02 妹の名付け親? になりました
――ニコ。
それが、彼女の名前だった。
まだ幼さが残るが、人間場馴れした完璧な顔立ち。
腰まで伸びた黒髪に、透き通るような青い瞳。
しかし、その目には何も宿っていない。何処か遠い所を見ているような空虚な眼差しだ。
「彼女はね、体のほとんどが人工的に作られた
「え? てことは……」
「そうだ。ニコの脳には高度な人工知能を搭載している。ただ、それ以外は正真正銘、生物学的にも普通の人間だ。さらに、彼女は君の妹だ。欲しがってただろ?」
「……あの。もう一度お願いします」
「ああ、分かりにくかったようだね。あの事件の後、私は君が両親を亡くした事を知った。……だから警察を丸め込んで、検視中の遺体からご両親のDNAサンプルをいただいたのさ。ニコは君の両親の遺伝情報をちゃんと受け継いでいる。彼女の『肉体年齢』は生後二週間といった所かな……」
「うそだ……」
そんな……あり得ない。
妹が、クローン?
……ふざけるな。
「それ、完全に法に触れてますよね」
初めから胡散臭いと思ってたけど、完全にサイコパス。
マッド・サイエンティストじゃないか。
「ハハハッ。そんな目で見ないでくれたまえ。これはいわば人類の『進化』だ。人間は自然を改造してきたが、逆に自分自身が変わる事を忘れてしまった。でも、彼女をよく見てくれ。美しいと思わないかい?」
ダニーの隣に立つ少女に目をやる。
その顔は無表情で、何を考えているのかわからない。
でも、たしかに人間にしか見えない。
美しいとすら言えるかもしれない。
「――でも、なんで目が青いんだ?」
「おや? 碧眼は不満かい?」
「いや、俺の親の遺伝子から生まれるなんてあり得ないだけだよ。それに日本にはあまりいないし、目立つだろ?」
「それは考えなかったな。君の好みに合わせたつもりだったんだが……。おっと、今のは……」
「――ダニー。お前まさか、俺のパソコン覗いてないよな」
ダニーは悪びれる様子もなく、やれやれと両手を上げた。
「いいじゃないか。ちょっとだけだよ。共通の趣味があることも知れた事だし」
「まさか……」
「そう! 日本の誇る文化。ア・ニ・メさ!!」
こいつ、俺の想像を越えてくるな。
まあいいか。隠すことでもないし。
俺はニコの目を見据えた。たしかに、好みではある。むしろベストなポイントを突いている……。
でも妹だ。ダニーはそこを分かっているのだろうか。
すると、彼女はほんの少しだが、顔を赤らめて目を伏せた。
「恥ずかしいの? そんな感情あるんだ。AIなのに」
「――この無礼者! ニコに失礼じゃろうが!!」
いきなりダニーが顔を真っ赤にしてどなった。
てかなんで老人言葉?
「……ああ、すまない。ついかっとなってしまって。怒るときはこの喋り方なんだ。迫力あるだろ?」
「……はい、そうですね」
「でも、さっきのは失礼じゃないかな。ニコのAIも元々我が社が開発していたものに、未知の技術を加えた完成形だ。彼女の精神が自我を確立してから十年間、ずっとその思考は本物の人間と区別はない。感情もちゃんとあるんだ。さらに、完璧な記憶力と免疫力。将来ガンになる確率も限りなく低い。人間の理想の姿といえる。ニコは生まれてきて幸せな筈だ」
「……ホントに?」
もう一度、彼女の顔を見る。
「――はい。もちろんです。ダニーは私の望みなら何でもしてくれるし、何より娘として愛してくれています」
微妙に、表情が柔らかくなっている。
「――プッ」
思わず吹き出した。
「これで10才って?」
「すごいだろ。礼儀作法は私が教えたんだ」
俺はニコに向き直る。
「……さっきはごめん。反応が見たかったんだ。まあ、今の所は信じるよ。君が人間だって事はね」
ニコの表情がパッと明るくなる。
……やれやれ、どうみても人間じゃないか。
感情が無いなんて誰が言った?
「――そうだわ。どうでしょう? このドレス。この日のためにダニーが選んでくれたんです!」
出し抜けに彼女は、長いスカートをつまみ上げくるっと回転してみせた。
しなやかで、エレガントな仕草に見えただろう。
彼女のドレスが、黒い基調に、長いスカートと半袖の先には紫のフリル付きで、首には黒のチョーカーというゴスロリ風デザインでなければ……。
「……ダニー。お前がこんなやつだとは思わなかったよ」
「おや? このドレスは不満かな。ゴスロリが嫌いだったとは驚きだね」
「いや、全然全くもって嫌いではない。……でもそこじゃない。彼女はロリと言うほど幼くないし、黒髪碧眼に大人びた喋り……。なんというか、もっと清楚系が似合うと思うんだよね」
「確かに、ニコの身長は15才女子の平均値に合わせてあるからな。……といっても、体重の方は一回り軽いけどなっ!」
そう言って、満面の笑みでニコの肩に手を置くダニー。
なんか物凄くムカつく。
「それセクハラじゃないかな」
「ハハッ。何をのたまう貴人君。まさか、この私に『倫理観』を求めているのかな。ニコを作った私に? それにね、確かに今のニコは着られてる感が否めない。ニコは金輪際この服を着ないかもしれない。……だからこそ、
「序盤? なにいってんだ? もしかして頭沸いていらっしゃる?」
* * *
「――ところで、君にいくつかお願いがある」
唐突に、ダニーは真剣な表情で言った。
「ニコという名前は私の妻の希望だったんだが。これからここで生活していく上で、漢字の名前も必要だろ? 残念ながら、私もまだ漢字は勉強中でね。何か良いアイデアはないかな?」
「そうだな。彼女は、感情を持っているんですよね?」
俺は少し考えて言った。
「仁心、というのはどうでしょう? 『仁』は思いやり、
「――エクセレェントッ!! さすがは秀才君だ。いかにも日本人らしい、趣のある発想じゃないか! どう思う?
「素晴らしいですわ。
「……いや、大した事じゃないよ」
しかし、彼女は俺の右手を取り目を輝かせた。
ほのかに良い香りが鼻をくすぐる。
「これから妹として頑張ります。一緒にいてもいいでしょうか?」
「え……?」
話についていけずに、ダニーの方をみる。
「もう一つのお願いは、君にここに住んでもらう事なんだ。もちろん元の家でもいいが、皆で楽しく過ごして欲しいと思ってね」
「そんなの聞いてないけど……」
「すまないね。ただ仕方なかった。君が孤児院に入らないよう、必死に様々なコネを使って引き取ったんだ。だから法的には、君は私の養子ということになっている。そうだ。もう立てるかい? リハビリがてら、私の家を案内しよう」
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