念願の妹が電脳だった件

愚焉。

第1章 機械ノ心

00 せめて妹さえいれば、勝ち組だったのに


――神名川かながわ双羽ふたば市、阿下葉あげは町。


 人口一万人の静かな町。

 町外れには古い駅があり、普段、平日の昼に殆ど人はいない。


 柵等は一切なく、線路の向こうには小さな住宅街と、さらに遠くに緑の山々が見えるだけ。



 しかし今日ばかりは違うようだ。


「――あ~あ。せめて妹さえいれば、勝ち組だったのになぁ……」


 ベンチに座っていた学生服姿の青年が気力の無い声を出した。


 学生服といっても、一流校を彷彿させる前衛的なデザインである。


 しかし、彼の容姿は一言で言えば『悲惨』だった。身長は普通、げっそり痩せた顔に黒渕の眼鏡。視界が確保できるのかと不思議な程無造作に伸びた前髪。


 彼がこの物語の主人公、春宮はるみや貴人たかとである。


 その隣には、金髪に青い瞳、金色の口髭を綺麗に整えたスーツ姿の男性が一人。


 こんな風貌の二人が、こんな場所に鉢合わせるだけでも希な事だろう。


 しかし、貴人がここへ来た理由はさらに奇想天外だった。


 彼は不幸だった。全国日間不幸ランキングでトップに立てそうな程に。高校二年生の初日に、自分で自分を終わらせようと思う程に……。


 彼は昨日、唯一の肉親と共に生きる希望を失ったのである。




――しかし、起死回生というものがある。



 人生の中には、大きな転換点ターニングポイントとなる時がある。


 誰にでもチャンスは与えられるのだ。


 果たして彼は、このいかにも重大な分岐点でチャンスをものにできるのだろうか。早速、彼の視点から覗いてみることにしよう――


 * * *


「……なんで、こんなゴミみたいな世界なんだ」

 

 お前の憂鬱など知るか。と嘲るかのように眩しい晴天を仰ぎ、すぐに地面に目を落とした。


 友達ゼロの上、希望もゼロになっちまった。今まで縋ってきたプライド、『世間様を見返してやる』という意地もゼロ。


 死ぬのは怖いが、生きてるよりは何倍もマシだろう。

 せめて最後に、鉄道のダイヤをいくらか乱してやれば、あの世でネタぐらいにはできるかもしれない。


 そう考えて俺は、いつもの通学駅で電車を待っている。


 

 さっきまでは感傷的になって、怒鳴りながら壁を殴りつけたりしてたが、見ている人がいたから止めた。


 それからは悶々と考え事。


 人生を悲観するにも、ここまで来ると少し違う。ただ怒ったり、嘆いたり、自分は不幸ですって主張する事はない。


 俺はさっきから『理想の人生』を思い描いていた。妄想の世界に逃げ込むのである。


 まず親が違う。

 祖父母の遺産を使い尽くし、勝手に死んでいくようなアホ共ではない。

 知的で威厳があって機知に富んでて、男は一人っ子だなんてケチらずに、



 『妹を生んでくれる親』。



 別に妹がいたからってどうする訳でもない。妹のアレなシーンを偶然覗いたり、妹のオタク仲間探しを手伝ったりとか、そんな事がしたいわけではない。エロい目的はさらさらない。


「俺の妹ときたらさ~。『お兄ちゃんと結婚するの!』って言って聞かないわけよ~!」

とか、

「妹が小6の頃まで一緒に風呂入ってたんだけどさ~」


 等と言い、学校にはあたかもステータスのように誇示する輩もいたが、そいつらは全員、この手で、思いっきり……、殴ってやりたかった……。できはしないが。


 たしかに、羨ましくなかったというわけではない。

 俺はただ、不純な動機で天使いもうとを望む勇気は持っていないだけだ。



 ところで、妹がいる男といない男の間には、大きな壁がある。


 前者は後者より先に異性とのコミュニケーション能力を身に付け、学校でもそれが発揮される。さらに妹とひとつ屋根の下で生活するわけだ。様々な場面で、『妹に負けたくない』、『妹に嘗められたくない』という心理が働く。が全然違う。


 さらに、妹が比較的モてる方だった場合、自分より先に恋人ができるのではという恐れもある。


 いや、もしできたとしても男女交際が家族内で認められるわけで、限りなくプラスである。


 ……等々、様々な利点がある。


 妹さえいれば、俺はこんな悲惨な人生ではなく、ある程度の友達がいて、普通に部活とか入って、女子とも普通に会話できる、いわば『平均以上の人生』が確約されてたはずだと信じている。本当に心からうらやましい。


 * * *


「――しかし、まいったな……」


 さっきから隣の外国人がチラチラとこっちを見ている。


 がっしりした体格だが、優しそうな顔のおじさんだ。五十代前半って所かな。


 それより、問題はいざとなった時に止められる事だ。さっき壁殴ってんの見られちまったからな……。



「――あのー。すみませーん」


 こっちが意識してるのがバレたのか、向こうから急に話しかけてきた。


「はい。なんでしょう……?」

「とても聞きづらいのですが。もしかして貴方、死のうとしてませんか?」


 あーあ。やっぱり。


「あの、どうしてわかったんですか?」


 まあ、いいだろう。止められても無視すればいい。


「やっぱり! 実は私も、同じ目的でここにいるんですよ。先程からなにやら呟いていらっしゃったので、もしかしたらと思いましてね」

「へー。こんな偶然あるんですね」

「本当ですね。ただ、私も人の事は言えないのですが、少しお考えになられてはどうですか?」


 はい……?


「あの、どういう意味ですか?」

「ですから、貴方は見たところまだ学生です。私と違って、これからまだ希望があるじゃあないですか!」


 クソが。何も知らないくせに。


 正直かなり胡散臭い。いかにもエリートそうな服装だし、腕には高そうな金ぴかの時計つけてるし、人生の成功者って感じだ。


 俺だって両親が酔っ払って事故を起こさなければ、こうなれた筈だった。


 それだけに、『希望がある』だとか言われたら我慢できない。


 ついでに笑顔が板についた清々しい顔立ち。これも気にくわない。


「貴方には関係ないですよね」

「ハハッ! そういわれると言い返せませんけどね。しがない老人の最後の我儘だと思って、聞いてはくれないでしょうか?」

「あんた別に老人って程でもないよね?」

「いえいえ、ちょっと若作りに凝っておりましてね。こ、これでもいい年なんじゃよ……」

「いま無理やり作りましたよね!」


「――黙れ小童こわっぱ!!」


 いきなり決死の形相で怒鳴られ、ビクッとなった。

 さっきと別人のように険しい顔だ。


「反吐が出るわい! 自分は不幸だの恵まれないだのと、悲劇の主人公気取り。簡単に命を捨てようとしおって! 儂より先に死ぬことは許さん!!」


 急に腕をガシッと捕まれ、逃れる隙もなかった。


 別にこいつが怪力ってわけじゃないけど、おそらく俺の筋力が弱すぎるんだろう。びくともしない。




 そうこうしているうちに、遠くに電車が見えてきた。



「おいバカ! 放せよ! お前死にたいんじゃなかったのかよ」

「死ぬ機会は他にいくらでもあろう」


 ヤバいヤバいヤバいヤバい。こいつヤベェ!!


「あんたこそ、たいして不幸でもないんだろ……」

「ほざけ!! 儂ほど哀れな老人はおらんわい」


 俺はおじさんを引っ張り、ズルズルと前へ進んで行った。


 腕痛てえ。でも、関係ない。


 このジジイもどうでもいい。

 こいつは他人に惑わされて覚悟が揺らいでるだけ。


 結局死にたくないだけだろ。





 もう少し……。



 あと少しで、全部終わる。









「――じいさん。お互い、楽になれるといいな……」








 


 その瞬間、じいさんの腕がフッと緩んだ。


 別に、こいつの心に訴えたかった訳じゃない。決め台詞的に吐いた言葉でもない。



「……!?」



 俺は急に力の釣り合いが崩れたことに対処できなかった。


 前のめりになり、爪先で数回跳び跳ねながら前へ進んでいく。



「わっ! っと! ちょっ! ヤバっ!!」


 線路の数歩手前で倒れこみ、したたかに頭を打った上、線路との段差から頭の半分だけ飛び出た状態になる。




 転んだ拍子にひび割れたメガネから、轟音と共に電車が迫っているのが見える。



 時間が引き伸ばされ、頭がガンガン痛む中、とにかくこの状況がヤバい事はなんとなくわかった。



 でも、体が動かない……。



 『死ぬ』ってこんなに怖いものなのか。



「クソッ。妹さえいればこんな――――――――」



 次の瞬間、俺は顔面を轢かれた。


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