第11話 恋愛ウォントラブ オア ウォントトゥラブ・前
——その少女は、死を知らなかった。正確には、自由に体を再生することが出来た。
少女は作られた命だった。人造人間、ホムンクルス。そのせいで迫害されたこともあった。魔女と罵られ、ひどい罰を受けたこともあった。
そんなある日、少女は悟った。生きているだけでこんな仕打ちを受けるなら、どうせなら、暴虐の限りを尽くせばいいと。
金を払わず食事をとり、金品を奪い、好きなことをして、やりたくないことはしない。
殴られようが、撃たれようが、構わず少女は過ごした。世界中を巡り、ありとあらゆる絶景を見た。グランドキャニオンから飛び下り、ナイアガラの滝を泳いだ。
それは、自分が生きる世界を実感するための度でもあった。生と死の境目がスイッチ一つで切り替わる彼女にとって、生きた心地を感じたことは1度もなかった。この世界を隅々まで見て、体感することで、自分は確かにここにいるのだと、感じ取りたかったのだ。
少女は地球上のありとあらゆる場所を訪れた。残すところは宇宙であったが、少女は宇宙には興味がなかった。いくら死なないと言っても、空間をひたすら漂うのが怖かった、ということもある。ただ、それ以上に、そこは人が生きる場所ではなかった。
人を超えた力を持ちながら、人として生きる場を求めたのだ。
そして、何年も何年も何年も何年もたった。
少女は、再び悟った。自分が人として生きる場などないと。私は人です、と訴えることをやめ、自由に生きるようにしたあの日から、自分の席はなくなったのだ、と。
故に。幸せになるために。生きていくために。
夢を、諦めた。
欲を満たすことこそが幸せで、どう足掻いても欲が満たされないことが幸せでないとするなら。
欲を、減らせばいい。
そう、考えたのだ。
その日から、多くのことを諦めた。
生まれ故郷に生きることを諦め。人と親密になることを諦め。定住することを諦め。
幸せになることを、諦めた。
そうして、幸せを手に入れた。
人のいない、寂しげな森に住み——人の温もりという幸せを知らないから、寂しいと感じない。
魚や果物、たまに獣を取って暮らし——娯楽と化した食事を知らないから、ひもじいと感じない。
硬い木の上で寝て——柔らかいベッドを知らないから、不便だとは思わない。
毎日、そうして暮らした。
幸せを諦めて、捨てて、忘れ去って。
幸せを、手に入れた。
そんな、ある日のことだった。
誰も足を踏み入れ無いはずのその森に、一人の男が訪れた。
男は少女に話しかけた。少女は言葉というものを思い出した。
コミュニケーションを思い出し、人とのやり取りを思い出し、他人に触れることを思い出し、笑うことを思い出し——自分が不幸であることを、思い出した。
少女は憤慨した。どうして私の幸せを壊すのか、と。
男は答えなかった。ただ、答えを見せた。男は少女を養子としてとり、世界を見せた。
それは、世界中を見て回った少女が、見たことの無いものだった。
少女は知った。今ある幸せで満足せず、努力し、苦労し、不幸を享受しながらも、新たな幸せを求める者こそが——人間である、と。
少女は、人として生きることを、思い出したのだ。
人となった少女は、男について行った。男の存在を求めたのではない。男が、あまりにも人間的ではなかったからだ。自分に人とは何かを見せながら、男は現状に満足し、新たな幸せを求めていなかった。男は少女にしたように、善行を度々行っていた。それは善行をしたいという欲からではなく、善行はすべきものだからだった。男は最上の幸せを、過去に経験し、失っていた。だからといって自分のように諦めて欲しくなかった。
だから、少女は男について行った。
男が見せてくれた世界が、どんなに美しかったか、伝えるために。
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