第15話 ガチンコ 其の3

「なあ、あんた、ひょっとして、仮に、仮にだよ、プロレスに台本があっても、素晴らしい勝負をプロレスラーがしてくれて、それを見たお客さんが楽しんでくれるんだったら、それでいいんじゃないか、っていうスタンスだったりしない? いや、違ったらごめんなさいだけど、なんだか、あんたを見ていると、そんな気がしてくるんだけど。もちろん、プロレスは真剣勝負だけどさ」


 和香さんは、俺のプロレスへの姿勢を、ズバリ当ててくる。しかし、これは、答えるのが難しい問いかけだ。


 俺が見るところ、和香さんは、『プロレスには台本がある。しかしそれなれそれでいいじゃないか』派のようだが、だからと言って、俺が『ですよねー。プロレスは台本ありきですよねー』なんて、先程和香さんに、失神させられた男みたいなことを言ったら、やはり、和香さんは額に青筋を立てるだろう。


 俺だって、プロレスをそんな風に言われたら、むかっときてしまう。プロレスファンの心理は複雑なのだ。そして、そんなプロレスファンであろう和香さんに、俺は精一杯の配慮で答えるのだった。


「その、今から話すのは、プロレスとはなんの関係もないんですけれど、世の中にはフィクションの作品がいくらでもありますよね。作者の頭の中で考え出された作品が。で、それを、役者の人が演じることがありますよね。その役者さんは、あくまでフィクションを演じているわけですけど、それが、見ている人を感動させられるじゃないですか。嘘って言ってしまえばそれまでですけど、その嘘が、人の心を揺さぶることだってありますよね」


 そんな、俺の持って回った言い方に、和香さんも回りくどい言い方で返してくるのだ。


「例えば、デパートの屋上なんかで、ヒーローショーがやっているだろう。あれは、着ぐるみの中に、アルバイトの人が入っているんだろうけど、それを見ている子供達にはそんなの関係ないよな。それで、もし、あれが本当の正義と悪との戦いだったら、当然見ている子供たちが巻き添えになることがあるわけだけど、そんなことはないよな。それは、あれがショーだからなんだけど、それはとっても大事なことだと思うんだ」


 和香さんも和香さんで、奥歯に物の挟まったようなことを言ってくるが、俺も大概である。


「ボクシングとかだと、試合間隔が何ヶ月も空くのが普通じゃないですか。だけど、ファンなら、もっとたくさん試合が見たいと思っちゃいますよね。そんな思いに、プロレスラーは応えてくれますよね。一年に何百回も試合してくれるんだから」


 俺と和香さんは、そんな風に、互いの距離感を探り合っていたのだが、ややあって、和香さんが切り出してくる。


「ねえ、そろそろ、お互い本音で話さない?」

「ええ、そうしましょう。和香さんの本音、聞かせてください。俺も思っていること全部話します。もし、それが和香さんの気に障ったら、遠慮なく俺をぶん投げちゃってください」


 和香さんの提案に俺が賛成すると、突然和香さんがざっくばらんに話してくるのだった。


「ほら、リングサイドの席に小さな子供がいたらさ、悪役レスラーが脅かしに行くじゃない。鎖振り回したりしてさ。でも、絶対子供に、怪我はさせないよな。それは、悪役レスラーさんが、悪役を演じてくれているからこそだけど、そこがいいんだよな」

「一年に二百回も三百回も試合してくれるんですもの。地方巡業もしてくれる。そこまでしてくれるんだから、打ち合わせぐらいあってしかるべきですよ」


 すっかり、和香さんと話が合う俺である。俺たち二人のプロレス談義は、さらに続くのだった。


「あたしにも、プロレスファンの知り合いは何人かいるんだよな。でも、そいつらはみんな『プロレスはガチなんだよ』って主張してくるんだ。まあ、あたしも、そんな時に、さっきあんたと話したようなことを言うような、野暮なことはしないよ。だけど、プロレスファンが、みんながみんな同じことを考えている、ってわけでもないんだよなあ」

「同じ野球好きでも、巨人ファンと阪神ファンで仲が悪い、みたいなものですか」

「そう、そうなんだよ。プロレスにまるで無関心なら、こっちはそれで構わないんだ。別に、全人類にプロレスを布教しようなんて考えちゃいないんだから。でも、プロレスが好きだからこそ、その中で派閥が出来ちゃうんだ」

「で、台本があるよ派は、肩身がせまいんですよねえ」


 俺が、プロレスの暴露本が、あまりプロレスファンの間では、快く思われていないことを思い出しながらそんなことを言うと、和香さんは、ますます食いついてくるのだった。


「そうなんだよ。下手にプロレスファンが集まってるところだったら、“台本”って言っただけで村八分だよ。かと言って、プロレスの台本って話ができるやつは、実戦じゃあまるでだめなんだろって、プロレスをばかにしてくるやつばっかりなんだ。あたしみたいに、台本があるプロレスを楽しみたいって人間は、マイノリティーもいいところなんだ。その点、あんたに会えてよかったよ」


 和香さんは、すっかり俺を気に入ってくれたみたいだ。ぶん投げられなくてほっとする俺だった。


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