第26話 ウホッ いい腐女子 其の5

「ごめんね、冬馬さん。冬馬さんの作品にインパクトがありすぎて、ついやっちゃたんだ。だって、あんなの生物学的にありえないよ。男同士が生物として非生産的とか以前の問題だよ」

「知ってたの、成一くん。その、男の人同士がなさる時は、お尻の穴を使うってこと」

「まあね。日本だと、昔からお寺で、可愛い坊やを年長者がかわいがることはよくあったみたいだからね。仏教だと、女色じょしょくは修行の妨げになると禁止されていたけど、男色だんしょくは、むしろこれこそが仏の道だと奨励されていた節すらあるからね」

「その仏教うんぬんが、お尻の穴と何か関係あるの」

「それが大いに関係あるんだなあ。”ぢ“という病気がありまして、”ち“に濁点をつけて”ぢ“ね。ま、お尻の穴を酷使しすぎた結果の病気なんだけど、それを漢字で書くと、やまいだれに”寺“で”痔“だよ。やまいだれてっのは、病気やらなんやらを示す漢字の部首なんだけど、お寺の病気が、お尻の穴から血を出すことだなんて、もう何をいわんやだよねえ」

「ふうん。私もそこまでは知らなかったわ。でも、成一くんって、やけに男色について詳しいじゃない。ひょっとして、そういう趣味をお持ちなの。だったら、わたし応援するけど」

「お持ちじゃありません」


 俺はきっぱりと否定する。


 俺がこれだけ男色について博識なのは、ひとえに令和元年では、インターネット界隈かいわいでは、男色がギャグのスタンダードになっているからなのだ。


 ”野獣先輩“、”パンツガチムチレスリング“、”TDN“、そういった動画を見てゲラゲラ笑っていた結果、ほんのちょっぴり、この千九九九年にしては、ゲイに詳しくなってしまったのだが、俺自身はその趣味を持ち合わせていないことを、ここにきっぱりと主張させていただく。


 昨日やみや和香さんに、そして今日冬馬に、俺がどれだけ劣情を抱いて、その女体を楽しませてもらったかを思い出していただければ、俺がノンケであることは疑いようがないだろう。


「でも、成一君。男色だけでなく、痔にもやたら詳しいじゃない。ひょっとして、肛門の酷使の結果、高校生にして既にお赤飯を炊いちゃったの」

「俺の肛門は至って健康だよ。お赤飯なんて必要ありません」


 そう言って、俺は冬馬に、自分の肛門が鮮血に染まったことはないと主張するのだが、実はなかなか痛いところを疲れたのだった。


 令和元年、俺は痔に苦しんでいたのだった。別に男性に俺の肛門をいじくりまわしてもらった結果ではなく、長年の座り仕事がたたっただけなのだが、高校生に戻った結果、便器がワインレッドに染まってしまう悪夢から解放されたのだ。


 それ自体は非常に喜ばしいのだが、ここで、俺による痔の体験談を披露してしまっては、それこそ冬馬の、俺に対する疑惑を確信に変えさせかねない。ここは何としても話をそらさければ。


「しかし、男色をこよなく愛する倒錯的な趣味をお持ちな冬馬さんが、お尻の穴の話になると、あっという間に道徳的な真人間になっちゃって。結構可愛いところあるじゃない」

「もう、やめてよ、その話は」

「でも、冬馬さんに見せてもらったあの絵、相当えぐかったよ。きっと、描いている時は相当ノリノリだったんじゃない。男が男をあひんあひん言わせるの、お好きなんでしょう。よくわからない穴を使って」

「それは、お好きですけど……」

「で、実際は、男同士がなさる時は、お尻の穴を使うわけだけど、お尻の穴に棒を突っ込まれることには、どう言った意見をお持ちなんでしょうか、大先生」

「だからいい加減にしてってば」


 これ以上続けると、冬馬に本気で怒られかねない。と言うわけで、俺は話題を変えるのだ。


「でも、穴の話はともかく、絵自体は実際かなりのものだったよ。モデルとかどうしてるの?」

「それは、鏡の前でポーズ取って、それを思い出しながら絵を描いてるの」


 鏡の前で冬馬があんなポーズをしているかと思うと、大いにそそられるが、記憶だけであそこまでかけるとは大したものだ。しかし、この時代なら、それも仕方ないのかもしれない。


 令和元年なら、スマートフォンでパシャリとすれば済む話だが、千九九九年となれば、撮った写真をその場で見られるデジタルカメラだって、女子高校生には高価な代物しろもの


 令和元年の高校生には信じられないかもしれないが、この当時は写真はフィルムで撮って、いちいち写真屋さんに現像に出していたのだ。となると、写真がどんなものかを、現像する写真屋さんも目にするのである。


 冬馬が自前で写真を現像させられる設備を持っていない限り、そんなことは高校の写真部ですら怪しいが、現像しようと思ったら、冬馬のあられもない姿を写真屋さんに見られることになるだろう。


 そんなことは、いくらなんでも冬馬はしないだろうし、となると、モデルになってくれる友人でもいない限り、鏡に自分を映すぐらいが精々だろう。


 そう考えた俺は、冬馬に提案するのだった。


「冬馬さん、俺をモデルにしない?」

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