第18話 ガチンコ 其の6

「では、とりあえずコブラツイストをお願いいたします」


 俺は、まず初めに、有名どころを所望しょもうするのだった。和香さんはこころよく応じてくれる


「まったく、うまく丸めこまれちゃったよ。コブラツイストだな、わかったよ。まあ、基本だな。痛かったら、タップするんだぞ」


 そう言って、和香さんは手慣れた様子で、俺にコブラツイストをかけてくれる。まず、俺の両足を和香さんの両足で、がっちりと固定していただき、その上で、和香さんの脇に俺の頭を挟んでもらっちゃって、そのまま俺の背骨を横に曲げてくださって、俺の首から背骨にかけて、痛みを与えようとしてくれる。


 俺はと言えば、和香さんの脇に頭を挟まれることで、心ゆくまでその胸元の感触を楽しんでいられる。早い話がおっぱいだ。これは凄い。確かに痛い。痛いが、俺は男の子なのだから、少しくらいの痛みは我慢しなければならない。男の子なのだから。


「おーい、あんた、平気か。我慢しなくていいんだぞ」


 俺の、ただの助平心からの身勝手極まりないリクエストに、不承不承ふしょうぶしょう応えてくれた和香さんだが、リクエストを受け付けてくれたばかりか、俺の体を気づかってまでくれる。なんていい人なのだろう。


 こんな素晴らしい和香さんの心意気に応じるためにも、ちょっとやそっとでギブアップするわけにはいかない。相手の技を受け切ってこそ、プロレスではないか。

 そんな淫らなことを考えながら、痛みと、それと同時に訪れる快感を俺は味わっていたのだが、和香さんが先にコブラツイストを辞めてしまう。


「もう、このくらいでいいだろう。あんたがぶっ壊れちまうよ」


 そう俺の体をいたわってくれる。そに和香さんの気持ちは嬉しいのだが、俺としてはもっとプロレス技を堪能たんのうしていたかった。だが、和香さんがそういうのならば仕方がない。俺は次をリクエストする。


「それじゃあ、今度は、オクトパスホールドをお願いします」

「えええ、まだやるのかよ」


 どうも、和香さんは、一回だけで終わりだと思っていたみたいだ。そんなはずないではないか。せっかく、生まれて初めてプロレス技を、この体で味わうことができるのだ。一回だけで終わらすなんて、勿体無いことができようはずもない。


「当たり前ですよ。俺は今、生涯初めてプロレス技をこの体で受けているんですよ。さあさあ、和香さん、きっちり付き合ってくださいよ」

「くそっ、調子に乗りやがって」


 そう言いながらも、和香さんは俺にちゃんと技をかけてくれる。オクトパスホールド、別名、卍固まんじがためだ。


 まず俺を前かがみにさせていただき、和香さんが右足で俺の足を固定してもらう。その俺の首に和香さんが左足を引っ掛けてもらっちゃって、俺の左腕を和香さんがひねり上げてくださるというわけだ。これで、俺は左肩から背骨にかけて、痛みを頂戴できることになる。


 実に心地が良い。ではなくて、大変痛いのだが、せっかく和香さんが、俺にオクトパスホールドをかけてくれているのに、自分からギブアップするなんて、和香さんにも、そしてプロレスにも失礼である。


 その上、和香さんの太ももの感触を、俺の首で味わえて、今更ながら、プロレスの素晴らしさを実感できている、最高だ。


「おおい、あんた、平気か。無理するんじゃあないぞ」


 相変わらず、俺の体を心配してくれる和香さんだが、俺は無理をしているつもりはない。むしろ、もっときつくしてもらってもいいくらいだ。しかし、俺の期待もむなしく、和香さんは技を解いてしまうのだった。


「はい、おしまい。もうこれで……」

「では次は……」

「まだやるのかよ」

「当たり前です。頼みがあったら任せろと言ったのは、和香さんですよ」

「もう、わかったよ、次は何だ。何でも言ってみろ」


 何でもと言われてしまっては、過激な技を求めなければなるまい。というわけで、俺はいろんな意味で危険な技を、和香さんにリクエストするのだった。


「なら三角絞めで」

「三角絞め? 何だそれは」


 と、和香さんに聞き返されてしまった俺である。それで、俺は今が千九九九年だということを痛感するのだった。


 大晦日に、紅白の裏番組として、格闘技が放映されるのはこれからしばらく後である。そう言ったものを見慣れていた俺としては、総合格闘技で多用される三角絞めは、よく、見慣れている技だった。


 だが、今は千九九九年である。俺の高校生時代を思い出してみても、空手やキックボクシングの選手が、立ち技で戦い、相手をダウンさせるタイプのものが話題になり始めたなあ。という感じだった。それのパロディで、何ちゃらワン、というたぐいのタイトルが量産されたアレだ。


 そして、立ち技だけでなく、寝技で、マウントポジションをとったり、関節技や絞め技を使ったりする総合格闘技はまだマイナーだったはずだ。プロレスラーが総合格闘技に参戦することもあっただろうが、プロレス一辺倒であろう和香さんが、総合格闘技の技を知らないのも、しょうがないのかもしれない。


 そんなことを考えて、俺は令和元年までに、ネットで仕入れた情報を、昭和以前のことだけしかダメだということに気をつけて、和香さんに三角絞めについて説明するのだった。




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