第2話 いだてん 其の1

 どんっ!


 謎の光に包まれたと思った俺は、いきなり何かにぶつかられるのだ。


「いてて、一体何なんだ」


 そうぼやく俺の目の前に、体操服でブルマ姿の美少女が倒れている。どうも、気を失っているようだ。それも、令和元年には、特殊な場所でしか見られないようなブルマ姿だ。俺が辺りをキョロキョロと見回すと、ここは、俺が通っていた高校のグラウンドの片隅だった。周りに人影はない。どうやら、自主練習でもしていたようだ。


 とりあえず、大勢の人間がいなくて助かった。しかし、こんな学校に、ブルマを着用した可愛い女の子がいるとなると、あの謎の声の言うことに、がぜん信憑性しんぴょうせいが出てくる。しかし、いまはこんなことを考えている場合ではない。


 なにはなくとも、この子を保健室に連れて行かなくては。だが、どうやって連れていったものか。俺は途方にくれるのだ。下手なことをして、痴漢にでもされたらたまらない。それでもボクはやってない、なんて言っても無駄だろうし。そう考えた結果、俺は倒れている女の子に声をかけるのだ。


「おい、おいってば。あんた、大丈夫か」


 俺のその言葉に、その女の子は、意識を取り戻す。とりあえずほっとする俺である。そして、俺はさらに話しかけるのだ。


「平気か、あんた。すまない、俺があんたにぶつかっちまった。歩けるか」


 そう問いかける俺に、その女の子は返事をしようとするが、痛みで顔をゆがめてしまう。どうも、足をくじいたようだ。そんな女の子に対して、俺は詫びをいれる。


「ああ、足を痛めたようだな。保健室に行ったほうがいい。肩を貸すよ」


 そう言って、俺は、その女の子を肩で支え、保健室に連れて行くことにする。その女の子は抵抗しないでくれる。助かった。『触るな、気持ち悪いんだよ。話があるのなら法廷で話してくれます』なんて言われたら、即刻令和元年に戻りたくなるところだった。そんな俺に、その女の子も、俺と同様に、謝罪をしてくれるのだ。


「あ、あの、こちらこそすみません。私の前方不注意でした。あなたがいるなんて、ちっとも気がつかなくて」


 そんなことを言う女の子に、俺もお詫びを言い返す。


「いや、突然飛び出した俺が悪い。あんたが気づかないのも当然だ」


 そう言いつつ、俺は自分が肩を貸している女の子のことを、思い出すのだった。


「そう言えば、この子、放課後になるといつも、校庭やら、グラウンドやら、学校の周りを走っていたなあ。名前は、“三島やみ”とか言ったっけ。まだ、個人情報に大らかな時代だったし、体操服に名前いりのゼッケンがついていた時代だ。帰宅部で、なんの目的もなしに、ただ学校と家を行き来していた俺は、ただひたすらに、前を向いて走っていた彼女を、まぶしく見つめていたのだったなあ」


 そんなふうなことを思い返しながら、俺と、俺が肩を貸しているやみは保健室に到着した。しかし、保健室にはだれもいない。都合よく鍵は空いていたが。そんな状況におちいって、俺はやみに提案する。


「ええと、保健室には誰もいないみたいだけれど、一応俺には、多少の応急手当の心得がある。俺の見たところ、足首のちょっとした捻挫ねんざだろうから、湿布を当てて、しばらく安静にってところかな。もちろん、ちゃんとした医者に見てもらったほうがいいが、その足で、あんた一人病院に行ってもらうのもなあ。かと言って、救急車を呼ぶのも……」


 そんなことを俺がブツブツ言っていると、やみは俺に頼むのである。


「じゃ、じゃあ、湿布お願いします」


 そう頼まれて、承諾する俺だった。


「そ、そうか。なら、保健室に入ってくれ」


 そうやみをうながして、二人で保健室に入る。そして、やみを椅子に座らせて、その足首をまじまじと見るのだが……


 なんだか、大変にドキドキする。女性の、それもうら若き女子高校生の、なまめかしい足首をじっと見つめると言うのは、妙なエロスを感じるものだ。


 その上、俺は高校時代から、やみに好意を抱いていた節がある。実際、高校を卒業して、大学生、社会人となって、平成が終わろうとする頃になっても、やみのことを度々たびたび思い返していた俺である。そんなやみの足首が、令和元年になった途端に、今こうして俺の目の前に存在する。


 今現在、とてもやみの顔を、恥ずかしくて直視できないが、高校時代の彼女はそれは魅力的だった。美しく汗を流しながら、懸命に走り続ける彼女。その健康的なカモシカのような足もさることながら、そのただ前方を見据えた顔は、まだあどけない顔立ちの中に、ある種の凛々しさすら感じさせるのだった。














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