第34話 落語女子 其の4
しやの言うご褒美は、なかなか面白いものだ。さすが落語女子である。
「へえ、しやが古典落語をやってくれるの。しやって落語できるんだ」
「そうよ、結構やっちゃうんだから。生で落語を見たことがない成一君が可哀想だから、特別にあたしがやってあげようって言うのよ。ま、あれだけ古典落語の演目を言えるんだもの。実際にその目で落語を見なきゃ、嘘ってものよ」
再び俺に向かって偉そうな態度をとってくるしやである。まあ、このくらいなら、調子に乗った小娘のやんちゃと言うことで、大目に見てやろう。
「それで、何をやってくれるの、しや」
「ああ、成一君のリクエストに応えてあげるわよ」
「へえ、俺が注文していいんだ。自信があるみたいだねえ、しや。俺が頼んだ演目をしやが知らなかったら赤っ恥もいい所だよ」
「これは、成一君への試験その二よ。その一はさっき成一君につらつらと古典落語の演目をあげてもらったあれよ。あれに関しては申し分ないわ。ここで、成一君がどんな演目をリクエストするかで、成一君の技量がわかると言うわけよ」
またもや俺に向かって生意気な口を聞いてくるしやである。しかしこれは難問だ。確かにここで下手なものをしやに頼んでしまっては、しやが俺を下に見ることうけあいである。しやの言う通り、俺のリクエストが、このしやとの勝負の分かれ目となるのだ。
俺は令和元年までに蓄えた落語知識を必死になって思い出す。そして、一つの結論に達するのだった。
「
「反対俥! なるほど、そう来ましたか」
「ご存知ですか、しやさんや」
「ご存知ですとも。あまりわたしをなめないでもらいたい、成一君」
そんな調子で、いかにもある特定の分野のオタク然とした会話を、俺としやとの二人でしていたのだが、だしぬけにしやが感心した様子で俺を評価してくるのだった。
ちなみに、『反対俥』とは、人力車を引く車屋さんと、それに乗る客の話なのだが、今詳しく話す必要もないだろう。
「なかなかいいところをついてくるじゃない、成一君」
「そうですかな、しやさん」
「そうよ。『寿限無』とか『時そば』とかメジャーな前座噺を言われたって、そんなのでいいのってなるし、逆に『死神』みたいな、名人がやるような大ネタ言われても、あたしをいじめようって言う意図が丸分かりじゃない。『死神』なんて技量が必要とされる話は、あたしみたいな素人には無理だろうって言う意図がさ」
「まあ、今この学校で、しやがやってくれるって言うことなら、演じるのが難しいような落語は厳しいかな、と思いまして」
「ふうん。なら、いいわよ。成一君のリクエストにお応えして、『反対俥』をやってあげようじゃない」
「なら、やってくれるかな、『反対俥』。その、視野が着ている制服で」
俺の“制服”と言う言葉を聞いた途端、しやの顔が真っ赤になるのだった。
ここで、俺がしやにリクエストした、『反対俥』の話の内容が重要になってくるのである。
『反対俥』とは、さっきも言った通り、人力車の車引きと、それに乗るお客さんの話である。そして、そのクライマックスが大事な点なのだ。もちろん落語であるから、話の枕だってあるし、クライマックスに至るまでなんだかんだあるのだが、そのことについては今回大した問題にならない。
今回重要なクライマックスのお話とは、車引きが全力で人力車を引っ張るのだが、その際にお客さんへといろんな障害物がぶつかりそうになり、その障害物をお客さんが人力車に乗ったまま、ジャンプして避けると言うお話なのだ。
それを、落語ではどう演じるかと言うと、落語であるから、噺家さんは基本的に正座したままお話を演じるのだが、『反対俥』におけるお客さんがジャンプして障害物を避けるさまを、正座したままぴょんぴょん飛び跳ねて、演じるのだ。
つまり、しやが『反対俥』を演じると言うことは、制服姿の女子高校生が、正座したままぴょんぴょん飛び跳ねてくれると言うことに他ならないのである。
それも一回や二回ではない。何度も何度も飛び跳ねてくれるのだ。当然汗だってかくだろうし、息も切れるはずだ。なにせ、押しも押されぬ大名人である有名な落語家さんが、高齢を理由にこの『反対俥』を演じることを、医者から禁じられたと言う話すらあるネタなのだから。
当たり前だが、落語の名人さんだから、技術的にどうのこうのという話ではない。ただ単に、ぴょんぴょん飛び跳ねることが、体力的に厳しいという話である。
そんな
せっかくの過去へのタイムスリップなのだから、このくらいのご褒美はあってしかるべきだろう。まず、しやへの言葉責めをネチネチと楽しませてもらおう。
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