第16話 ガチンコ 其の4

「それにしても、和香さんも珍しいタイプですよねえ。和香さんは、俺に会えて良かったなんて言ってくれたけど、俺だって、和香さんに会えて良かったですよ。何せ、俺だって、俺と同じプロレスに対するスタンスを持っている人に会うのは初めてだもん」


 これは嘘ではない、なぜならば、俺は令和元年になっても、プロレスの話を他人としたことはないのだ。だから、プロレスには台本があってもいいよ派にあったことはないし、プロレスはガチだよ派にも、プロレスを馬鹿にする派にもあったことはないのだ。そして、そんな俺の言葉に、和香さんは照れ臭そうに答えるのだった。


「まあ、昔ちょっとあってな」


 さっきまで、男二人相手を、一方的に叩きのめしていた和香さんが、そんな風に顔を赤らめると、途端になんだか可愛らしく思えてくる。ついつい俺は、馴れ馴れしい態度をとってしまうのだった。


「へえ、何があったんですか、教えてくださいよ」

「えっ、知りたいのか」

「ええ、教えて欲しいです」

「まあ、あんたとは波長も合うみたいだし、驚ろかしちゃったみたいだし。特別だからな、誰にも言うなよ」

「わかりました。二人だけの秘密にします」

「何が二人だけだ。調子に乗りやがって」


 俺の軽口に、腹を立てたような言い方をする和香さんだったが、それでも自分の昔話をしてくれるのだった。


親戚しんせきにね、よくあたしとプロレスごっこしてくれる姉ちゃんがいたんだ。あたしが十歳くらいの頃からだったかな。その姉ちゃんは、二十歳くらいで、子供相手だから、ちゃんと手加減した上で、あたしを楽しませてくれてたんだよ」

「ふうん、どんな感じだったんですか」

「例えば、あたしが逆水平チョップすると、派手に吹っ飛んでくれたり、あたしを、持ち上げて、ベッドの柔らかいマットレスに、ゆっくりと落としてくれて、投げ技を演出して見せてくれたりね」

「いいお姉さんじゃないですか」

「そう、いい姉ちゃんだったんだ。そんな風に、姉ちゃんと二人でプロレスごっこしてたらな、親戚の集まってるところで、プロレスやって見せようって話になったんだ」

「岡田和香のデビュー戦ですね」

「そんな大したものじゃあないけどな。それで、あたしも乗り気になってね、やろうやろうってなったら、その姉ちゃんが、『一週間くらい待ってな』って言ったんだよ。で、あたしが一週間待ってたら、姉ちゃんが嬉しそうな顔してね、何か持ってきてくれたんだよ。なんだと思って聞いたらね、『和香、台本作ってきたぞ。さあ、一緒に覚えようぜ』と言ってくれたんだ」

「あ、ひょっとして、その時無邪気だった和香さんは、ピュアだったがゆえに……」

「そう。せっかく、姉ちゃんが台本作ってきてくれたのに、『なんでプロレスに台本がいるの』なんて言っちゃったんだよ。姉ちゃんの苦労が台無しだよ」

「ううん、だけど、どちらが悪いとも言えませんよ」

「ま、子供だったとは言え、あたしもあたしだよ。でも、その時の姉ちゃんったら、かっこよかったんだぜ。こう言ってくれたんだ。『もちろん。プロレスは真剣勝負で、台本なんてないよ。でも、和香はまだまだ子供だろう。だから、ほんとのプロレスはしちゃだめなんだ。ほんとのプロレスはね、厳しい練習をしないとできないんだからね。そのかわりに、お姉ちゃんが台本作ってきたからね、二人でプロレスごっこしようよ』ってさ」

「それは、子供の夢を壊さない言い返しですねえ。サンタクロースを信じている子供が、『うちには煙突がないけど、サンタさんきてくれるかな』なんて言ってきたら、『うちには煙突はないけど、サンタさんはきっときてくれるよ』と返して、靴下にプレゼントを入れておく、的な」

「だろう。あたしも、テレビでやってるようなプロレスは、ちゃんとした練習あってのものだって、子供心に納得したしさ、それでいて、姉ちゃんは、その時子供だったあたしにうまく付き合ってくれたんだ」

「ちなみに、どんな台本だったんですか」

「あ、よくできてたよ。ちゃんと両方に見せ場があって、最後には子供のあたしが美味しいところを持っていくような台本だったんだ。きっと、姉ちゃんが頑張って考えてくれたんだろうなあ。そんな台本を、生意気なガキに一度は否定されても、うまいこととりなしてくれたんだから、姉ちゃんには頭が下がるよ。やって見せた親戚のみんなも大盛り上がりだったし」

「いい話じゃないですか」

「そんなことがあったからね、プロレスに台本があるって言われても、それがどうしたのって感じだよ。もちろん、馬鹿にした調子で言われたら、腹が立つけどね。あの時姉ちゃんが、どう子供のあたしに花を持たせるかって、台本を考えてくれたかと思うと、演出もいいもんだなって思えてくるよ」

「なるほど」

「おっと、長くなっちゃったね。まあ、しかしこれも何かの縁だ。あんたとは同じ学校みたいだし、話も合うから、困ったことがあったら言ってくれよ。力になるから」


 そんな嬉しいことを言ってくれる和香さんに、俺はお願いするのだった。


「じゃあ、プロレス技をわたくしにかけてください」





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