Encounter/襲撃とはじまり

「鳳教授の娘だな?」

 下校中に怪人に声をかけられた。

 怪人?

 いや、ありえないが、怪人というのがピッタリのやつだ。

 声には妙なエフェクトがかかっており、なんだかアニメや映画に出てくるロボット生命体っぽい。

 もっとリアル志向でいうならボイスチェンジャーを使っている犯罪者だ。

「……そうだけど、用は何?」

 花蓮を後ろ手に庇いながら、問いかける。

「“不死身の人イモータル”だ」

 何だそれは。

 何かの映画か何かの単語か?

 怪人は続けた。

「とぼけるな。お前があの日、ニコラの家にいたことを知っている。お前が“不死身の人イモータル”なのだ。違うか?」

 ニコラの家。

不死身の人イモータル”。

 ……賢者の石は飲む者に不死を齎す生命の水を生み出すという。

 まさか。

「来い!その身体、我らのために役立てて貰うぞ」

 そう言い、怪人が掴みかかる。

 咄嗟にマニピュレータで身体を庇う――金属!?

 奴の手は金属で、眼はダイオード。

 ダイオードの目が私を見つめており、オイルの臭いがする。

 となれば。

「花蓮!ペンダントを!こいつ、ロボットよ!」

 信じられないがそうらしい。

 花蓮に鞄を投げて寄越す。

 マニピュレータは頑丈だが戦闘用じゃない――こいつを処理できるのはあれだけだ。

 ロボット怪人がこの行為がなんらかの危険を持つものと判断して、標的を花蓮に向ける。

 ……が、ペンダントはすでに赤く変色していた。

「頭を!」

 プラズマの槍が怪ロボットの頭を撃ち抜く。

 相手の力が緩んだ先に急いで花蓮に駆け寄り、間髪いれずにペンダントの中央に指を突き立て強引に絞りを開く。

「もう一回、撃って!」

 花蓮を抱き上げながら言う。

 これは攻撃のためというよりは別の目的だ。

 強力な反動で私たちは後退り、その彼方に爆発音を聞いた。ああ、やっぱり爆発した!オイル臭ひどかったもん。

 ……ところで、これの後片付けって誰がしてくれるんだろう?


「えー、関係者に思われたくなかったので急いで逃げましたが、状況はすごい悪いです」

 地下研究所。

 私たちはホワイトボードに向き直り、会議をしていた。

「現在、我々……というか花蓮は“不死身の人イモータル”として、謎の組織的な敵――たぶんなんとかトロンって名前よ、賭けてもいいわ――に狙われています」

 私たちはあの後すぐ現場を離れ、地下研究所へと逃げ込んだ。咄嗟に思い付いたのがそこだったからだ。

 ホワイトボードに情報を書き込んでいく。

「言わずもがな、花蓮が事故により取り込んだ賢者の石フィロソファー・ストーンのためですね」

 確証はないが、それ以外の可能性もない。

 賢者の石の絵を矢印で花蓮の絵に繋げる。

「あの場で私たちはストーンの力を使い対処しましたが、となれば当然また襲いかかってくるでしょう」

 石の力をさんざん見せびらかしたのだし、ただでさえ空にビームが上がってる。

 どう考えてもバレる。自明だ。

「それで、私たちこれからどうなるの?」

 花蓮が聞いた。

「ヒーローになる」


 学校は流石に自主休講だ。

 私の母はこの家から出ていったし、花蓮も疎遠から一人暮らし。この時ばかりはそれが都合がよかった。

 結局、スーツは花蓮の希望が通ってタイツスーツだ――対スペクトル物質を繊維に組み込むのには中々手間がかかった。

 原理はこうだ。

 アルカエスト溶液という特殊な液体を使って、花蓮の体内に取り込まれたストーンの危険なスペクトルエネルギーを純粋な電気に変換する。

 その電気を使ってスーツが運動を補助・増幅し、もしもの時には手のひらの絞りを開くことでプラズマビームを放射する。

「花蓮、マーク1の調子はどう?」

 花蓮は実験室を人間離れした動きで縦横無尽に動き回っていた。

「こんなに楽しいなら早くこっちの方針で頼めば良かった!これが実際に戦うんじゃなくてアトラクションだけならもっと良かったのに!」

 そう言う花蓮は今、映画をもとに作成したダミーターゲットと交戦中だった。

 しかし、予想以上に強いぞ。データとはいえ、ハマーのマーク7が苦戦したあのゼクトロン・プライムに優勢なんて。

「アルカエスト容量、まだ76あるわ。まだまだプラズマ撃てるわよ」

 モニターの状況から声をかけると、花蓮は両の手の絞りを開いて回転しビームで周囲を薙ぎ払ってみせる。

 完全に見せ技だ!対多数ならともかく!

「よし、続いて白兵戦シミュレートいくわよ!」

 そう言い、シミュレータのモードを切り替える。

 花蓮の放つプラズマはそう簡単に無力化されないが、それでも強い物質は存在する――それこそ、この実験室の壁のように。

 私は無力化されてはじめて「何!?効かないだと!?」と言い出すような無能ではないのだ。

「ちょっと!?いきなりこれは難易度高くない!?」

 表示されているターゲットはハマーだ。

 彼は優れた科学者であると共に、半神としての雷の力も持っており電撃が効かない。

 なお、この戦闘データはハマーとスティーブンが最終的に喧嘩別れした映画のときのものだ。

「大丈夫よ、花蓮。単純な運動能力なら勝てるわ。隣のスティーブンの動きを見て学んで」

 酷だが、慣れて貰うしかない。

 シミュレータなら負けても大丈夫だが、実戦ではそうもいかないのだから。

 私たちに残された時間は、少ないと言えた――奴等は、私を鳳教授の娘と呼んだ。


「コードネームどうする?」

 お風呂場で私が訊いた。

 我が家の風呂は大きめなので、二人一緒に入れる。

 気恥ずかしいが、今は少しでも話を重ねておきたかった。

「コードネーム?」

 花蓮が聞き返す。

「ほら、何とかマンみたいな奴よ。実名でヒーローしたいなら止めないけど」

 それは煩わしそうだった。

 私は変わり者で通ってるが、花蓮は表向き、普通の女子学生だ。実名でヒーローをするにはむかない。

 ほら、周りの人間に危害がってやつだよ。

「……そうだね、考えとく」

 花蓮はそこまで察しがついたのか、重ために頷いた。

 それからしばらくして彼女が眠りにつくと、夜は私の時間だった。

 私は研究を続ける――力はあって困ることがない。

 カン、カン。

 金属を叩く音は、やはり落ち着く。


 さて、『なんたらトロン』が再びやって来たのはそれから一週間後。

「鳳教授の娘よ、大人しく“不死身の人イモータル”の小娘を差し出せばお前には危害を加えない」

 という熱烈なラブコールで起こされてからだった。

 窓の外には大量の『なんたらトロン』軍団が用意されていた。

 私は躊躇わず花蓮に通信を入れた。

「マーク2を出して。お客さんよ」

 一分後、窓からスーツに身を包んだ花蓮が飛び出した。

 リパルサーで挑発しながら、郊外へと誘導する――私は研究所のモニターから、花蓮のヘッドデバイスを通してその光景を見ていた。

「ふん、我らにあくまで抗うつもりか、小娘」

 月並みな悪役の台詞を吐くなんとかトロンに、花蓮はプラズマブラストで答える。

 そして戦いが始まった。

「敵、後方3体追加よ!」

 私が声を張り上げ、花蓮の死角の情報を伝える。

 映画だと人工知能だったけどこれ大変だな。

「2時の方向から強い熱源反応!相殺できるけど回避推奨!」

 空中を翻り、かわしながら近場の敵を掴みとり相手のビームにぶつける。

 そのままの勢いで突進し、数体まとめてロボットをスクラップにする。後方の相手にリパルサーで対処し、そのまま両の手の絞りを開いて薙ぎ払う――

 花蓮は強かった。

 まさにヒーローだ。

 だが、それでも敵は多く、いくらでもわいてくるようで、いくらかは集中を切らし、通信で指示をする必要があった。見惚れている暇はない。

 花蓮は驚くほど優秀なヒーローだったが、即席の限界はある。私が支えないと……。

 そんな風に、目の前に必死だったからだろう。

 私は背後から来る男に気づかなかった。

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