イモータル・ガールフレンズ/無敵の女友達

ペトラ・パニエット

イモータル・ガールフレンズ

プロローグ/雛里と花蓮の日常と過去

 この世界に、スーパーヒーローは居ない。

 だが、スーパーパワーは実在する。

 おおよそ10年前に太陽系の外側から飛来した力ある石、『賢者の石』フィロソファー・ストーン

 無限の可能性を秘め、各地の研究者の間をたらい回しにされたそれは、ある日失なわれた。

 世間一般ではそれがニコラ博士夫妻を襲った火災事故により損なわれたためだと考えられているが、実際はそれがある少女の身体に取り込まれたためだということを、世界は知らない――


「はあ、結局、映画の中だけなのよね」

 アメリカン・コミックを題材にしたスーパーヒーロー映画の帰りに、親友の花蓮かれんにそう話しかける。

 彼女こそ、件のスーパーパワーの持ち主だった。

「仕方ないよ。そもそも悪役がいないじゃない。それとも雛里ひなりはさ、エキドナやダークミュータントが跋扈してる方がいいわけ?」

 確かにそうだ。悪人はいても、ヒーローの相手になるような悪役ヴィランはいない。少なくとも私の知る限りでは。

「その二つならエキドナかな」

 超人を生み出す実験により、魔術の力に覚醒したスティーブンは私のお気に入りのキャラだ――エキドナはその宿敵だった。

 まあ、細かくいうと彼と北欧マニアの科学者で半神半人のヒーローであるハマーとの絡みが好きなのだが、それはおいておくとして。

「いや、そうじゃなくてさ。結局、ヒーローだってみんなを守るために戦うけど、限界があるじゃん。そういう犠牲のことを言ってるわけだよ」

 確かにそうだ。人はだいたい守るとしても、町には優しくない。

 フィクションのニューヨークや東京ならともかく、私たちが暮らす神庭町のような田舎は吹けば飛んでしまう。

「でも、陰湿ないじめみたいな悪さされるより、いっそその方が分かりやすくない?」

 慣れの問題もある。

 私たちの世界でも、そうなれば相応の組織が作られるだろう。

 私は裏でこそこそとやるような悪事を働かれるよりは、いっそ表だってやってくれたほうが分かりやすいと常々思っている。

「うーん、それはそうかも。でも、それでも私はそうなって欲しくないかな」

 花蓮はつれなかった。


「しかし賢者の石フィロソファー・ストーン、ねえ。鉄を金に変える程度ならまだ良かったのに」

 その夜。

 私は机の上でうんうん唸っていた。

 デスクには賢者の石フィロソファー・ストーンの解析データが映っている――父の遺産だ。

 あの事故の当時、ニコラ夫妻の元に何人かの日本人が訪れていた。夫妻の研究者仲間である鳳教授とその妻、子供、そしてその子供の友人だった。

 つまりその子供というのが私で、子供の友人こそが花蓮だ。

 私はニコラ夫妻のことを、なかなか会えないけどすごく面白い親戚の叔父夫婦ぐらいに思っていたし、だから、その時の私は大親友に彼らを自慢するつもりだった――実際、あの夏の日、暇なときはいつでも彼らは私たちに構ってくれ、面白い装置をたくさん見せてくれた。

 それが良くなかった。

 私たちは、「きっとなにか、また面白いものを作っているのを内緒にしてる」と思ってこっそり実験室を覗きに行ったのだ。

 そうしたら、なんらかのビームを照射されている虹色に輝く綺麗な石があった。

 今ならあれが石の量子スペクトルを安定させるための措置だったとわかるが、当時の私にそこまでの知識はなかったし、花蓮ならなおさらだ。

 虹色の光はストーンの持つある種の揺らぎを持ったエネルギーが可視光線として実体化したものだったし、それはつまりかなり無理をして安定させていたということ。

 不用意に触った花蓮の中に恐ろしい勢いで赤色に変化した光線が流入していくのを見たし、それから光を失った石が砕け散る音と共に、私は強烈な光による眩暈で気絶してしまった。

 次に目が覚めたときには、母が必死の形相で私たちを抱えて火から逃げていた。

 その頃の私は混乱していて、いつの間にか日本に戻っていた。

 父やニコラ夫妻は、あの火の中にいなくなってしまったらしかった。

 それ以来母は塞ぎこむようになり、結果として私と花蓮は四六時中一緒にいるようになった――だって、あの体験を共有できたのは彼女だけだったし、花蓮も同様にそうだった。

 賢者の石フィロソファー・ストーンのパワーは花蓮の中で眠りについていた。

 さて、やがて年が経ち、私が父と同じ道を実現させるヴィジョンが明確になってきた頃のことだ。

 母が、父の研究データのつまったノートPCを私に渡した。

 厄介払いしたかったのだろう。

 そして私は石の正体を知り、また同様に彼女もそれを知った。

 さて、そのパワーを説明しよう。

 端的に言えば、石は特殊なエネルギーを内部から無限に精製し、量子スペクトルによってある働きをもたらす。

 物体をプラズマ化させるのだ。

 そして、花蓮の中に抱えられていたそのエネルギーは臨界を迎えつつあった。

 それから、私の挑戦が始まった。

 今にして思えばあの事故の原因もそれなのだろうが、私には関係ないことだった。

 今さら花蓮なしの生活は考えられないし、それにあれはどう考えても事故だ。まして、今度エネルギーが暴発すれば、こんな小さな島の一つぐらい吹き飛ぶのだから、小さな過去を考える余裕はない。

 賢者の石フィロソファー・ストーンは難敵だった。

 まあ、名前だけとはいえこれまで数多の錬金術師が求めたものにいきなり挑もうというのだから、仕方のないことなのかも知れなかった。

 だが、無念が敵だというなら私には友情のパワーがある。

「今度こそ、上手くいってちょうだいよ……」

 私は今日も祈りを込めて、制御体を作り続ける。


「出来れば、友達にこんなことしたくないのよ?そして成功すればもうしないですむの」

 次の日。

 私は花蓮にそう言っていた。

 エミュレータ上の試算結果は成功し、これから実証試験だ。

 極めて危険なので、この実験は地下の実験室で、なかば監禁するような形で行われていた。

「うん、それはわかったけど……毎度大がかりだよね」

『あの夏』の直前に大幅に拡張された我が家の地下は、思えばこのためだ。いや、この状況を想定していたわけではないだろうが、父はあの夏、次のストーンの研究権利をもらえるよう交渉に行ったのに違いない。

 いくつかは交換の必要があったが、こうして使えるのはありがたいことだ。

「それでは、試作20号及び対スペクトル物質のテストを開始します」

 私の宣言の元に、花蓮が実験室のテーブルの上からペンダントを取る――賢者の石フィロソファー・ストーンのエネルギーを放出するための制御体として、私はペンダントの形を選んでいた。単純に花蓮の趣味に合わせた形だ。

 ペンダントはみるみる真っ赤に変色し、空気の裂ける特有の音と共に光線が発射される。

 要するに雷のようなものだ。

「花蓮、そのまま照射を続けて」

 声を掛ける。なお、雷鳴音がうるさいので特定のチャンネルを経由する通信以外を遮断する特殊なヘッドセットでの通信という形だ。

 試作20号の役割としてはビームが放射されている時点で失敗だが、ペンダント自体はまだプラズマに分解されていない。

 これまでの19個のように分解されて消滅しない可能性がある。

「う、うん」

 花蓮が戸惑いつつもこれに頷いた。

 はじめてのパターンだからだ。

「あと2時間、頑張って耐えてね。……そっちの大型モニターに映画でも映そうか?電力だけはたっぷりあるから」

 立ちっぱなしでなかなか酷だと思うが、我慢していただきたい。私にはデータを取り、必要なら実験を止める義務がある。


 30分後。

 特に変化は見られない。なお画面の中のヒーローは仲間割れをしていた。

 1時間後。

 特に変化は見られない。なお画面の中のヒーローはまだ仲間割れをしている。

 1時間半……よりちょっと前。

「もうだめ……」

 花蓮がふらついた。

「花蓮!?実験は中止よ!ペンダントから早く手を離して!」

 適当な耐熱ガントレットをひっつかみ、実験室のドアを乱暴に開ける。

 ペンダントは未だストーンの力に耐久しているから熱からさえ守れば触っても大丈夫なはずだ。

 急いでペンダントを掴む。

「痛っ!?」

 めちゃくちゃ熱い。

 とはいえ、これでも昔を思えば相当減衰しているほうだ。

 ほとんど放り投げる勢いで花蓮の手からペンダントを奪い取り、そのままガントレットを投げつけるようにして外す。

 見れば、ペンダントは徐々に赤みが抜け、安定状態に戻っていた。

 これは、大きな進歩の一歩だ。


「つまりさ、あの電力をなんらかの用途に使えば、あれでもいいのよ」

 次の日、私は教室で花蓮にそう説明していた。

「あれだけの放射を経てアルカエスト溶液は六割がまだ残ってた。知っての通り、あのプラズマは花蓮の身体には被害を与えない。昨日倒れたのは単に反動にやられただけだしね」

 フグは自分の毒では死なない、というように花蓮もまた自分のプラズマでやられることはなかった。

 どうやら、一時的に人とプラズマの中間のような状態になるらしい。とはいえ服は別なので実験中はラバースーツを着てもらったが、それとてプラズマが抑えられてきた最近の実験のことだった。

「あの、雛里。手は……」

 花蓮の質問には答えず、続きを言う。

「いっそ、ハマーみたいなメタルスーツでも作る方がかえって楽なのよ。まあこの前言った通り、相手がいないけどさ。あれだけのエネルギーを小さく抑えるっていうのが技術的には……」

 と、話の途中に割り込まれる。

「鳳、お前のそのロマン溢れるグローブはなんだ?」

 いつの間にか入ってきた担任が手を――というかグローブを掴んでいた。中々メカメカしくてかっこよく出来たと思う。うん。

「うっかりドジをして少し手を焼いてしまったので、その補助用マニピュレータです」

 引っこ抜いて中身を見せてやる。

「……鳳、大怪我をしたときぐらい妙なものをつけんで素直に包帯でも巻いてなさい」

 担任は引いた声を出して去っていった。

 確かに少しあとは残ったが、そこまで大怪我かな?これ。

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