第19話 ガチンコ 其の7
「その、元々は柔道の技なんですが……」
「なるほど、柔道か。締めって言うくらいだから、絞め技なんだろう。チョークスリーパーみたいなものか」
さすが和香さんだ。プロレスで多用される技の名前を、すんなりと出してくる。これなら俺も話しやすい。
「ええ、基本、首を絞める技です。結構実戦的なんで、軍隊なんかでも使われているみたいですね。でも、確かに、プロレス技かと聞かれたら、そうですねとは言いづらいですね。すいません、調子に乗りすぎました。やっぱり遠慮しておきます」
ついつい勢いに任せて、お願いが過激になりすぎたかもしれない。やはり三角絞めは行き過ぎだ。そう思いなおして、俺は遠慮したのだが、今度は逆に、和香さんの方が積極的になってくる。
「おいおい、それはちょっと、
「えっ、何がですか」
そう尋ねる俺に、和香さんは
「君は今こう言ったんだよ。君が言った、三角絞めとやらいう技は、軍隊で使われている実戦的な技だ。だから、見た目は派手だが、実際の効果は薄い技しかやらないプロレスラーにはできないだろう、とね」
「い、いえ、けしてそんなつもりで言ったのではなく……」
俺がしどろもどろになって答えると、和香さんはニヤニヤ笑いながら言ってくるのだった。
「わかってるよ。君がプロレスラーを悪く言う人でないことは、今まで話していたからよくわかる。でも、君が言った言葉が、さっきあたしが言ったように解釈できるのも事実だろう。となると、あたしが君に、その三角絞めとやらをかけないわけにはいかないじゃないか」
俺は
だが、今では、和香さんがすっかり乗り気になって、逆に俺が勘弁してくださいといっているような形だ。がぜんやる気になった和香さんに、絞め技をかけられるとなれば、これは助平心よりも、恐怖心がまさってくる。
しかし、そんなことを言っては、和香さんにどんな仕打ちをされるかわかったものじゃあない。
「君が三角絞めとやらを、あたしにかけるよう言ったんだよ。男だったら、
案の定だ。和香さんは俺に大人しくするよう求めてくる。そして、まず間違いなく、和香さんなら、ガチンコでも俺を苦もなく押し倒して、
腕っぷしでは、まるでかなわない女の子相手に、なすすべもなく組み伏せられるというのも、それはそれで魅力的であるが、ここは、和香さんのいう通りに、されるがままになるのが得策と考え、俺は和香さんに従うのだった。
「で、その三角絞めってのは、どうやるんだ」
「わかりましたよ。教えますよ。こうするんです。少し耳を貸してください」
ごにょごにょごにょ
抵抗することを
「なんだって! 股ぐらにあんたの顔を挟み込んで、そのまま締め上げるのか! いくらなんでもそれは……」
すっかりやる気になっていた和香さんだったが、またもや気恥ずかしそうになってしまった。となると、今度はこちらが、一転攻勢になる番だ。
「でも、足の筋力が、腕より強いのは当たり前でしょう。普段から体を支えているんだから。そんな足で、首を絞めるんだから、これは強力ですよ。だけど、絵的に地味なのは否定できませんからねえ。やっぱり、プロレス好きである和香さんには、出来ない相談かなあ」
あれだけお強い和香さんが、俺の言葉に恥ずかしそうにしているというのは、これもなかなかいい光景だ。俺は、言葉を続けるのだった。
「何より、和香さんはスカートですしねえ。うん、いいですよ。プロレスラーなら、試合衣装にこだわるのも当然ですしねえ。なんの下準備もさせずに、制服のままプロレスごっこを提案した俺が間違ってました。三角絞めは、無しとしましょうよ」
「やるよ」
和香さんが、絞り出すような小声で返事をしてくれる。
「えっ、今なんて言いました。声が小さくてよく聞こえませんでした。もう一回言ってくれませんか」
「その三角絞めをやるよって言ったんだよ。わかったら、もっと近くに来るんだよ」
和香さんは、そういうが早いが、俺のシャツの襟首をつかんで、俺を地面に引きずり倒す。
ううん、やはりすごい力だ。とても力では勝負にならない。そんなことを、俺は内心小躍りしながら、
正確には柔道の三角絞めは、両脚の間に、相手の片側の肩も挟んで、首と肩を同時に締めなければならず、首だけを両足で締めるのは反則である。
何故か? 危険だからだ。両足で首を絞めるのは、大変危険なのだ。俺はそのことを和香さんに説明し忘れていた。
「……!……!…………!」
俺は和香さんに、今行われていることが、非常にデンジャラスであることを、なんとかして伝えようとするのだが、とても言葉を出すことができない。
なるほど。実際三角絞めは、実戦的みたいだ。そう思いながら、俺は和香さんの太ももの感触を楽しむ間もなく、ほんの一瞬で気を失ってしまった。
天にも昇る心地良さだったが、実際に昇天してしまっては洒落がきつすぎる。
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