第30話 ウホッ いい腐女子 其の9

「すいませーん。お邪魔しまーす。また来ちゃいましたー」


 そう言った俺が入って行くのは、例のインナーネットカフェである。もちろん冬馬も一緒だ。あの後、図書室から俺についてきてもらったのだ。


「おや、お兄さんじゃないですか。昨日に引き続いて今日も来てくれたんですね。嬉しいなあ」


 相変わらず、ちっとも心が入っていないようなお愛想を言ってくる店員だが、正直頼もしくもある。やみや和香さんのことを秘密にしてくれていることは、実にありがたい。客商売をする人間のかがみである。


 それに、この店に来たのは、ネットで調べ物をするためなのだが、インターネットカフェならば、千九九九年の今、探せば他にもあるだろう。それなのに、この店に来てしまうのは、やはりこの店員を、俺が頼りにしているからなのかもしれない。


 正直言って、やみの時も和香さんの時も、タイムパラドックス的に言って危なっかしいことが全くなかったとは言い切れない。


 だがこうして、俺は今だに千九九九年を楽しんでいられるのは、この店員のおかげかもしれない。だとすれば、この店員とある程度のコンタクトをし続ける事は、俺にとっても必要だと考えられるのだ。


 どうせ、この店員は俺が右往左往する様子を、どこからともなく観察して楽しんでいるに決まっているのだ。だったら、俺自身がちょくちょく顔を出した方が向こうも愛着が湧くと言うものであろう。


 実際、店員が俺の耳元で、『金栗四三が途中棄権なんて嘘だなんて言わなくてよかったですよ』だのなんだの言ってきた時は、俺をびっくりさせて楽しんでいるだけだと思っていたが、冷静になって考えてみれば、確かにもっともな話でもあるし、少々意地悪な忠告と取れなくもない。


 ならば、これからもなんやかんやのアドバイスをもらった方が、俺だって千九九九年の無双を楽しめるだろう。


 そんな訳で、俺はこれからもこのインターネットカフェに厄介になるのである。


「あの、それで成一君。私に何を教えてくれるんですか」


 俺がそんなことを考えていると、冬馬が質問をしてくる。


 そう言えばそうだった。俺は冬馬に大事なことを教えなければいけないんだった。俺が今からすることは、冬馬に未知の世界への扉を開かせることであり、ひょっとしたら歴史改変に当たるのかもしれないが、その時は店員がそれとなく助けてくれるだろう。多分。


「ああそうだったね、冬馬さん。今説明するよ。店員さん、パソコン使わせてもらうよ」

「どうぞどうぞ」


 そうして、俺と冬馬はパソコンに向かい、俺はある言葉を検索するのだった。


“同人誌即売会”


 すると、結構な数がヒットする。すでにこの時代、こう言った文化はネットでお盛んになっていたみたいだ。二十年前の千九九九年の俺が知りもしなかったことが、既にこうして花開いていたと思うと、今現在の千九九九年の俺は、妙に感慨深くなるのだった。


「何ですか、これ、成一君」


 そう冬馬が聞いてくる。どうも冬馬はこの手の情報にうといみたいだ。ひょっとしたら、冬馬は誰にも自分の趣味を言えずにいた結果、自分の趣味に没頭し続けて、こう言う繋がりの場を知らずにいたのかもしれない。


 そう考えると不憫ふびんでもあるが、腐女子の妄想力が恐ろしくもある。


 そんなことはさておいて、俺は令和元年までにネットでしいれた知識を、冬馬に向かって偉そうにひけらかすのだった。実に気持ちがいい。


「これはね、冬馬さんみたいな趣味を持つ人間が一同に集まるお祭りみたいなものだよ」

「わたしみたいな人間が集まるんですか」


 正確には、冬馬みたいな腐女子と、俺と共通点がなくもないオタク男どもが棲み分けをして、いやらしいものを求めて集まっていたみたいだが、そこまで説明する必要もないだろう。いやらしいもの以外がある場所もあったらしいが、どうせそんなものはごくわずかに違いない。


「それこそ、ヤマトの時代からあったみたいだよ。で、最近になってこう言った文明の利器の登場で、そう言った人間のネットワークができやすくなったみたいだね。俺もあまりネットには詳しくないから、店員さんに聞いたほうがいいかな」


 そう俺は店員に確認するのだった。下手にネットのことをペラペラ喋って、未来情報の漏洩ろうえいでお仕置きされてはたまらないと思ったからなのだが、そんな心配は無用だった。


「いやあ、お兄さんもなかなかのものですよ。僕なんか、お呼びじゃないですよ」


 店員がそう言うからには、この千九九九年で不自然でないくらいなら、ネットについて話しても構わないと言うことなのだろう。そうに決まってる。


「冬馬さん、確かに君みたいな趣味を持つ人間は少数派かもしれない。だけど一定数は存在するんだ。そんなニッチな趣味を持つ人間の強い味方が、このインターネットなんだなあ」

「インターネットですか」

「そう言うこと。これなら、日本中を見渡しても、数十人ぐらいしかいないような同好の士が、通信しあえるんだ」


 実際のところは、この千九九九年にいる潜在的な腐女子の数は、数十人と言うレベルじゃないだろうが、とりあえずそんなことは考えないでおく。


「でも、難しそうです、成一君」

「そんなに堅苦しく考えることはないさ、冬馬さん。それにこれなら、身近な人にはバレずに冬馬さんの趣味にのめりこめるんだよ。別に本名とかそう言った個人情報を明らかにする必要はないんだから」

「へえ、そんなことができるんですか」

「そう言うこと。俺には冬馬さんの趣味はよくわからないけど、こうやって、こっそり楽しめる手段が実用化されたんだよ」

「こんなことができるようになったんですね。成一君、いろいろ教えてくれてありがとうございます」

「いえいえ、どういたしまして。でも、ネットに個人情報をさらすのは危険なんだからね。だから、冬馬さんが俺をモデルにして描いたあの絵、俺にくれないかな。あんな、一目で俺と特定できるイラストは、トップシークレットにしなければならないから」

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