第14話 ガチンコ 其の2
「客? マスコミ? どういうことだ。しょせんプロレスはショーだって言いたいのか」
俺の必死の叫びに、和香さんは、とりあえず聞く耳を持ってくれたみたいだ。だが、状況が好転したのではないみたいだ。確かに、客やマスコミがいない場所で勝負をしないという事ならば、結局プロレスはエンターテイメントに過ぎないと、俺が悪口を言ったとも解釈できるのだ。俺は、自分がけしてプロレスを悪く思っていないことを、何とか言葉の限りを尽くして説明しようとするのだった。
「ええとですね、わたくしは、プロレスというものを、大変楽しませていただいたんですね。初代タイガーマスク、アブドーラ・ザ・ブッチャー、クラッシュ・ギャルズ。言い出せばきりがありません。どの方の試合も、すばらしく、わたくしは手に汗を握りながら拝見させていただきました」
これは嘘ではない。本来の、西暦千九九九年、五月一日の俺なら、さっき俺が例として挙げたレスラーは知らなかっただろうが、令和元年の俺は、そう言ったレスラーの試合を動画配信サイトで、それはもうたくさん見ていたのだ。
「それでその、先程、申し上げさせていただいたような、偉大なレスラーの活躍を見させてもらったわたくしといたしましては、あなた様が、ついさっきなされたような、華麗なプロレスは、やはり誰かに見せなければもったいない、と思う所存でありまして、となると、やはりこういった場所でされるのは、ふさわしくないと申しますか、なんと言いますか……」
俺は、丁寧過ぎて、逆に
「あんた、年は幾つだよ」
「年ですか? 高校二年生です。和香さんと同じ高校です」
俺の答えに、和香さんは、突然大笑いしだすのだった。
「私と同い年なのか、あんた。なんだよそれ、初代タイガーマスクとか、ブッチャーとか
クラッシュギャルズとか、どう考えてもリアルタイムじゃないだろ。いくら何でも、例えがおっさんすぎるだろ。いや、私も、好きだけどさ、その方々は」
どうやら、和香さんは怒りを納めてくれたようだ。それにしてもおっさん呼ばわりはひどい。そりゃあ、昭和五十七年生まれの俺は、令和元年であれば、女子高校生から見たら立派なおっさんだろう。
だが、今は千九九九年だ。和香さんとは、同い年なのだ。たしかに、精神的には無駄に年齢を重ねているかもしれないが、肉体的には、まだまだナウなヤングなのだから。しかし、そんなことは当然口には出せないので、適当に言い訳をしておくのだった。
そもそも、俺だって、動画配信サイトでプロレスの映像を
「それは、レンタルビデオ店に、足しげく通いまして。いやあ、昔の映像が、数百円も出せば思う存分見られるんだから、便利なものですよねえ」
令和元年には、レンタルビデオはレンタルDVDへと変わり、動画配信サイトという商売敵に苦戦して、『わざわざレンタル店に行くなんて、めんどくせえ』、なんて言われているのだが、千九九九年には、まだまだ利便性を十分に発揮していたのだ。そんな当時のことを思い出しながら、和香さんに説明していると、その和香さんががっちりと食いついてくれたのだった。
「へえ、わざわざレンタルビデオまで借りてねえ。あんた、ずいぶん熱心なんだね。あたしのクラスのやつなんて、プロレスラーって言われても、テレビのバラエティ番組で、芸人とふざけあっているマッチョマンぐらいにしか認識していない奴らばっかりだよ」
和香さんが話す内容は、千九九九年ではごく一般的だし、もう十年ほど経っても、大晦日に笑ってはいけない芸人を平手打ちして笑わせることが、大いにお茶の間を
「なんだかごめんね、驚かせちゃって」
「いえいえ、とんでもないですよ。大変良いものを見させてもらいました。そこで気を失っている方々には申し訳ないですけど。でも、あんなことを言われちゃあ、和香さんが怒るのも無理はないですよ」
俺がそう言って、“八百長”という言葉に、和香さんが敏感になるのも、至極当たり前のことだとフォローするのだが、どうも和香さんは気恥ずかしそうだ。
「いやね、あたしだって、ああいう風に、いかにもバカにした感じで言われたら、カチンと来るけどね、別に、その言葉を言われたからって、無条件でむかっ腹を立てるわけじゃあないんだよ。ほら、あんただって、客とか、マスコミとか言ったけど、それであんたをぶん投げたりはしてないだろう」
「あ、ああ、そうですね」
和香さんはそんなことを言うが、どんな言葉が彼女のスイッチになっているのか、わかったものじゃあないので、俺は、煮え切らない返事をするのだが、和香さんはそんな俺には構わずに、話を続けるのだった。
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