第12話 遼遠のビックバックビュー
俺の親父は、厳格で真面目で、とにかく誠実に生きろ、とやかましい人だった。
小学生の頃から勉強ばかりさせられた。決まった時間以上勉強していないと、こっぴどく叱られ、手を挙げられたものだ。
そのせいで俺は同級生の話題についていけず、運動は一切できなかった。ガリ勉と呼ばれ、仲間外れにされたりした。周りに人がいなかったから、1人で勉強していた。その事が余計に人を遠ざけたのかもしれない。
そのかいあってか、それなりに頭はよかった。当時は高卒で働く奴が多い中、そこそこの大学に入った。大学卒業後は有名企業に入り、それなりに稼いだ。
親父に対する不満は多かった。反抗期は他のやつより酷かったと思う。けれど、結局は親父の言うように、真面目に勉強したおかげでゆうゆうと生活できた。学生時代は親父に対し、真面目にやっているから報われるとは限らないことを証明してやると意気込んでいたのに。
結婚した後、妻は2人の子どもを授かったが、次男を産んですぐに病気にかかり、4年後に亡くなった。仕事が忙しく、病院にろくに見舞いに行けなかった。
それからは男でひとつで2人を育てることになった。親父は既に死んでいたが、お袋は近くに住んでいたので、助けてもらいながら必死で働き、勉強を教え、しつけをした。
親父みたいにならないように、やりたいことは積極的にやらせた。長男は絵の才能があった。俺は画材を与え、のびのびと描かせてやることにした。
そして40代半ばにして。俺は、リストラされた。
学生時代の目標だった、真面目にしていたからといって報われるとは限らないことを証明した瞬間だった。
長男は美術大学に行くという夢を諦め、就職してくれた。本人は絵に興味がなくなったフリをしていたが、無理していることはわかっていた。
子供の夢を潰した、その事を知りながら、俺はあいつに夢をおわせてやることが出来なかった。
俺は最低な父親だ。親父よりも、よっぽど。
後悔ばかりだった。だからせめて、死ぬ時くらいは、ひとつの後悔もない状態で死にたいと思った。
△▽◁▷
俺の親父は、おおらかな人だった。頭が良く、勉強はなんでも教えてくれたし、やりたいことは何でもやらせてくれた。
ある日、親父が弁当を忘れた。その日は学校の創立記念日で、俺は家にいたのだった。職場まで自転車で持っていくと、怒鳴り声が聞こえた。こっそり覗くと、親父が怒鳴られていたのが見えた。
へこへこと頭を下げるその姿を見て、当時の俺は「なんだ、親父ってかっこよくないんだ」と思った。40半ばにして職を失った男が再就職することが、どれだけ大変なのかを当時の俺は知らなかった。
俺の家が貧乏だということは知っていた。旅行どころか、お出かけすら滅多になかった。けれど、俺はそれでもよかった。絵さえかけたらそれで楽しかった。
俺が高校1年のとき。親父が倒れた。過労だった。2週間ほど入院すれば元気になったが、働きすぎで倒れる、というのは当時の俺にかなりのショックを与えた。
美大に行くことを諦めたのはその頃だ。スランプに陥ったふりをし、そこから徐々に絵への関心がなくなって行ったように見せかけた。高校を中退し、働いた。若さを活かして肉体労働のバイトをかけ持ちした。
身を粉にして働き、コネを伝って俺は建設関係の仕事に就いた。資格を取るのに寝る間を削って勉強した。
子供が産まれてからは、少し仕事のペースを落とした。
息子が小学三年生になってもなんにも興味を示さず、習い事もしなかったので、近くのサッカー教室に行かせた。息子を思ってのことだった。けれど息子は「サッカーは嫌だ」とある日言ってきた。ならば、と様々な習い事をさせた。どれも息子は嫌がった。どうしたらいいのか分からなかった。息子を叱る時に手を挙げたこともあった。困り果てて、弟に連絡をした。弟からは、「俺は独身だからわからないよ」といった旨の返事が来た。俺は息子に何一つ為になることをしてやれなかった。
俺は最低な父親だ。
そう思っていた時、親父から手紙が届いた。弟から俺が悩んでいると聞いたらしかった。
その手紙には、こう書かれていた。「俺はお前の夢を諦めさせることしか出来なかった。けれどお前は、そのどん底から這い上がって、上り詰めた。俺は何もしてやれなかった。それでもお前は1人でなしとげた。俺は最低な父親だ。お前がそこまでやるなんて、考えてもいなかった。息子を信じていなかった。だから俺は最低だった。信じろ、お前の息子を。きっと何か成し遂げてくれる——」
俺は最低な息子だ。自分のことで手一杯で、親孝行のひとつもしていなかった。
△▽◁▷
僕の父さんは、尊敬できる人だ。高校を中退したとかで、頭がいい訳では無いのだけど、かしこい。なんというか、wiseではないけどclever、みたいな。
僕は幼い頃、やりたいことが何も無かった。何故だろうか、なんにも情熱がわかなかった。面白くなかった。
もしかしたら、あのまま引きこもりになっていたかもしれない。それとも、何も考えず日々をただ浪費する羽目になっていたかもしれない。
そうなっていないのは、父さんのおかげだ。
ある日僕は父さんに尋ねた。
「普通って何?」
何も好きじゃないなんて普通じゃない。そう学校で言われたのだ。
父さんは言った。
「世界の皆が知っていることだよ」
それを聞いて僕は言った。
「世界って何?」
父さんはこう答えた。
「自分が見ているものだよ。だから、自分の世界と他人の世界は別。みんなの世界を調べて、同じところがあったらそれが普通の事なんだよ」
それを聞いて、僕は世界を広げたいと思った。哲学に興味を持ったのもその頃だ。図書館で本を読みあさり、暇な時は色々なことを考えた。暇な時が、僕にとって2番目に楽しい時だった。
1番楽しいのは、その考えを人に話す時だった。友達からはよく分からないと一蹴されたが、父さんはよく聞いてくれた。哲学を大学でも学びたいと思ったのは高2の始めだ。
俺は/俺は/僕は、いつだって、親父の/父さんの、大きな背中を追いかけている。
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