第25話 ウホッ いい腐女子 其の4

 学校の図書室は、今日は開いているだろうか。昨日やみと行った図書館という手もあるが、あそこは日曜日となれば、それなりに人がいるだろう。


 不特定多数の人がいる状況で、お尻の穴の話をああだこうだするのは、あまりといえばあまりに上級者向けすぎる。なにより、警察沙汰になりかねない。タイムパトロール的な何かにならともかく、千九九九年のジャパニーズポリスマンのお世話になるのは御免こうむりたいではないか。


 と言うわけで、学校の図書室が解放されていることに、希望をたくすのだった。


「冬馬さん。ここの図書室に、少し付き合ってくれないかな。その、デッサンの話みたいなことを、君としたいんだ。俺とゲイ術論争を熱く交わそうじゃないか」

「えっ、ゲイの話ですか。喜んで」


 どうにも食い違いがあるかもしれないが、致命的ではないだろう。そんなわけで、俺と冬馬は図書室に向かうのだった。


 さて、図書室についた。都合よく解放されている。その上、誰も使ってはいないようだ。これも歴史の修正力のなせる技か。


「その、冬馬さん。君と、解剖学の本を見て、人体の構造について意見し合いたいんだけど。けしていやらしい気持ちはないよ。これは純粋にゲイ術のためなんだから」

「そうですか。ゲイ術のためなら仕方がないですね」


 そんなこんなで、俺と冬馬は、しぶしぶながらも、解剖学の本、それもフルカラーの図解入りのものを探し出し、男性の股間から尻にかけての箇所を凝視ぎょうしするのだった。


「ほら、男性の股間から尻にかけては、学術的にはこうなっているとされているんだね」

「ほほう。これは、勉強になりますな。大変参考になる」


 冬馬は恥ずかしがることもなく、男性の股間から尻にかけて、詳細に描写された図解に熱い視線を送っている。


 なんだか、俺の股間から尻にかけてを、まさぐられているような気になってくる。冬馬が一切の羞恥心しゅうちしんを見せないため、なんだか俺が気恥ずかしくなってくる。不条理だ。女の子なら、少しは恥じらいというものを持ちなさい。


「ところで、冬馬さん。ここが肛門、一般的にいうお尻の穴なんだけど、これを見て、何か思うとことはないかな」

「えっ、でも、そこは大きい方の用をたすための器官でしょう。わたし、そっち方面の趣味は持ち合わせてなくて……」


 つい先ほどまで、男の股間にぶら下がっているものを、穴があくほどに真剣な目で見ていた冬馬だったが、お尻の穴の話になると、途端にウブな生娘きむすめのような反応を見せる。まあ、まず間違いなく冬馬は生娘なのだから、当然といえば当然なのだが。


「まあまあ、この辺りのメカニズムをよく観察してみなよ、冬馬さん。冬馬さんの作品では、男性が男性に、男性の男性を突っ込んでいたわけだけど、それってこの辺りだよね。でも、冬馬さんの絵では、お尻の穴はお尻の穴として、ちゃんと描かれていたよね。それはそれでいいと思うんだけど、じゃあ、どこにどう突っ込んでいたのかな。この本によると、この辺りの穴は、お尻の穴以外にはないみたいなんだけれど。これじゃあお尻の穴以外には、突っ込む場所なんてないんじゃないかな、冬馬さん」

「!!!」


 俺のねちっこい指摘に、冬馬は耳まで真っ赤にしてくれる。あれだけセキララに、男に突っ込む男と、男に突っ込まれる男を描いていた冬馬とは思えない反応だ。これだよ。この反応が俺は見たかったんだ。千九九九年に舞い戻ってきたかいがあったというものだ。


「むむう、この本の記述を信じるならば、世の中の男性カップルが擬似的な性行為をする場合、突っ込まれる穴は、お尻の穴以外にないんじゃないかなあ。でも、お尻の穴に突っ込むなんて、アンモラリティすぎるなあ。それに、衛生的にも心配だ。本当にそんなことが行われているのかなあ」

「……!……!」


 冬馬は、言葉にならない悲鳴をあげつつ、口をパクパクさせている。実にいい眺めだ。


「だけど、冬馬さんの素晴らしい芸術作品では、明らかにお尻の穴以外に突っ込まれていたしなあ。冬馬さんともあろうものが、そんなミステイクを犯すとも思えないし、やっぱり、俺にも知らないような穴が、この辺りには存在しているのかなあ。だとすると、この本も間違っていることになる。訂正させなきゃ」

「もういいでしょ! いい加減に勘弁してよ! 私が間違っていました。男の人の体をちっとも知らない処女が、頭の中で妄想し続けた結果が、あのキテレツなお尻の穴じゃない、ありもしないはずの穴よ。これで満足かしら」


 冬馬がすっかりご機嫌斜めになってしまった。ねている冬馬も魅力的だが、このままでは、冬馬が怒りに任せて、俺がむさ苦しいマッチョどもに、総受けにされる作品を作りかねない。


 そんなものが、まかり間違って未来の腐女子のバイブルにされたら、歴史改変どころではなく、俺の男としての存在意義の問題になってくる。そんなことになってはたまらないので、俺は何とかして冬馬をなだめようとするのだった。

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