第8話 君がため
——これは、あるおとぎ話。誰にも語り継がれることの無い、極少数のものだけが知っている話。
それを語るためには、一度、魔法と魔術の違いを語らなければならない。
先にあったものは、魔術であった。
術式を組みたて、贄を使い、複雑な計算式から物理法則外の力を手にする術。それに対して魔法とは、その魔術を簡略化したものであった。
言うなれば、魔法は半径が3の円の面積を27、と出すようなもの。複雑な式も、贄も必要無い。しかし出せる解は少なく、単純。
魔術は学問で、魔法は道具。
故に、魔法使いに対して魔術師の数は、圧倒的に少ないものだった。
さて。
むかしむかし、ある所に。
そんな魔術師が、2人、いた。
2人はかなりの若さながら、その才能を認められ、将来有望だ、と言われていた。
2人は、恋人だった。
心の底からお互いを愛し合っていて、この世で一番大切なものは恋人、二番目は魔術、三番目にようやく自分、と2人はよく言っていた。
2人は、この幸せな時間を続けるため、不老不死を目指した。
彼らが行ったのは、魂と肉体の分離だった。
しかし、魂のみの存在——それは、神の領域だった。
原罪のある人間が、土足で踏み入ってきたことに、神は怒った。
そして2人に、『どちらかが犠牲になるか、世界ごと滅ぶか。選べ』と告げた。
男は即答した。
「いやだね」
男は、2人でいることに一番の価値を見出していた。故に、最愛の人がいない世界など、それこそ滅んでもよかった。
自分が犠牲になる気も、さらさらなかった。最愛の人を失う悲しみを、相手にだけ味わわせる事など、ごめんだった。
神は、次の夜明けまで、と期限を告げ、消えた。
その日、2人はいつものように過ごし、いつものように眠った。
枕元には、手紙が置いてあった。
そこには、ただ、こう記してあった。
"あなたは私たちが共に生きる世界だけを愛していた。でも、私はあなたに、私たちが愛したこの世界に、生きて欲しかった。"
……
…………
………………
……………………
「ですから、我々の生きる意味は何か、と問われれば"愛"のため、になる訳です」
マスターは静かに言った。
「愛のため、ですか?でも先に生きた人達の人生の意味を見出すことってさっき……」
「それは生きている者、
「なるほど……なら人は、何かを愛するために、愛する何かを見つけるために、生きていく、ということですか?」
マスターは、優しげに微笑みながら、良太に向かって言った。
「いえ、それは違います。愛するため、ではなく。愛されるため、でもなく。人は——"愛"のために、生きるのです」
マスターは、もう微笑んではいなかった。
遠いところを見つめるように、しみじみと語った。
「……そうでなければ、ならない」
そのつぶやきは、店内に溢れる会話にかき消され、誰の耳にも届かなかった。
外では、雪がふりはじめていた。冬の曇り空に、愛を知るカラスの姿はなく。
ただ、どんよりとした灰色の中に、チラホラと白が舞うばかりであった。
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