第23話 ウホッ いい腐女子 其の2
そんな風におだてられて、俺はすっかり調子に乗ってしまうのだった。
「ま、興味があるとね、ついつい自分なりに調べちゃうんだ。テレビなんかでは飽き足らなくてね」
「でも、そこまではなかなか調べられないですよ。よっぽど、資料を読み込まなきゃあ、そんなにディープなところまではわからないですよ。研究熱心ですねえ」
そんな感じで、彼女は俺を尊敬の眼差しで見つめてくれる。
俺が言ったことは嘘ではなく、男色うんぬんが、今の時代のテレビでは、そう簡単には知り得ない情報であることも事実だ。
令和元年になれば、マウスクリック一つで簡単に、ネットで調べられる知識なだけなのだ。
「いやあ、感激です。ああ、あたし、
「俺は
「ああ、あの有名な」
「俺のことをご存じのようでいてくれて嬉しいよ」
「いやその、変な意味ではなく」
「まあ、そう言うのはいいから。慣れてるから」
この冬馬も、俺の名前だけは知っているようだ。これならあの店員に何かされる事もあるまい。安心して、俺は冬馬にお願いするのだった。
「で、冬馬さん。その絵、自分で描いたの?」
冬馬が必死になって隠した絵は、一見しただけだが、印刷されたものではなく、手書きされたものだ。他のだれかが書いたものである可能性もあるが、冬馬の恥ずかしがりようを見ると、自分が腐女子であることをを公言しているわけではなさそうだ。まず間違いなく、自分一人の趣味として隠してきたのだろう。
となると、誰かに描いてもらった絵を、冬馬が持っている可能性は限りなく低い。やはり、自分で描いたのだろう。それならば、こんな日曜日の、人気のない校舎でコソコソしていたことにも納得がいく。
大方、野球部の、キャッチャーはピッチャーの女房役、と言うフレーズや、男子テニス部における、ダブルス間のコンビプレイ等に、その腐った胸をときめかさずにはいられないのだろう。
日曜に、そんな青春の汗を爽やかに流している、スポーツマンとスポーツマン同士を、その目で見ずにはいられないに違いない。
そして、見たら見たで、その腐女子の無駄にほとばしる情熱を、実際に絵にしなければたまらないのだ。そうに決まっている。
「もし、その絵が冬馬さんの描いたものなんだったら、俺、見たいなあ」
俺は、自分でも恥ずべきことだと思いながら、あの店員のようないやらしい言い回しをしてしまうのだった。
相手の気持ちを見透かした上で、持って回って話すのは、何とも言えずいい気持ちだ。気持ちを見透かした、などと言ったが、俺には冬馬がなんだかんだ言っても、最終的には、俺にその絵を見せるだろうと言う確信があった。
冬馬が顔を赤くしている様子を見れば、同人誌即売会に行きたくとも行けずに、
令和元年ならば、そんな女の子にも、ネットの画像掲示板などと言った、
なにせ、この時代のネットの回線速度と言ったら、画像一枚を表示させるのに、下手をすれば分単位の時間が必要だったのだ。
事実、俺だって、いかがわしい、と言っても、冬馬が好みそうな種類のものではなく、健全な男子高校生が興味を抱いていそうな種類のものだが、画像をネットで見ようとして、パソコンの前で、ズボンもパンツも脱いで待機していたら、ちっとも画像が表示されずに風邪をひいてしまったことがある。
それだけでなく、ついうっかり、俺好みの宣伝文句に踊らされて、画像を見ようと、時間をかけて待っていたら、俺の心にトラウマを残すような画像だった事もある。
そんな時代だったから、女子高生が、手軽に自作の絵を匿名で発表できるような状況ではなかったのだ。
だからこそ、冬馬は自分の絵を、本当は誰かに見てもらいたくてたまらないはずなのだ。自分の中に、ほとばしる情熱を抑えきれずに、学校であんな絵を描いてしまっているのが、何よりの証拠だ。ひょっとしたら、冬馬自身も気づかずに、誰かに自分の絵を見てもらいたいという欲望が、あんな
そんな冬馬の目の前に、自分の趣味を理解してくれる男の子が現れたのだ、まあ、俺のことだが。そんな俺が、冬馬が描いた絵を見たいといているのだ。冬馬に
「私の描いた絵、見てくれるんですか」
「うん、見たい」
女の子が、今まで必死になって隠し通してきたものを、この俺が、本人以外では最初に見ちゃえるのだ。あれだけ顔を赤面させて恥ずかしがる
「じゃあ、見てください。お願いします」
「はい、拝見いたします」
こうして、俺は嫌がる女の子が隠しているものを、ことば巧みに、合意の上で見させてもらうことに成功したのだった。過去にタイムスリップできて、本当に良かった。
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