腕を回して肩にぽんっと手を置く。
「それじゃ、宿でも取るか!」
ケントはそう言ってセシルを連れて馬房つきの宿屋を探す。そしてようやく宿を見つけ、ケントが二人部屋を1つ取った。
部屋に入り思わず力が抜けてしまう。そしてソファーに糸が切れたようにとすんっと座り両手で顔を覆った。彼がその向かいに座りセシルの顔をじっと見て口を開く。
「お疲れさん。護衛、最後までよく頑張ったな。あと無理に笑わなくていいぞ」
無理に笑ってたことがばれてたのか。なんかごめん。
ケントの言葉に顔を上げて答える。
「ありがとう、迷惑かけてごめん……」
「……セシル、俺はな」
ケントは膝に自分の肘を置き顎の下で両手を組んで改まって話し始めた。
「この世界の人間じゃないんだ」
「えっ!」
「俺はこの世界とは別の……地球という世界の日本という国から来た。そこは魔物もいない平和な国で、そんな所で働いていたんだが……」
あまりにも突拍子もない話に驚いて固まってしまう。別の世界? 日本? なんだか物語の中の世界みたいだ。
ケントはソファーに背を凭せかけて肩の力を抜いてさらにゆっくりと話を続ける。
「日本には魔物なんか存在しない。そして人が人を殺すどころか傷つける必要すらない平和な国だ。俺はそんな所からヴァルブルク王国によって勇者召喚された。だが俺は勇者じゃなくって邪魔者ってことで王国に捕らわれて処分されそうになったんだ。」
「酷い、勝手に召喚しておいて!」
「……ああ、酷いだろ?」
ケントは自嘲するように笑った。自分の境遇に呆れて諦めているのかな?
それにしても本当に酷過ぎる。無理矢理故郷から引っ張り出して孤独にした挙句に処分だなんて……。ヴァルブルク王国ってそんな国だったの? そんなの彼が可哀想じゃないか。
セシルが憤っているのを見て苦笑してケントはさらに話を続ける。
「そこからは生き延びるために必死だったさ。城を脱出するために騎士の服と金を奪い、ようやく逃げ込んだ町の宿で暗殺者に襲われてその命を奪い、生きていくために冒険者になって魔物の命を奪いまくった」
「……うん」
「仲間を助けるためにも魔物を殺した。それをしなければ仲間の命を失っていたからな。重ねて言うが俺は平和な日本から来た。だが生きるために人も魔物も殺さざるを得なかったんだ。最初はショックで吐きまくったよ。今だって平気じゃあない」
「……ケントが?」
命を奪うことは今でも平気じゃないと言うケントの言葉に衝撃を受ける。
あんなに強くて勇敢なのに? 魔物の命ですら奪うのが平気じゃないなんて優しいんだな。
「ああ、俺なんてかなりビビリだぜ? セシルの方がよっぽど勇敢だ」
「……そんなことないよ。僕は多分もう剣を持てない……」
そう言って鞘から剣を抜いて右手で持ってみる。手ががたがたと震え力が入らず剣を取り落とす。それを何とか拾って鞘に納める。
あれからずっとこんな感じだった。再び剣が持てるようになるのかさえ怪しい。
「こんなんじゃもう戦えない。多分魔物も殺せない。魔法も使えないし……。僕はもう冒険者を続けることはできない……」
「セシル、お前の治癒魔法のお陰でマルコさんは助かった。そしてお前の結界のお陰で野営も安全に過ごせた。それにお前の探知魔法だってたいしたもんだ。敵を倒して止めを刺すだけが冒険者じゃないと思うぞ」
「ケント……」
止めを刺さなくてもいい? 倒さなくてもいいの? それでも役に立てるの? 本当に……?
「セシル、俺とチームを組まないか? お前がサポートして俺が倒す。今はそれでいいんじゃないか?」
「……僕、足手纏いにならない?」
こんなに何もできない自分と組んでケントは嫌にならないだろうか。役立たずじゃないだろうか。
「ならねえよ。俺ができないことをお前はできる。最強のチームになると思うぜ」
「……ケント、ありがとう。僕、頑張るよ! よろしくお願いします」
ケントの言葉がとても嬉しかった。それと同時に申し訳なくて深々と頭を下げる。
彼はそれを見てにかっと笑って身を乗り出しセシルの頭をわしわしと撫でる。
「ああ、よろしくな! よし、それじゃあ飯でも食いに行くか?」
「……ああ、僕、先にお風呂に入りたい。早く血の匂いを落としたい」
「ん、セシルは洗浄魔法ってので綺麗にしてたんじゃないのか? お前から血の匂いなんてしないぞ?」
「いや、するよ。血の匂いがする……」
あれから……あの男の返り血を浴びてからずっと匂いが取れない気がするんだ。いくら洗っても落ちないんだよ。
「……ああ、分かった。じゃあ俺は飯行ってくるな」
「うん、いってらっしゃい。……ケント、ありがとうね」
最後のほうは恥ずかしくて小さな声になってしまったが、ケントはそれでも聞こえたらしく背中を向けたまま手をひらひら振って部屋を出ていった。
それから浴室の手前の洗面所で髪紐を外し衣類を脱いで最後に
風呂で肌が赤くなるほど擦って血の匂いを落とした。落ちた気がしないけど。本当は気のせいだって分かってるんだ。
風呂場から出て洗面所で衣服を着ようと手に取ったところだった。
「おい、セシル。これ、宿屋のロビーで……」
ケントが突然がばっと洗面所の扉を開ける。突然のことで対応できず衣類をぱっと取って体を隠し蹲る。うわぁ、嘘でしょぉ。
「お前……セシルか……? 髪の色……それにお前……」
蹲って顔を伏せていたからだろう。どうやら別人だと思われたらしい。
ゆっくりと顔だけ上げて無言のままケントを涙目で睨めつける。顔が熱い。きっと真っ赤だよー!
「うぉ! すまん!」
そう言って慌ててバタンと扉を閉めるケント。
着替えを済ませたあと彼に説明するためにペンダントをつけずに髪を下ろしたまま洗面所を出た。
「あぁー、まじですまん。まさか女の子だったとは……」
「見たの!?」
「いや、背中と尻しか見えてない、マジで」
うわあぁーー最悪! 顔がまた熱くなる。ケントは全く悪びれる様子がない。彼から見たらセシルは完全にただの子供なんだろうけどさ。
真っ赤になっているであろうセシルに話を続ける。
「宿屋のロビーにさ、いい匂いの石鹸が売ってたから匂いが気になるならいいかと思って買ってきたんだよ。それで渡そうと思ったんだが……。」
そうだったのか。過剰に反応して申し訳なかったなと反省する。
「そっか、石鹸ありがとう。明日使わせてもらうよ」
「ん、ああ。それよりもお前、こうしてみると女の子にしか見えないな」
俺はロリコンじゃないからラッキースケベじゃない、などと訳の分からないことをぶつぶつ呟くケントを見て首を傾げる。何を言っているかよく分からない。
銀色のストレートの腰まである長い髪を今は降ろしている。まだ濡れている髪から雫がぽたぽた落ちる。
セシルが風魔法で髪を乾燥させると、銀の髪は一瞬ふわっと浮かびさらさらと流れ落ちた。
「……セシルは相当な美少女だな。よし、これからもお前は男の子の振りをしてろ。危ないから。あと知らない奴についていくんじゃないぞ。美少年でも変態には関係ないからな」
「うん、分かった」
ケントの言葉に素直に頷く。髪を乾かしたあと再びペンダントを首にかけ黒髪に戻す。
「ほー、そのペンダントに魔法がかかってるのか?」
ケントが不思議そうな顔をして尋ねる。あんまり魔道具を見たことないのかな?
「うん、これ
「そりゃ便利だな。
そんなことを言って無邪気に笑うケントに笑って答える。
「ふふっ。今度使ってみる?」
それも楽しそうだな、とケントは笑って言った。そして感心したようにセシルを見て話を続ける。
「お前はいろんな魔法を知ってるんだな。どこかで習ったのか?」
「僕……わたしの魔法は全部おばあちゃんに習ったんだよ」
「おばあちゃん? ザイルに住んでるのか?」
そう尋ねられてちょっと悩む。全てを打ち明けてくれたケントには隠し事をしたくないな。彼は信用できる人だ。だから本当のことを話そう。
「ううん、わたしはおばあちゃんと一緒に魔の森の奥に住んでたの」
「……魔の森?」
魔の森のことを聞いてじっと考え込んだケントを見て首を傾げる。魔の森に何かあるのかな?
「どうしたの?」
「いや……お前のおばあちゃんは、えと、その……魔女なのか?」
「え、違うよ! おばあちゃんは聖、……えと、魔女じゃないよ!」
魔女って……なぜそんなことを言うんだろう?
だからといって元聖女だと打ち明けるのはさすがに憚られて言葉に詰まる。……だけどケントも王国に追われてるって言ってた。おばあちゃんと一緒なんだよね。
「……そうか。気を悪くしたならすまん。」
ケントは申し訳なさそうに頭を下げる。そして大きな溜息を吐いて話を続ける。
「実はな、以前知り合った仲間が頭に怪我をしてそのときに脳を損傷してしまったみたいなんだ。それで記憶、いや違うな……自我を失ってしまって言葉が喋れなくなってしまったんだ」
「言葉が……?」
「ああ、目は虚ろでな。何も見えていないようだ。別の仲間が王国の聖女か魔の森の魔女なら部位欠損を治せる治癒魔法が使えると言っていた。だから脳の損傷も治せるんじゃないかと思ってな」
魔の森の魔女……もしそんな噂があるとしたら、確かにそれはおばあちゃんのことに違いない。おばあちゃんはときどきザイルの町へ買い出しに行っていたから。魔の森から来たおばあちゃんのことを町の人がそんなふうに思ったのかも。
ケントは悲しそうな顔で遠くを見るような目をして話を続ける。
「明るい子だったんだ。もし治せるものなら治してやりたいって思って手掛かりを探してザイルに来たんだよ」
「……そうだったんだ」
そこまでのケントの話を聞いて今自分にできることが何かないか考えた。彼のために何かしてあげられないだろうか。
「ケント、あのね、おばあちゃんは魔女ではないんだけど……」
絶対に誰にも言えなかったことを……。セシルは大きく深呼吸をして言葉を続けた。
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