第6話 いだてん 其の5
「正直な話ね、“金栗四三 途中棄権”の記事を見せたのはね、わざとなんですよ、お客さん。あそこでね、お客さんが、『そんなはずはない、金栗四三には、ストックホルムオリンピックでの立派な公式記録があるんだ』なんていう人間かどうかを、試すためにね」
店員の、冷たい物言いに、俺の背筋にうっすらと寒いものが走る。そんなことにはまるで
「いやあ、本当に良かった。お客さんが未来のことを、軽々しくペラペラ話すようなお人じゃあなくて。検索の仕方とか、パソコンの使い方とか、気になる点がないこともなかったけど、あれくらいなら、この時代でもそれほど不自然ではないし、良しとしましょう」
そう言って、店員は俺の耳元から離れると、貼り付けたように、不気味な営業スマイルで、愛想よく誘ってくれるのだ
「それでは、次回の来店を、こころよりお待ちしております。今後とも、どうぞ当店をごひいきに」
そう店員に言われて、俺はやみといっしょに、店を後にするのだった。
呆然として歩く俺を心配してくれたのか、やみが話しかけてくれる。
「あの、大丈夫ですか」
そのやみの言葉に、俺は我に帰るのだった。
「ああ、ごめんね、心配させちゃったみたいだね」
そんな俺に、やみは
「あの、カフェの代金なんですけど、五百円って言ってましたよね。あたしが払います」
その申し出を、俺は断るのだった。
「いや、いいよ。やみさんも、聞いたでしょ。金栗四三の記録は、途中棄権だって。ごめんね、数十年かけたマラソン完走だなんて、大嘘言っちゃって。がっかりしちゃったでしょ」
そんな俺の気落ちした言葉を、やみはぶんぶんと首を左右に振って、否定してくれるのだ。
「いいえ、がっかりなんてしてません。ほら、パソコンで調べた方が間違っているかもしれないじゃあないですか。あんな、ちょこちょこっとしただけで出てくるような、どこの誰が書いたかもわからない記事、信用なんてできませんよ」
そのやみの言葉に、俺は驚いてしまうのだった。やみは、俺をなぐさめようとして言ってくれたのだろうが、その言葉の内容は、令和元年になっても通用する、ネットリテラシーに他ならないのだった。やみは、自分で、パソコンには詳しくないと言っていたが、案外そんな人間の方が、本質をつくのかもしれない。そんなことを考えている俺に、やみは言葉を続けてくれるのだった。
「それに、嘘でも、あたしは全然構いませんよ。一回は日本に戻ったけど、何十年もかけて完走を果たして、公式にそれが認められるなんて、素敵な話を、フィクションでつくったのなら、逆にそっちの方がすごいですよ。嘘でも本当でも、金栗さんの話を聞いて、あたしが勇気が出たというのは事実なんですから」
やみがそう言ってくれて、俺は元気を取り戻してきた。さらにやみが、続けて話をしてくれる。
「だって、昔は世界に通用しなかった、日本の陸上が、今では世界を相手に、立派に戦っていることに気づかせてくれましたもの。それだけでも、十分です。あたし、ちっともタイムが伸びなくて、練習でも、他の子達にどんどん離されちゃって、落ち込んでたんです。でも、金栗さんの話を聞いて、元気が湧いてきました」
やみの言葉に、俺もすっかり気分が良くなってくる。そして、俺は、やみがいつも走っていることを褒めるのだった。
「それにしても、やみさんって、いっつも走ってるよね。偉いなあ」
俺がそう言うと、やみは表情を曇らせるのだった。どうも、おれはやみの地雷を踏んでしまったようだ。案の定、やみは沈んだ声で話してくる。
「その、ありがとうございます。でも、そうは言ってくれない人もいるんです。
「どう言うことなの」
「それは、『練習で力いっぱい走っていないから、そんな風に毎度毎度走っていられるんだ。練習で全力を尽くしていれば、練習以外で走る余裕なんてないはずだ。練習で手を抜いているんじゃあないのか』みたいなことを言われるんです。あたしは手を抜いているつもりはないのに」
「それは、やみさんの体が丈夫だってことじゃあないのかなあ。“
そう言う俺だったが、やみの顔が晴れる様子はない。そんなやみを見ながら、俺は、未来のことを思い出すのだった。
そう言えば、なんか凄い山岳レースがあったなあ。何日もかけて、ほとんど眠らずに走り続けるレース。選手にとって重要なのは、何よりも頑丈さだって。
そんなことを思い出し、未来の
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