第36話 落語女子 其の6

「じゃあ、始めるわよ、成一君」


 そう言ってくれるのは、持ってきた座布団を教壇に敷いて、それに正座するしやである。


 はっきり言って、教壇で、制服のスカート姿である女子高校生が正座しているこの状況からして、とっくの昔に非常識な気がしないでもない。


 俺は、教壇に対して一段下の床にあぐらをかいて座っているから、しやの、今時の世紀末の女子高校生感あふれる、膝上何センチなのかなと言った短めのスカートからのぞいている、太ももやら何やらがちょうどうまい具合に俺の目に飛び込んでくるのだった。


 今すぐ、教室の床に俺の頭をこすりつけて、ギリギリの角度を楽しみたい気もするが、やはりそれは野暮というものであろう。粋でいなせな落語に対して、そんな無粋な真似まねは許されない。


 だいたい、あとほんのちょっと我慢すれば、しやが正座したままぴょんぴょん飛び跳ねてくれるではないか。と言うわけで、俺はお大臣といった感じで、悠然としたあぐら姿でしやの正座を見据えるのだった。


 それにしても、女の子が制服のスカート姿で正座している姿の足元を、こうして直視できると言うのが、落語の素敵なところだなあと、俺はしみじみ感じいるのだった。


 いくら、教壇が周りの床より少し高くなっているとは言え、さすがにしやのスカート部分が、俺の目線より上になっているわけではない。だから、当然そのスカートの中身が見えてしまうことはないのだが、逆にそれがいいのである。


 見えればいいと言うものではない。見えてしまえば、それである意味おしまいである。見えないからこそ、想像力が花開くのである。そもそも、あとほんの少しで、しやが自分からぴょんぴょん飛び跳ねてくれるのだから。


 さらに、正座することで、しやの太ももがムチっとして、二つの太ももがお互いに密着しあったり、ふくらはぎがいい具合に、しやの上半身の重みに潰されている様子がたまらない。


 ナマ足、なんて言葉がではじめたのもちょうどこの頃だ。流行りに敏感な女子高校生らしく、しやも健康的に太ももとか、膝まわりとか、ふくらはぎとかのあたりの地肌を、惜しげも無く俺にさらしてくれる。


 大変ありがたいことだ。令和元年ではしやより二十年年上の俺の寿命が延びること、間違い無いだろう。


 そんな俺をどう思っているのか知らないが、しやが『反対俥』を始めるのだった。


「それじゃあ、始めるわよ、成一君」


 ぱちぱちぱち


 俺は拍手をすると同時に、居住まいを正すのだった。


「“落ちる”やら“滑る”やらと言う言葉は、受験生の前では控えなければなりませんが、落語ともなれば“落と”さなければ格好がつかないもので、最後に“サゲ”るなんて言い方もありますが、高校生ですから、試験順位が“下がる”のも考えものですね」


 なかなかにちゃんとした落語の枕である。俺としやがぶつかった時の、“落ちる”“落ちない”の話をうまく踏まえてある。落語の“落ち”は“サゲ”とも言うのだが、そこにも触れているあたり心憎い。


 そんなのはどうだっていいから、早くぴょんぴょん飛び跳ねてくれ、なんて意見もありそうだが、いきなり本番でクライマックスというのは情緒もへったくれもない。やはりこう言うものは、きっちり段階を踏んでこそである。


「人力車というのがございまして、アクセルを踏んだだけで、ビュンビュン走ってくれる自動車が街中にあふれている今のご時世では、ピンと来ない方もいらっしゃいますかもしれませんが、一昔前は人間が、リヤカーの親玉みたいなものにお客さんを乗せて、引っ張っていたんですねえ」


 ほほう。人力車の説明ときたか。落語と言うものは、江戸時代からあるものだからして、この千九九九年ではわかりにくい用語が出てくることだってあるのだ。それを最初に説明してしまうことも古典落語にはよくあることなのだが、しやがそれをするとは。ちゃんとわかっているではないか。


 しかし、二十年も年が離れた女子高校生に、こうして物事をじっくり説明されると言うのは、どうもおじさんのすけべごころを刺激されていけない。


 令和元年の若者文化に全くついていけずに、二十代そこそこの若造に馬鹿にされたこともあり、その時は大いに悔しがったものだった。だが、こうして同年代の女子高校生に、昭和以前の日本の伝統的文化をさとされると言うのは、悪くない。


 と言うか、個人授業みたいでドキドキする。


 令和元年ともなれば、全ての都道府県に淫行条例が制定されて、こうして女子高校生と、俺のようなおじさんが話しているだけで、逮捕され、社会的制裁を受けるところだが、現在千九九九年では、淫行条例が定められていない都道府県だって結構あったのだ。


 少なくとも、俺の住んでいたところではそうであったはずだ。何より、俺としやは現在同じ高校二年生であるのだ。ちょっと二人で小粋な会話をしているくらい、なんの問題があると言うのだろう。


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