第20話 ガチンコ 其の8
俺はハッとして目をさます。いまは令和元年だろうか。今までのは夢だったりして。それとも、少し前のセーブ地点に戻ったりしているのかもしれない。そんなことを考えていると、聞き覚えのある声が耳元でしている。
「おい、おいってば、大丈夫か、あんた」
どうも和香さんの声のようだ。どうやら、少し過去のセーブ地点に戻ったり、かなり未来の令和元年に戻ったりはしていないようだ。時間は普通に進行していたらしい。すると、和香さんとは別の、聞き覚えはあるが、できれば聞きたくはなかった声も聞こえてくるのだった。
「いやあ、気がつきましたか、お兄さん。いきなりこちらの女性が、お兄さんをうちの店に担ぎ込んできたときは、何事かと思いましたよ」
あの店員だった。ならば、ここは例のインターネットカフェだろう。それにしても、なんで俺は、こんなところで気を失っていたんだろう。そう疑問に思う俺に、和香さんがにじり寄ってくるのだった。
「心配したんだぞ。あんた、気を失っちゃうんだもん。やばかったら、タップして知らせろって言ったじゃないか」
「ああ、すいません。ついうっかり」
「ついうっかりじゃないよ。どれだけ心配したと思ってんだ」
和香さんはそう言ってくれるが、なにせ、あれこれ考えるまでもなく、気絶してしまったので、とてもタップする余裕すらなかったのである。それほど和香さんの首締めが強力だったということだ。
実に恐ろしい、素人がうかつにプロレスごっこをするとこうなってしまうのだ。やはり、ごっこと言えども、きちんとしたトレーニングは必要だ。本職のプロレスラーなら、それはもう、きついきついトレーニングをしているのだろう。
そんなことを、誰に言うでも無しに考えていると、和香さんが、涙ながらに訴えてくる。
「あんたがどこの誰かもわからないし、公衆電話も見当たらないから、救急車だって呼べやしない。しょうがなく、あんたの荷物漁ってたら、この店の会員カードがあったんだ。幸い、住所には心当たりがあったから、ここまであんたを担いで来られたんだ。この店員さんが優しい人でよかったよ。ちゃんと解放してくれたんだから」
和香さんの言葉は、千九九九年ならではだ。この時代なら、携帯電話を持っていない女子高校生というのも、さほど不自然ではないのかもしれない。俺は女の子とはとんと縁のない高校生活を送っていたので、確証はないが。それに、女の子と縁がなかったのは、高校時代だけではないし。
それに、和香さんがこの店の住所で、この店にまでやってこれたというのは運が良かった。この時代、スマートフォンの場所検索システムなんてありはしないのだから。
だが、和香さんがこの店まで俺を担いできたのか。さぞかし人目をひく光景だっただろうし、和香さんの体力も凄まじい。俺だって、中年太りが気になってきた令和元年ならともかく、高校生の俺は痩せ型だったのだ。とは言え、男子高校生一人を担いで、結構な距離であるこの店まで運んできてくれるとは、相当な力持ちだ。
「だけど、お兄さん。気絶なんかしちゃって。この可愛い娘さんと、何をしちゃってたんですか」
そしたら、店員がそんなことを聞いてくる。やみのことや、本日三回目の来店であることを、この場でばらさないでいてくれたのは、正直言ってありがたい。和香さんに、どんな誤解をされるか、わかったものではない。
かと言って、ついさっきまで、和香さんとプロレスごっこをしていたあげくに、気絶させられたなんて、いくらなんでも言えやしない。ちょっと前までは、俺を心配そうに見てくれていた和香さんが、今はすっかり怖い目になって、俺を見つめてくる。『余計なことは言うんじゃないぞ』という和香さんの意思が、ビンビンに伝わってくる眼差しだ。
そんな和香さんにすっかり
「その、なんだか、立ちくらみがしちゃってね、どうも気を失っちゃたみたいなんだ。あれっ、そこにいるお嬢さんが、俺を助けてくれたんですか。いやあ、迷惑かけちゃいましたねえ。どうもありがとうございました」
「おお、そうだとも。あんたが、いきなり倒れ込んだと思ったら、失神しちゃうんだもの。心配したったらないぜ」
俺と和香さんの、白々しい芝居に、店員も乗っかってくる。
「へえ、見ず知らずのお兄さんを助けてくてるなんて、今時、奇特の女の子がいたもんですね」
「そ、そうかなあ。照れるじゃないか」
店員は、とりあえず和香さんを褒めてくれる。和香さんもまんざらではなさそうだ。しかし、その次に店員は、大いに意味ありげな様子で、俺に聞いてくるのだった。
「それにしても、急に気絶するなんて、穏やかじゃないですねえ、お兄さん。何か、最近変わったことでもあったんですか。昨日とか、
「と、特に何もなかったと思いますが」
俺はそう当たり障りのない返答をするが、この店員の、昨日とか一昨日とかいう言い回しが、実に気に入らない。現在の、西暦千九九九年、五月一日から二十年後の、西暦二千十九年、五月一日、つまり、令和元年、五月一日には、非常に変わったことがあったが、昨日や一昨日にはそんなことはなかった。
どうせ、この店員はそんなことは百も承知なんだろう。俺と和香さんに何があったのかとか、俺にとっての昨日や一昨日がいつかとかは、すべてお見通しに違いない。その上で、俺を
そんな風に、俺が心の中で店員をののしっていると、和香さんがふと思い出した様子で、俺に聞いてくる。
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