第5話 ザイルの町
ようやく広大な魔の森を抜けた。森を抜けるとそこには田園地帯が広がっていた。見慣れない光景にセシルは軽く興奮する。
ソフィーもようやく暗い森を抜けてほっとしているようだ。表情が明るくなった。
田園地帯の間を道なりに1時間程歩くと、彼女が前方を指さして嬉しそうに声を上げる。
「セシルさん、あれがザイルの町です!」
ソフィーが指さしたほうへ目を向けるとそこには建物がたくさん建ち並んでいる場所が見えた。それらは外壁に囲まれておりよく見えないが塀の上から屋根が見えている。
初めて見る町の外観にわくわくする。中の様子は外壁のせいでよく見えないが。
期待で逸る気持ちを抑えつつ足早に町へ向かう。ソフィーを置いていかないように気をつけながら30分程歩いてようやく町の門の前に到着した。
門の外には体格のよい男性が2人立っていた。「この町の門番の兵士さんですよ」とソフィーが小さな声で教えてくれる。男の人を初めて見るのでちょっとだけ怖い。
そのうちの1人がセシルとソフィーを見下ろしたあと話しかけてきた。
「君たち、身分証はあるかな?」
身分証……? 身分証って何だろう? 質問の意味が分からなくって言葉を詰まらせる。
するとソフィーが門番の男性にカードのようなものを取り出して見せた。
「私はソフィーで身分証はこれです。こちらの方はセシルさんです。私が森で魔物に襲われているところを助けていただいたんです。まだギルドカードがないと思いますのでとりあえず私が彼女の身元を保証します」
「ふむ、いいだろう。通行を許可する。ただし中でギルドカードを作ったらセシルさんはもう一度こちらの詰め所へ来てくださいね」
そう言われてもどうしていいか分からず門番にギルドカードのことを尋ねる。
「ギルドカードってどこで作れるんですか?」
すると門番が少し驚いたように答えた。
「ふむ、ギルドカードを知らないとは……。君がどこから来たのか分からないが、この町には冒険者ギルドと商業ギルドというのがあってどちらでもカードは作れるよ」
「分かりました。ご親切にありがとうございます。ソフィーもありがとう」
ソフィーと一緒に門番にお辞儀をして町へ入る。そして町の中の様子を見てあまりの人の多さに驚いてしまう。ここが町……そして人が多い!
「これが町……こんなに人がいたんだ……」
そう呟くとソフィーが不思議そうに尋ねてきた。
「……セシルさんは一体どこから来たんですか?」
「うん? 森だよ」
「えっ……。魔の森ですか?」
そこまで言ってからはっと気づく。一応おばあちゃんと隠れ住んでいたわけだし、森の奥に住んでるなんてあまり人に言わないほうがいいんじゃないかと咄嗟に考えた。
口に出してしまったことをごまかしつつソフィーに答える。
「……森を通ったけど誰も知らないような小さな村にいたんだ。だからこんなにたくさんの人を見たのは初めてなんだよ」
「そうだったんですね。それでギルドを知らなかったんですね。それじゃ今からギルドカードを作りにいきますか?」
ソフィーはそう言ってくれたが彼女の父親の容体が心配だ。先にそちらを見にいったほうがいいだろう。
「いや、先にソフィーのお父さんの怪我を見にいこう」
「ありがとうございます……!」
セシルの言葉に嬉しそうにソフィーが頷く。
それから彼女の案内で町の
しばらく歩いてから貧民街の一角にある小さな家に到着した。彼女が扉を開けて「ただいま」と入っていく。そして恥ずかしそうにセシルに告げた。
「セシルさん、ここが私の家です。狭いですけどどうぞ」
部屋を見渡すと奥の方で一人の男性が布を体にかけて横になってるのに気づいた。息が荒く酷く汗をかいている。眉間に皺を寄せてとても苦しそうだ。
「……お父さん、具合はどう? 痛みはまだ酷い?」
「ああ……ソフィー。すまない……。」
彼がソフィーの父親らしい。彼は仰向けのまま視線だけをソフィーに向け何とか声を搾り出して苦しそうに答える。とても痛々しい。
それを見てこれは一刻も早く治療しないと体力がもたない。そう考えて彼に話しかけた。
「おじさん、今から治癒魔法をかけるから少し服を開きますね」
そう言って父親の傷に両手を当てる。セシルの手の先が温かい緑色に光る。傷の状態を探知しながら少しずつ手を動かしていく。骨折をしている上に裂傷が酷く、まだ出血もしている所もあるようだ。
「もう少しだから我慢してください」
そう言って父親の全身をくまなく調べつつ
彼は最初、眉間に皺を寄せて苦しそうな表情をしていたが、時間が経つにつれだんだんと痛みが引いてきたのか、表情を和らげてそのまま意識を失うように眠ってしまう。それを見てほっとした。そしてソフィーを安心させたくて微笑んで告げた。
「骨折と外傷は治ったよ。ただ出血してかなり体力が落ちてしまってるから、しばらくは安静にさせて柔らかいものを食べさせてあげて。水もこまめに飲ませてね」
「セシルさん、ありがとうございます……」
ソフィーは思わず涙が零れそうになるのを指先で押さえて礼を言ってくれた。どうやら安心したようだ。よかった。
「セシルさん、もしよかったらうちに泊まっていきませんか? 狭い所ですけどあなたさえよければいつまでいてもらっても構いませんから。ご飯も食べていってください。ギルドへは私が案内します」
ソフィーの申し出がとてもありがたい。夜になって眠る所のこととか全く考えてなかった。街の中では野営もできないしね。
「えっ、いいの? ありがとう、すごく助かるよ。手持ちのお金が全くないから、旅の途中で狩った獲物をどこかで換金しようと思ってたんだ。あとお肉ならいっぱいあるから食事の材料は提供できるよ」
ありがたく申し出を受け入れた。ソフィーの気持ちがとても嬉しい。
彼女は嬉しそうにセシルの言葉に頷いて、ようやく安心したように父親を見つめた。
それを見て彼女の父親が助かって本当によかったと思った。そして胸があったかくなってふとおばあちゃんのことを思い出した。
少し休んだあとソフィーと一緒に家を出て冒険者ギルドへ向かう。ふと彼女の父親の酷い怪我を不思議に思ってその原因を尋ねた。
「どうしてソフィーのお父さんはあんなに酷い怪我をしてたの? 魔物に襲われた風でもなかったし……」
「うちのお父さんは建築の仕事をしてて、昨日足場が崩れて高所から落ちて運ばれてきたんです……。応急手当で止血しようとしたんですがなかなか血が止まらなくて……」
そう答えながらまたそのときのことを思い出してしまったのだろう。ソフィーはぶるっと震える。そんな彼女を痛ましく思う。
「でもセシルさんのおかげで本当に助かりました。父がいなくなったりしたら私一人ぼっちになってしまうので……。ありがとうございました」
そう言ってまた涙ぐみそうになるソフィーの背中をポンポンと叩いて「よかったね。」と笑った。たった一人の肉親だものね。彼女の父親を救えて心からよかったと思った。
街の中をしばらく歩いたあとソフィーの案内で冒険者ギルドの近くまで来た。
「あそこが冒険者ギルドです。魔物の素材の買い取りをしてもらうなら冒険者ギルドでカードを作ったほうがいいでしょう。」
彼女はそう言ってセシルの手を引く。ギルドの中にはたくさんの冒険者らしき人たちがいた。冒険者……どきどきする。
ギルドに到着したときにはもうかなり日が傾いていた。
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