第21話 ガチンコ 其の9

「そういや、あんた、“たいら成一せいいち”って言う名前なんだな。この店の会員カードに書いてあるのを見たよ。うちの学校に、面白い名前のやつがいるとは話に聞いていたけど、あんただったのか」


 そう俺に聞いてくる和香さんだ。どうも、俺の名前だけは前から知ったいたみたいだ。その、名前だけは知っていた俺に、和香さんは関節技を散々かけていただいたわけだ。和香さんの印象に、俺と言う存在が大変深く刻み込まれただろうが、これは、歴史改変に含まれるのだろうか。


 もしそうだったら、店員が喜び勇んで俺に罰を与えそうなものだが、あいもかわらず、店員は不気味に笑っているだけだ。くそっ、一体何を考えていやがるんだ。


 そんな風に、俺は店員に対して不満たらたらでいたのだが、和香さんは、俺のその表情を、名前をからかわれて怒ったものだと受け取ったようで、きちんと謝ってくれる。


「あ、ああ、すまない。その、あんたの名前をからかったつもりはないんだ。なんというか……」

「構いませんよ、和香さん。平成になったばかりの頃は、そりゃあ色々ありましたけど、今となっては、人に覚えられやすくて便利だなあ、ぐらいにしか思っていませんから」


 実際、俺の言ったことに嘘偽りはない。この名前のおかげで、和香さんは俺に出会う前から、俺のことを知っていたのだ。


 もし仮に、俺の名前がなんの変哲のないものだったら、和香さんは俺のことを認識すらしていなかっただろうし、そんな和香さんと俺が出会って、プロレスごっこなんてものをしてしまっては、歴史の修正力に、何をされるかわかったものじゃない。


 というわけで、今現在、俺は自分の“平成一”という名前に大満足しているのだが、和香さんにしてみれば、俺が和香さんを気づかって、本音を言っていないとも解釈できそうなので、申し訳なさそうにしてくれる。


「そうか、怒ったならそう言ってくれよ。なんなら、今度はあんたがあたしに、プロレス技をかけてもいいから」

「そいつは素敵ですね。だけど、また今度にしてください。なんだか疲れちゃいました」


 和香さんにプロレス技をかけていいということは、非常に魅力的だが、今日は色々ありすぎた。とてもそんな気力は残っていない。そう話していた俺と和香さんに、店員が口を挟んでくる


「それじゃあその辺で、退店してもらえませんかねえ、お二人さん。そろそろ閉店なんですが」


 店員の言葉に、俺と和香さんは店を出ることにするのだった。


 そして、インターネットカフェを出た道すがら、俺と和香さんは、プロレス談義に花を咲かせるのだった。


「それにしても、まさかあんたが失神しちゃうなんてなあ。あたし、気が気じゃあなかったよ。やっぱり、あたしは、人を痛めつけるのには向いてないや。おっと、『大の男二人をノックアウトさせておいて、向いてないも何もないだろう』なんて言わないでよ」

「言いませんよ。ほら、少しの間ではありましたけど、俺と和香さんは、プロレスの話で盛り上がったじゃあないですか。そんな風に話をした相手を気絶させて、びっくりさせちゃったってことでしょう」

「それもあるけどね。でも、カッとなって血を登らせた頭でやっちゃうってのも、勝負の世界では通用しないと思うんだ。『心は熱く、頭は冷静に』ってやつさ。やっぱり、あたしはプロレス一筋だよ」

「なるほどねえ」


 そんな和香さんの言葉に、俺は一安心するのだった。俺を失神させたことで、和香さんが変な快感に目覚めてしまい、『人を気絶させるのってたまらねえぜ。これから、あたしは格闘家になって、KOの山を築いてやる』、などと言い出されたはたまらない。


 二〇〇四年の、アテネオリンピック女子レスリングで金メダルを獲得して以来、シンデレラストーリーを駆け上がったあの素敵な女性より前に、和香さんが“霊長類最強女子”の称号を得てしまったら、俺はどうすればいいというのだ。二人のとんでもなく強い女性が、俺のせいで戦う羽目になてしまったら、償いのしようがない。だいたい、これこそ、とんでもない歴史改変ではないか。


 そんなことをとりとめもなく考えていると。和香さんが笑いながら、俺に話しかけてくる。


「それにしても、平成一ねえ」

「あっ、ひどいなあ、和香さん。蒸し返してくれちゃって」

「まあいいじゃないか。覚えやすい名前と言うか、親しみやすい名前ってのは大事だぜ。プロレスラーにも、いいリングネームがいっぱいあるじゃないか」

「それもそうですね。“マサ斎藤”、“スタンハンセン”、“デストロイヤー”、“ハルクホーガン”……」

「だから古いってば」


 そんなことを話しながら、家路につく俺と和香さんであった。





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