第35話 落語女子 其の5

「あれあれ、どうしたのかな、しやさんや。突然顔を真っ赤にしちゃって。ひょっとして、

 今更『反対俥』はできません、とか言い出すのかな。まあ、それも仕方がないかもねえ。これはこれで、演じるのが難しいお話だからねえ。しやみたいな高校生が演じるのは、少しばかり難しいかなあ」

「で、できるもん。一度はやるって言ったんだもの、やってやるわよ」

「それで、スカートの中身は大丈夫なの」

「うるさいわね、成一君には関係ないでしょ」


 この千九九九年当時、“見せパン”と言う概念は、それほど一般的ではなかったはずだ。となると、スカートの中身の下着をまる見せにしておいて、『これは、見られてもいいパンツだもーん』などと言う、情緒もへったくれもないことを、しやが言うことはまずないと言っていいだろう。


 しかも、落語をやる舞台は、“高座”と言われるのだ。文字通り、客席に対して、一段高くなっている。そんな一段高い場所で、正座したままぴょんぴょん飛び跳ねる、制服のスカート姿の女子高校生を、たった一人で楽しめるのだ。


 こんな粋なお遊び、十代の男子高校生が見るにはもったいない。やはり、俺のようなしやと比べて、二十年もよわいを重ねた年長者が見てこそだろう。


「それで、どこでやってくれるのかな、『反対俥』を」

「教室、教室でやりましょう。いいわね、成一君。あたしのクラスの教室よ」


 そう言って、俺の手を引っ張っていくしやである。たしか、俺としやとは同じクラスでなかったので、俺のクラスの教室とは別の教室に連れていかれるはずだ。


 で、しやのクラスの教室に連れてこられた俺である。日曜日だからか、俺としや以外には誰もいない。誰もいない日曜日の教室で、女の子と二人きりと言うだけで、興奮してくるのに、今からしやが素晴らしい高座を披露してくれると言うのだ。千九九九年に、落語がマイナーであってくれて本当に良かった。


「しやさん、教室のどこで『反対俥』をやってくれるのかな」

「そ、そうね、どこでしようかしら」

「有名な役者さんが、小学生の頃に、教卓で同じクラスの友達に落語をやって、人気者になったなんて話もあるけど、やっぱり『反対俥』を、教卓でやるのはまずいんじゃないかな。なんてったって、激しい動きのある演目だからねえ。教卓から、しやが転げ落ちたりしないか心配だよ」

「何が『心配だよ』なの、自分で『反対俥』リクエストしておいて」


 さっきまでは、俺を見る目に、同じ趣味を持つ同士を見るようなものがあったが、今となっては、その目もすっかりさげすみの目となっている。そんなしやが、これから俺だけのために、落語をやってくれると言うからたまらない。


「だけど、“高座”って言うくらいだからねえ、床でやるのは、少し落語に対する侮辱になっちゃうかもねえ。そうだ、黒板の下に教壇がある。そこなら一段高くなっているし、転がり落ちる危険性も少なそうだ。そこでしやが『反対俥』をやってもらうのを、俺が床に座って見せてもらうことにしよう」


 そこまで言って、俺はある大問題に気づくのだった。


 か弱い女子高校生を、教室の板張りの床に正座させ、その上落語をしてもらいぴょんぴょん飛び跳ねさせると言うのは、非人道的ではないだろうか、と。


 千九九九年と言えば、既に生徒に対する体罰が問題となって久しい。平手打ちなどの直接的な暴力はもちろんのこと、罰としての校庭十周や、大声で怒鳴り散らすことすら槍玉にあげられるご時世だったはずだ。令和元年ならば尚更なおさらのことである。


 となると、うら若い女の子を教室の床に正座させ、落語をさせ、あまつさえぴょんぴょん飛び跳ねさせたなんてことが、万が一にでも世間に知れ渡ってしまったら大変なことになってしまうかもしれない。


 PTA、BPO、教育委員会は言うに及ばず、文部科学省、いや、この時はまだ文部省だったけ、まあどちらでもいいが、まで巻き込んだ大騒ぎになってしまうかもしれない。


 しかし、落語という高尚な日本の伝統的な文化を、我々のような日本の将来を背負って立つ若者に広めると言うのも、伝統文化の若い世代への伝達という観点から見れば、けして無視はできないのだ。


 そんな大問題に、俺が真っ向から取り組んでいると、しやが横槍を入れてくるのだった。


「じゃあ、廊下のあたしのロッカーから、座布団取ってくるね」

「うるさいな、今、最重要ファクターについて思案しているんだ。少し静かにしていてくれ、って、座布団? あるの? ずいぶん準備がいいねえ、しやさん」

「なによ、うるさいなって。もしかして、成一君、この板張りの床に直接正座させる気だったの。その上。『反対俥』をさせて、激しい動きをさせる気だったの」

「いえいえ、そのような女性に対する非紳士的なことを、この平成一がするはずございません。でも、座布団があるなんて、用意周到すぎない、しやさん」

「ふんだ、こんなこともあろうかと思って、持ってきてあったの。違うからね、成一君の前でやることを想定していたわけじゃないからね。ひょっとしたら、学校で落語をすることがあるかもしれないと思っていただけなんだからね」


 そんな、千九九九年にはそれを示す言葉すらなかっただろうが、令和元年には既に飽きられたようなツンデレヒロインのようなセリフを、しやは言ってくるのだった。


 兎にも角にも、これで一安心だ。座布団があるというのなら、体罰だのなんだのと言ったことで、糾弾きゅうだんされることもないだろう。

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