第32話 落語女子 其の2
そんなネタを、結構得意げに俺に見せてきたしやであるが、俺が大した反応も見せないので、不安げに尋ねてくる。
「その、
そう質問するしやである。そりゃあ、俺の名前を笑いの対象にされては、多少腹ただしくもあるが、ここで怒るのも
ここは、大人の余裕をしやに見せつけてやるとしよう。
「ま、公衆の面前で、いきなり自分の名前を笑い物にされたら、腹だって立てるかもしれないけど、今はしやさんと二人きりだしね。それに、なかなかに上手くもあったし、とりあえず、話を続けてもいいくらいには、しやさんを評価してあげようじゃないか」
「ほんと! 私のネタ上手かった? 平さん」
「とりあえず、平さんはやめてくれ。それこそどこぞの武将みたいで、居心地が悪い。成一君でいいよ。だいたい、ネタの時から、すでに成一君呼びだったじゃないか」
「それもそうでした。じゃあ、あたしもしやって呼んでください」
俺がしやのネタを少し褒めてやっただけで、しやは大喜びである。どうせだから、もっと褒めてやろう。なにせ、今現在、千九九九年から何年かたって、お笑いブームが起こって、ネットに自称評論家がわんさか現れて、様々な書き込みをしていったのだ。
ちょっと偉そうな批評家の真似事をするくらいなんでもない。
「ちゃんと、メモ帳に二つに文章を書いて俺に見せてくれたのが嬉しいねえ。正直なところ、耳で聞いただけじゃあピンと来なかったと思うよ。平将門だって、文字にされないとやっぱりわかりづらいよ」
「やっぱり、わかりやすさは大事ですからねえ」
バラエティー番組にテロップが多用されるようになったのは、この時期くらいからだっけか。しやも、そんな
「でもねえ、しやのネタは、俺の名字が“
「それはごめんなさいですけど、どうにも思いつかなくて」
そうしやは謝ってくれるが、かく言う俺だって、何か上手いことを言えるわけでもない。元号が昭和から平成に変わった折には、“平成”という言葉を使って、いろんな謎かけが
なにせ、俺としやはばったり出くわしただけなので、そんな時に達者な受け答えを要求するのは、欲張りがすぎるだろう。
「それにしても、謎かけだなんて、随分渋い趣味してるねえ、しやは」
「ええ、まあ、それなりに」
「落語、好きなんだ」
「は、はあ、お好きですが」
おやあ、俺が“落語”と言う言葉を出した途端に、しやの様子が挙動不審になる。これはもしかすると、もしかするかもしれない。
「しや、ひょっとして、謎かけには興味があっても、落語にはあんまり興味がなかったりする」
「い、言うに事欠いてなんてこと言うんですか、成一君。落語に興味がないだなんて。そもそも、謎かけなんて、色物の一種じゃないですか。その謎かけだけに熱を上げて、落語をおろそかにするなんて、落語に対する侮辱もはなはだしいですよ」
俺の予想通りの反応だ。こうも予想通りだと
しやは、おそらく、『落語? ああ、なんか日曜日の夕方にやってるやつでしょ? お題出されておもしろおかしく答えるやつ』なんて言われると、顔を真っ赤にして怒り出すタイプに違いない。
だが、この時代ならそう言う反応の方が、特に俺たちのような、うら若い十代の高校生にとっては、普通なのかもしれない。
千九九九年から令和元年にかけて、落語をテーマにしたドラマに若い男性人気アイドルが出たりして、女子高校生が黄色い声援をあげたり、国営放送の教育番組で落語番組が放送されて、子供達が『寿限無寿限無』なんて唱えるようになったが、それも今から何年かしたらの話である。
と言うか、お笑い芸人がネタを見せる番組自体、俺が高校生の頃はほとんど見なかった気がする。せいぜいが、正月の新春お笑いショーぐらいだったようなはずだ。
そんな現在の状況は、しやがもし仮に、古典的な落語を好むような趣味の人間であれば、多分かなりの確率でそうなのだろうが、非常に
そんなしやみたいに、自分の趣味がマイナージャンルである人間には、例によって例のごとく、俺みたいな人間が、その趣味の理解者であることを明かすのが手っ取り早い。
令和元年までに、落語モノのドラマに影響され、動画投稿サイトで、落語家の高座風景を一人寂しくパソコンで観賞したり、教育テレビの番組だけでは飽き足らず、ネット百科事典の落語関係の記事をひたすら読み漁っていた日々が、やっと報われるのだ。
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