01 何でも勝敗にこだわるのはおかしい


 目覚めの良い朝のようにスッと目を覚した。


 あまりの眩しさに目を細めながら、いつものようにメガネを探して枕の横に手を伸ばす。


 しかし、メガネは見当たらないどころか手が何かにあたってガシャッと音を立てた。


「……ん?」


 ここでようやく異変に気づいた。


 家じゃない、病院だ。いつのまにか白いパジャマを着せられている。


 額に手をやると、前髪が半分くらいに短くなっていた。


 左側に数センチ程、縫われた跡がある。


 さっきぶつかった点滴ポールから伸びる管が、俺の右腕にのめり込んでいる。


 明るく広い部屋の隅には俺の寝ているベッドと、隣には小さな椅子が一つ。扉はあるが、窓はなく、真っ白な壁には何の飾り物もない。


 病院ってこんなんだっけ?



「あれ? ……おかしいな」


 さらなる違和感の原因がわかった。


 なぜかとても『よく見える』。メガネをかけてないのに。


 視力が回復……?


「まさか、スパイダーマンになっちまった!?」


 咬まれた跡でもないものかと、前よりさらに細くなった両腕を見つめた。


 無い……。


 てことは、


「……寄生獣!!??」



――って、なわけ無いか。


 いくらオタクと言われようが、現実と幻想の区別ぐらいつく。

 むしろ、あまりにベタな展開に少しガッカリだ。



「――オーマイ、ガ――ッシュ!!」



 突如、金髪を綺麗に固めたいかにも海外セレブなおじさんが引き戸を開け、大声を上げた。


 声のボリューム最大のまま近づいてくる。


「おっとすまないね。感動するとつい祖国の言葉が……。それよりよかった! やっと起きたんだね。一時は生死をさまよってたから本当に心配したんだよ!」


 誰だこいつ……。と一瞬思った。



「――あ! お前あの時の……!」



 やっと記憶がよみがえってきた。


「何があったか覚えているようだね。自分の名前と年齢は言えるかい?」


春宮はるみや貴人たかと。17才……。なぜか……生きてる…………」

「よかった。意識もしっかりしているようだし、大成功だ! 神に感謝しなければ」


 この流れは、おそらくこのおじさんが俺を治してくれたって事か……。


「あの、俺はどれぐらい眠ってたんですか?」

「ん? ああ、何の説明も無くてすまないね。あの駅の一件からもう、1カ月程たっているよ。当初の君の状態は、鼻骨骨折、軽度の頭蓋骨骨折、脳震盪、さらに割れたメガネの破片によって、両目の角膜が大きく傷ついていた。脳に損傷がなかったのは奇跡だったよ」


 怖くなって顔に手を近づけた。


「前より、はっきり見える……」

「気に入ってくれたようだね。その目はささやかなプレゼントだよ。視力2.0だ。ぜひ大事に使ってくれたまえ」

「そんな事できるわけ……」

「現にできてるじゃないか! おっと。説明の前に自己紹介をしておこう」


 そう言い、彼はスーツの胸ポケットから名刺を取り出す。


《最高経営責任者》

ダニエル・ブルーストーク

エイプリル・テクノロジー


 一番上の文字だけ金色で、妙に強調されている。


「ダニーと呼んでくれ。君には、我が社の開発した幹細胞、EAS細胞を分化させて作った眼球をそのまま移植した。あのままだと失明してたんだ。問題ないだろ?」

「なん……だって……? そんなの聞いたことない……」

「ハハッ! 驚くのも無理はない。でも実在する技術だ」


 俺は数回瞬きをしてみる。


 マジかよ……。たしかに本物の目だ。


「――ありがとう。ただ、どうせならズームとかサーモグラフィとか、厨二性能付きの義眼でも別によかったけど……」

「ハハッ。ようやくあの生意気さが戻ってきたね。そう言うと思って、似たような物を用意してある」


 そう言うとダニーは、ポケットから小さなプラスチックケースを取り出した。


「超高性能コンタクトレンズだ。気に入ると思うよ」

「……ありがとう」


 コンタクトレンズか、後で付け方練習しないと。


 ようやく、状況が呑み込めてきた。




――でも、なんだか変だ。


 エイプリル・テクノロジー。通称ATアット社。もちろん聞いたことある。むしろ皆知ってるだろう。あのGurgleガーグルと並ぶIT業界のトップ企業。


 アットはIT関連の様々な事業に進出しているが、何より人口知能の開発は最先端らしい。


 でも、あの会社が再生医療の研究をしてるなんて聞いたことがない。



「――さてと、本題に移ろうか」


 俺の疑惑等お構いなしに、ダニーは満面の笑みで椅子に腰掛け、足を組んだ。


「正直言って。私は君の事を何も知らない。というより、知らないようにしてきた。この瞬間が楽しみだったからね」


 彼は勿体ぶって少しの間を置き、金色の髭を撫でた。


「あの場所に私達を引き合わせたのは、紛れもなく『不幸』だ。そうだろ? 私達は残酷な運命によって出会わされた。そして出会った時から互いにいがみ合っていた。でも気づいたんだ。お互い似た境遇の者どうし、解り会うべきだとね。そのためには、互いを知る必要がある」

「……はあ」


「どうかな。ここで一つ『不幸比べ』でもしてみないかい?」


 * * *


 『不幸比べ』といっても、ただ互いの経験を話しただけだった。


 客観的な判定法は無い。


 互いの判断に委ねるわけだ。


 にもかかわらず、いや、だからこそ明らかな結果だった。



「――ああ。やはり。やっぱりそうか。神は教えて下さったのだ。私がどれだけ弱く、無知だったのかを」


 俺の話を聞いてすぐに、ダニーが敗けを認めた。


「私は確かに期待していたのかもしれない。君みたいな人が現れ、私を思い留まらせてくれるのを……」



 その後の彼の話は、確かに悲劇だった。


 彼はこの容姿でなんと70才らしい。


 20才でアット社を立ち上げ、30才で世界有数の大富豪となる。

 子供の頃から日本が好きだったらしい。35の時に来日し、日本人と結婚してアメリカの豪邸に住んでいた。


 しかし、子供ができなかった。


 彼は様々な方法を試し、再生医療にも手をだした。でも全てダメだった。


 そんな中、奥さんにガンが宣告される。


 彼は研究を止めなかった。多額の資産をつぎ込んでいたし、ガンも不妊も解消できると信じていたからだ。


 最後ぐらい故郷にいたいと日本の病院に移動し、ダニーも日本に来て研究を続けながら、毎日お見舞いに行っていたらしい。


 しかし失意の中、奥さんは息を引き取った。今から20年前の話だ。


「……実は君と会った日、私は破産寸前だったんだ。君だから教えるけど、EAS細胞は、実は我が社が開発したものではない。ある筋から仕入れた状態を元に、再現した技術だ」

「ある筋って?」

「残念だが、詳しい事は私も知らないんだ。裏マーケットだからね。日本政府が絡んでいるという噂もある。1GB程の情報と引き換えに、私は全財産の半分をうしなった。でも、仕入れた情報は恐ろしい程進んでいて、世界有数の技術者達が数年かけてしたんだ。私はね、おそらくだが、この星の技術ではないんじゃないかと思っている」

「話がぶっ飛んでますね。でも矛盾はないし、あり得なくは無いと思います……」

「ハハッ。流石は学年トップの秀才だ。そう言ってくれると思っていたよ」

「何で知ってるんですか?」


「……ああ、成績の事かい? さっき何も知らないと言ったのは、『君の不幸に関して』という意味だ。君の事はある程度調べてさせてもらった。君を引き取るためにね。ごく普通の家庭に生まれるが、勉強に励み。名門、清蓮せいれん学園に首席で、奨学金入学。両親が事故で亡くなった上に、頼れる親類もいない。いや、放蕩中の叔父が一人いるんだったね」

「もう、3年も音沙汰なしです」

「そりゃそうだ。私も探して見たけど、手がかりすらなかったよ。まあこの話はいいだろう。……こんな事より、私は君の話が聞きたかった。だれより不幸でありながら、死ぬ間際にも他人の心配をしていた君が、毎日何を考え、どう生きてきたのか」

「で、どうでした?」


 ダニーは感慨深げに溜め息を漏らした。


「……とても動かされたよ。人生観が変わる程にね。そして救われた。実はあの日から、行き詰まっていた研究が急に軌道に乗ったんだ。……どうやら、あと一歩の所で諦めていたらしい。君のお陰で、当初の期待を遥かに越える技術が誕生した。……実は、君にもう一つの贈り物があるんだ。私は、君に人生を救われた。だから私も、完璧な人生をプレゼントしようと思う――」


 すると、彼は手を振り上げて言った。


「ニコ。もう入っていいよ」


 ふと窓の無い真っ白な引き戸を見る。

 いつの間にか少し開いており、隙間から覗く誰かと目が合った。


 見たこともない程鮮やかな青い瞳。


 そいつはダニーの声に反応して一瞬隠れ、入ろうか迷っているようだった。


 しかし、すぐにその扉が音も無く開き、入ってきたのは。


「――初めてまして、お兄さん……」


 長い黒髪の少女だった。




「驚いたかい? 命を作り出す。……まさに神の領域だ――」



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