第4話 いだてん 其の3

 そんな俺の誘いに、やみは顔を赤らめて、うつむいてしまうのだった。俺はしまったと思い、あわてて、前言を撤回するのだった。


「あっ、ごめんなさい。そうだよね、足も怪我してるし、こんな風に誘われたって、迷惑だよね」


 そんな俺の言葉を、やみは首をブンブン振って否定してくれるのだった。


「い、いえ。あたし、その金栗さんのこと、興味あります。でも、どうやって調べたらいいんでしょうね」


 やみにそう言われて、俺ははたと思い悩む。確かに、どうやって調べよう。この時代、スマートフォンなんて影も形もないし、ネット自体まだ未発達だ。ガフー、グーゴル、ウィキ、そんなものがあったかどうかも、俺にはさだかじゃない。そんなふうに思い悩む俺に、やみが提案してくるのだ。


「あの、あたしの家までの帰り道に、図書館があるんです」


 そんなやみの言葉を、俺はこれ幸いと聞き入れるのだ。


「それいいね、やっぱり調べ物なら、本だよね」


 しかし、そんな俺の言葉に対して、やみは浮かない顔である。どうも、足首をチラチラ見ているようで……俺は気づいた。


「そうだね、やみさん。そんな足じゃあ、本の持ち運びは大変だよね。それに、そんなやみさんを一人帰らすのも忍びない。とりあえず、図書館までは送らせてよ」


 そう俺が言うと、やみはこくりとうなずくのだった。


 そして、図書館である。やみを椅子に座らせて、俺は、金栗四三のことが書いてありそうな本を探しに行く。やみは申し訳なさそうな顔をしていたが、俺を手伝わなくてもいいと言い含めておいた。それにしても、どこを探せばいいんだろう。ネットの便利さを堪能たんのうしていた令和元年を思い起こしながら、俺は大量の本の背表紙を眺めながら、途方にくれるのだった。


「ごめんなさい、やみさん。金栗さんのことが書いてある本、見つからなかったよ」


 俺は、結局何の結果も出せなかった事を、やみに伝えるのだった。ネットを使わない調べものの大変さを、ひしひしと実感しながら。そんな俺に、やみも申し訳なさそうだ。そんな気まずい雰囲気のまま、二人で図書館を出てみると、来たときは気づかなかったが、インターネットカフェの看板がある。なるほど、こんな店も、この頃でき始めたのかと思いながら、俺はやみに言ってみるのだった。


「やみさん。せっかくだから、あそこ、行ってみる? お金は俺が出すからさ」


 そんな俺の言葉を、やみはきっぱりと否定するのだ。


「いいえ、お金ならあたしが出します。ぜひ行きましょう」


 その有無を言わさぬ迫力に、何も言えなくなってしまう俺なのだった。


 そして、インターネットカフェに入り、店員に、当たり障りのない質問をする俺である。


「あの、調べものしたいんですけど……」


 そんな俺に、店員が愛想よく答えてくれる。それまで陽の当たらなかった、自分の趣味であるパソコンが、一躍いちやく脚光を浴びて、嬉しくてたまらないと行った感じだ。


「ああ、できますよ。検索って言ってね、調べたい単語を入力すれば、あっという間に何でも出てきますよ」


 そう言いながら、店員はパソコンのところに俺たちを案内してくれる。画面には“gahoo”の文字が、燦然さんぜんと輝いている。この時代、すでに検索システムは、それなりに構築されていたみたいだ。俺は、“オリンピック 日本人初”と入力して、マウスをクリックする。こうすれば、あっという間に……ずいぶんと“あっ”が長く感じられる。


 光回線なんてありはしない、この時代ならこんなものだろうし、ついさっきまで、図書館をさまよい歩いていた事を考えれば、大変便利な事この上ないのだろうが、令和元年と比べると、動画も画像もない、文字だけの情報に、体感でけっこう長く待たされる感じだ。そんな事をしている俺に、店員が話しかけてくる。


「どうです、便利な世の中になったものでしょう。ところで、何をお調べになっているんですか。よろしければ、お手伝いいたしますが」


 店員は、このインターネットという素晴らしい発明品の便利さを、少しでも多くの人に伝えることが、自分の使命とでも思っているかのようだった。こういう人たちの草の根活動が、令和元年のネットの隆盛りゅうせいにつながったのかとも思う俺だった。


 そして、下手にこの時点のネットをいじくりまわすことが、未来の事実の漏洩ろうえいにつながって、歴史の修正力に何かされてもかなわないと考え、俺は、大人しく店員に任せるとする。


「ええと、じゃあお願いできますか。もうすぐ二千年の、オリンピックじゃないですか。それで、日本初の、オリンピック選手はどんな人だったのかなあと思いまして、そこの図書館でも、いろいろ本を漁ってみたんですけど、どうも要領を得なくて」

「うん、そんな調べ物こそ、インターネットの得意技ですよ。どれどれ、ああ、“オリンピック 日本人初”ですか。なかなかいい言葉で検索してますね。お客さん、検索エンジン、使ったことあるんですか。初めての人だと、“日本初のオリンピック選手は誰ですか”なんて入力して検索しちゃったりするんですよね。そんな風にしちゃうより、いくつかの単語を区切って入力したほうがずっといいんですよ。それに、スペースまで開けちゃって、お客さん、わかってるなあ」

「ええ、まあ、それなりには」


 ネットのことを知りすぎていることを、店員に隠そうとした俺だったが、検索ワードの選び方一つで、あっさりバレてしまった。謎の声さん、勘弁してね。









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