第8話

ノア艦内のとある一室。


白神・アルビーノ・歌燐たちは午後の集会に参加するため、宇佐美兄妹は一度、宛てが われた部屋で待機する事となった。


「いやぁ、今日は充実した一日だったな。アイトーポは追っ払ったし、三柱に挨拶は済んだし。 あとは、今カリン達が出席している集会で俺らの扱いが決定されて、ノアの船上員全員に俺たちの立場が認識されるのを待ってからの食事だな!ニンゲンの飯かぁー…美味いんだろうな!まぁ、その時かその後で俺らはあの恐ろしい目つきの艦長に呼び出されて俺らの世界の情報を洗いざらい吐かされるんだろうけどさ」


ベッドのスプリングをキシキシと伸縮させながら宇佐美湊兎は腰掛ける。

宇佐美海月 は重い鉄扉を閉めたあと、内側から施錠をした。


部屋は白神・アルビーノ・歌燐たちと同じ造 り、同じ広さだった。


安藤輝子は一人一室用意すると言ったのだが、宇佐美兄妹はそれを拒否し、二人で一部屋にしてくれと言い切った。


「ば兄ちゃん」


外の光が届かない鉄の塊の中、暗い部屋の中でも夜行性のウサギの目はよく見える。

深海に住むクラゲも暗さには慣れている。


一歩一歩、宇佐美海月は静かに湊兎へと歩み寄る。


「どうした? 妹よ」


茶化すような笑みを浮かべる兄。


しかし妹は真剣だ。


「ば兄ちゃん、脱いで」


ベッドに腰掛ける湊兎の両足をまたいで、海月はベッドに両膝をつく。


「妹よ、お前の愛は嬉しいのだが今日はそういう気分じゃないんだ。また別の日だったら いくらでも相手してやるぜ?」


あくまでフザケた調子の湊兎。いつもの軽薄な笑みも忘れてはいない。


「いいから。自分で脱げないのなら、ミツキが脱がす」


宇佐美海月は本気だ。やると言ったら必ずやる。

その事をよく知っている宇佐美湊兎は、諦めてため息をつくと、穴だらけのパーカーを脱ぐ。


「わーかったわかった。ったく、兄ちゃんお前には敵わねぇよ」


I Love ニンジンのTシャツも脱ぎ捨て、フサフサの毛で覆われているはずの体を露にする。


しかし、そこにあるはずの白い毛皮はゴッソリ剥がれており、痛々しい皮膚の真皮が露になった。


「やっぱり」


赤く腫れ上がった宇佐美湊兎の上半身を痛そうに見つめる海月。

思わずその体に手を伸ばしてしまいそうになるが、触れる直前で恐ろしくなり引っ込める。


「あんなニンゲンのクソ男のために…」


しかし、宇佐美海月は宇佐美湊兎を咎めない。

湊兎のやる事には全て意味があると信じているからだ。


ただ、自分の中で消化しきれない、悔しさや怒りは拭いきれない。


「いいんだ、俺はニンゲンが大好きなんだから。それに、あのニンゲンはあのニンゲンなりに他人の命を大切に扱おうとしていた。まぁ、あの場で最優先するべきなのは自分の命だし、 カリンを傷つける発言はいただけなかったがな」


エリア一三六六で白神・アルビーノ・歌燐が助けた男。

アイトーポのトリモチに囚われた彼は、 トリモチから脱出するために服を捨てなくてはならず、代わりの服として歌燐が生命エネル ギーによって具現化させた服を着せようとしたのだが、突っぱねられてしまった。


「あのニンゲンになんて言ってば兄ちゃんの毛皮を着せたの? あいつ、アヒトの毛皮なんてとか言って着たがらなかったでしょ」


海月は内ポケットから塗り薬を取り出して指先にとると、湊兎の体に塗っていく。

宇佐美湊兎は触れられる痛みに素直に反応し、顔を歪ませる。

宇佐美海月は、なるべくそっとクリームを塗り広げていく。


「あぁ、それは簡単だ。俺はコワーイ顔をしてこう言った。毛皮を受け取らないと、面倒だからこの場で殺っちまうぜ? ってな」


そんな海月を、まるで励ますかのように湊兎は茶目っ気たっぷりにライオンの真似をしてみせるのだった。

そのユーモアに海月は哀しげな笑みで返す。


「…そっか」


宇佐美湊兎はニンゲンが大好き。


だから、たとえ我が身の一部を犠牲にしても、ニンゲンに嫌われ ても、ニンゲンの意思を尊重し、ニンゲンを救う。


「けど、だったらその服をあげればよかったのに。そんなにカリンを傷つけたくなかった?」


男は最後まで、カリンの用意した服を受け取らなかったのだろう。

もし代わりに湊兎の服を渡してしまったなら、カリンは湊兎の服が一枚なくなっていることに気が付いてしまう。

だから湊 兎はカリンの目に触れられることもなく、再生する毛皮を男に剥いで渡したのだと海月は考えた。


「それもあるが、この服は兄ちゃんのお気に入りだからな。そう安やすとやれねぇんだわ」


ベッドの上に丸めて置かれたボロボロのグレーパーカー。

それを見る度に海月は少し憂鬱になる。


「ば兄ちゃん、ミツキはいいんだよ? ば兄ちゃんが責任を感じる必要なんて無い。だってミツキが今もこうして、ば兄ちゃんと一緒にいられるのは、ば兄ちゃんのおかげなんだから…」


「それでも、俺はお前を世界で一番不幸なジュエティアなんかにさせない。…絶望の幕切れを迎えるのは、白神・アルビーノ・歌燐だ」


海月の持ち出した塗り薬は、アヒトモンドの最高級品。極々一部の貴族しか手に入らない貴重品。海月はそれを惜しげも無くたっぷりと湊兎の体に塗っていく。

すると、塗ったそばから、 もう湊兎の体に白くて柔らかい産毛が生えてきていた。


「ば兄ちゃん…」


青い瞳を潤ませて、海月はそっと湊兎に抱きつく。そのまま宇佐美兄妹は組み伏すような体勢になり、湊兎は鉄の内壁をボンヤリと仰いだ。



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ノア艦内、第一会議室。 今日のアイトーポ戦における報告を各三柱から受けた安藤輝子は議題を進める。


「では、次にアイトーポの捕虜に関してだが、何か聞き出せたか?」


「いえ、どんな尋問にも口を割りませんね。所持品から彼がアドミラル級であると推測していますが、何故か名前がどこにも記されていません」


「ほぅ…? 名前を知られたら厄介な事でもあるのかねぇ」


その時、白神・アルビーノ・歌燐の脳裏に過ぎったのは、宣誓書、アンリーシュのことだ。


「あ、あの」


「なんだ? 歌燐」


「その事についてなんですけど、もしかしたら本当に彼らは名前を知られることを恐れているのかもしれません」


「と言うと?」


そこで、白神・アルビーノ・歌燐は、深道クロエと共に、宇佐美兄妹から得たアンリーシュについての報告を行った。


「ふむ。つまり、そのアンリーシュという宣誓書に名前を記された者は本能の一部を“エиş ৳ɪ иɕ৳”という合図に乗っ取られ、そこに記された事項を本能としてプログラミングされるというわけか。それで、そのアンリーシュとやらの効果はどのくらいの権限を持っているんだ?」


「アンリーシュの効果は絶対的。そしてアンリーシュにより決定された事は国家権力を持っ てしても揺るがすことができない。それどころか、国家権力そのものとも言える」


深道クロエは、宇佐美海月から得た情報を分析したものを報告する。


「なるほど。だから連中は所持品に名前を書かないし、我々にはアンリーシュによる戦争をふっかけてこなかったというわけか」


アヒトたちがアヒトモンドの文化に基づき、アンリーシュによる戦争のやり方を初めから人間相手に採用してこなかったのは、その方が彼らにとって好都合だからだ。現在人間がアヒトに対抗できる手段は生命エネルギーのみ。正直言って、あとは気休めでしかない。だが、も しもアヒト一匹捕まえて、そいつの名前を使い、強制的にこちらに有利な条件でゲームを行 えば、十分な対抗手段と言える。


「だが、不可解な点がある。それだと、アヒトモンドのあちこちでアンリーシュによるゲームが行われ、国のバランスは簡単に一個人によって操作されてしまうだろうに…情報が足りない。 歌燐、宇佐美兄妹を連れて来い」


「はっ!」



そして会議室に宇佐美兄妹が呼び出された。


「なんだなんだ? お呼びがかかるのは夕食後だと踏んでいたのにもう出番か?」


会議室の長テーブル。

その席は扉から遠い順に艦長の安藤輝子、副艦長、海星マリ、陸部 レイ、白神・アルビーノ・歌燐、深道クロエとなっている。


宇佐美兄妹は安藤輝子と対峙する 位置に椅子を一つ置き、湊兎の膝に海月を乗せて座った。


「んで、何が知りたい?」


「まず、アンリーシュについて詳しく教えてもらおうか」


「了解。えっと、さっき俺らがカリンとクロエに話したことは伝わっている前提で話していいの か?」


宇佐美湊兎が右斜めに座る白神・アルビーノ・歌燐に目配せする。


「はい。私と深道さんがうかがっていることは全てお話してあります」


「なら疑問点は、なぜアヒトモンドのあちこちでアンリーシュによる国盗り合戦が行われていないのかということだろう。それについては簡単だ」


宇佐美湊兎は、ポケットから先程の“ドローン4 vs 4”のアンリーシュを取り出して皆に見えるよう広げて見せた。


安藤輝子はじめ一同、少し前かがみの体勢になってアンリーシュに注目する。


「アンリーシュのゲームタイトル“ドローン4 vs 4”の下に、 “主”と書かれているだろ。今回は白 神・アルビーノ・歌燐。ここに名前が書かれた奴の立場的順位によって、そのゲームの参加強制力、規模、賭ける物の価値が決まる。主の順位が高ければ高いほど、名前を書かれた 奴らはゲームに参加せざる負えなくなるし、相手から奪う戦利品も豪華なものを設定できる。 つまり、王様は周辺諸国の王様たちをとっ捕まえて幾らでも国を賭けたゲームができちまうが、…まぁそんな愚王は流石にいねぇな。んで、逆に庶民はいくら王政に不満があって革命を起こすようなゲームを王にふっかけようとも、庶民ごときが作ったアンリーシュでは王をゲ ームに強制参加させられないというわけだ」


「その、立場的順位というのは?」


「順位も俺らの本能が無意識に認識して決まる。分かりやすく言うと、ペットの犬にナメられれば飼い主の順位は犬より下。それは犬は勿論、飼い主も無意識に感じるもんだ。だから 飼い主は犬からのゲームは受けなくちゃならんが、逆に犬は飼い主からのゲームを受ける必要はないという事だ」


「飼い主と犬の間に順位認識の齟齬があった場合はどうなるんだ?」


安藤輝子は宇佐美湊兎の例えをそのまま使って質問する。


「その場合は、強制力は無効となり、ゲームは参加自由となる。同程度の順位の場合でも同じ。また、順位の差があればあるほど上の者の強制効果は絶大となる」


安藤輝子は顎をさすりながら宇佐美湊兎の説明を頭の中で整理する。白神・アルビーノ・歌 燐たちの証言により、アンリーシュの力は本物だと考える。アヒトの体の作りからして人間の作る一般的な武器が通用せず、対抗手段が歌燐の生命エネルギーによる武器でしか持ち合わせていない現状、アンリーシュというアヒトの対抗手段になりうる情報を得たことは大きい。

うまく使えば、新防衛省の皆がアヒトたちと対等に渡り合う手段を獲得したと言える。


「わかった。アンリーシュについては、また後日検証も兼ねて詳しく聞くとしよう。次にお前達の世界、アヒトモンドについて聞きたい」


ここは一旦議題を次に進める事にした安藤輝子は、アヒト戦の核心に迫ることにした。


「質問の幅が広いな」


「では、質問を変えよう。これはここにいる者達のみならず、全国民が疑問に思っていることだ。お前達、アヒトの目的はなんだ?」


突如やって来た異世界から地球への侵入者。

だが、接触できたのは下っ端の兵のみでそ れにも手こずり、なんの情報も掴めてこれなかった始末。

ゆえに安藤輝子たちは、アヒトたちがなぜこちらの世界を襲うのか知ることもできなかったのだ。


ただ防衛の一方。

有力な情報は愚か、些細なことすら何も掴めていないのだ。


そのもどかしさ、悔しさ、怒り、悲しみは限界を迎えていた。


「第一次アヒト戦から今回のアイトーポ戦までの間に、我々は様々なアヒトからの奇襲を受けてきたが、その目的が一向に判明せず、犠牲者が出る一方だ。お前達の目的はなんだ? 人間になんの恨みがある?」


後半、口調にトゲが見られたのは、そういった感情と犠牲者への無念からだろう。

実際、第 一次アヒト戦から分かっているだけでも死者は四〇〇〇万人。

それも、日本列島特異的に アヒトモンドと人間界を繋ぐ異空間の入り口が開くらしく、日本の人口のみがアヒトによって半減させられてしまったのだ。


さらに悪いことに、この入り口がなぜ日本付近にのみ開くのか原因がまだ不明であることから諸外国がとった処置は、日本の強制鎖国化。原因が何にあるかわからない以上、原因物質が自国に紛れ込むことを防ぐため、日本からの輸出は全面 禁止。

更には以降一度日本へ足を踏み入れた者は二度と日本から帰国する事も許されな かった。


こういった背景もあり、第一次アヒト戦からの復興が遅れているというのが大きい。


「恨みなんて無いさ」


宇佐美湊兎は鼻で笑うように言った。

その態度に安藤輝子は眉を引くつかせる。


「では、なぜお前達アヒトは我々人間を襲う?」


「それを理解してもらうには、まずはアヒトモンドの仕組みについて知ってもらうのがいいな」


そうして宇佐美湊兎は膝元の海月の頭を撫でる。


二人がこれから語るのは、アヒトモンドの 全貌である。


「俺らの世界は、それぞれの種が国を作り上げ、国ごとにハッキリとした順位がある。ガトリアの国、ユーチェロの国、チェルボロの国、レオネルの国ってな」


「そして国の順位によって、その国に所属する種は立場が決まる。強者は弱者を喰らおうが隷属させようが自由にできる」


「けど弱国は強国に搾取され続けているだけでは滅亡の道を進むだけだ。なら、弱国はどうする?」


「さらに自国より弱い国から搾取する」


「そう。だから下位層の国々の入れ替わりは激しい。だが、国を動かすほどのゲーム。物資 も不足するし、勝つための新技術の開発も必要。その供給としてうってつけだったのが、」


「未知の星、地球。そしてニンゲン」


安藤輝子の右手が机の上に打ち付けられ、宇佐美兄妹の会話のような説明を遮る。


「待て。なら、地球にやって来るアヒトはアヒトモンドの下層、つまり弱小国に我々は圧倒されているというのか?」


「そのとおりだな。上位国はわざわざ危険を侵して自ら異世界へ足を運ぶメリットは少ない。 まぁ、隷属化させた国の奴らを派遣して、自分達はノーリスクで物資だけ貪るって上位国もあるが、何れにせよ地球にやって来るのは下位国の弱い奴らだ」


安藤輝子の言うとおり、地球にやって来るアヒト達が物資や技術不足の状態なら、人間はそんな状況の者達にすらやられっぱなしという事になる。派遣元の上位国がノーリスクという 宇佐美湊兎の言い方から察するに、上位国から下位国へ派遣費用の肩代わりも無いのだろう。


一同、未だ見ぬ強国の存在を垣間見ると、白神・アルビーノ・歌燐はクラっと意識が遠のき、陸部レイは思案にふけるように両肘を机につきうなだれ、海星マリは驚嘆して目を見開き、深道クロエは生唾を飲み、安藤輝子は舌打ちをした。


「それで、どうやってアヒトはこちらの世界に来ているんだ? 次から次へと攻め込んで来ないということは、それなりに地球への渡航は危険な行為とみるが」


「近年、俺たちの星に急接近した彗星。それが空に穴を開けた。その穴の先に繋がってい たのがここ日本。その穴は次第に収束し始めたんだが、ある国が閉じきる前の穴にシオリを挟んだ。それから研究が進み、アヒトは自由にその入り口を開閉できるようになって、およそ 三日間の旅を経て地球に到着できるようになった。まぁ、危険な旅ではあるのには間違いねぇがな」


三日間、たったそれだけの時間で異世界を行き来できてしまう。


だが、逆に言えば三日間も異空間の中を真っ直ぐ彷徨い続けなければならないということでもある。


「で、その入り口はどこにある? アヒトモンドと地球…日本を繋げているというのなら、日本からもその穴が確認できなければならないはずだ。だが、そんな物は見たことが無い」


はっ、と宇佐美海月が鼻であざ笑い、安藤輝子の疑問に答える。


「当たり前。ニンゲンの残念な目の造りじゃあ入り口は見ることができない。もし仮に、万が一 にでもニンゲンがその入り口を見つけたとしても、アヒトモンドへ行こうだなんて考えない方がいい。通過にはアヒトの素材と技術で作り出される戦艦強度と体の作りでギリ耐えられる 程度の負荷がかかるの。技術と細胞まで貧弱なニンゲンじゃあ通過する前に木っ端微塵に なるのは目に見えているわ」


癪に触るような言い方をする宇佐美海月だが、その手の挑発は安藤輝子に通じない。

それよりも確認しておくことがあった。


「では、お前たち二人なら入り口が開いたら見えるということか?」


宇佐美兄妹もアヒト。

なら、目の造り的に入り口が開けば見えるということになる。


「もちろん。しかも俺は見えるだけじゃなく、入り口の開く音やその先の音およそ一キロ圏内の範囲を聞くこともできるぜ。異空間のトンネルは音を伝える距離としてカウントされねぇらしいからな」


宇佐美湊兎は長く垂れた黒とオレンジのタトゥーが入った耳を自慢気にパタつかせた。


「そこでだ、俺達を正式にカリンに付けろ。そうすりゃ、いつどこに入り口が開いたか教えてやれるし、アヒトの強靭な肉体と能力を駆使して敵を蹴散らしてやる。弱国の雑魚共を蹴散らさんことには上も出てこねぇ。当面は上を引っぱり出すためのゴミクズ掃除をする事にな るからな」


安藤輝子は目を閉じ考え込んだ。宇佐美湊兎のこの要求を呑むという事は、宇佐美兄妹を 正式に白神・アルビーノ・歌燐と同等の地位を与えるという事だ。


「私は反対です!」


異論の声を上げたのは、意外にも海星マリだった。


「こいつらだってアヒトですよ!? 私達に加勢すると見せかけて裏切るかもしれない。他国同士で争っているとはいえ、戦闘中、同種の命乞いに同情して寝返るかもしれない。そんな のを首輪も付けずにのさばらせるなんて危険だと思います!」


海星マリの意見はもっともだ。

陸部レイも副艦長も海星マリの意見に賛同を示すように頷い ている。


「ちょ、ちょっとお待ちください。さっきあんなにウェルカムムードだったじゃあないですかっ。 こちらに味方してくれると言ってくださっているのです。ここは素直に条件を呑むべきです」


最悪の死を条件に生命エネルギーの供給源を宇佐美海月に頼っていている白神・アルビ ーノ・歌燐からすれば、宇佐美兄妹をいつも側に置いておかなければならないから必死だ。

慌てて海星マリの意見に対抗する意見を述べる。


「それに、首輪なら付いてるぜ。な、カリン」


と、宇佐美湊兎は自分の首に取り付けた金のリングを一同に見せつけ、白神・アルビーノ・ 歌燐に説明を促す。


「ミナトさんのこの首に付いているリングは、アヒトの技術で作られた爆弾が仕込まれています。そしてこちら、」


白神・アルビーノ・歌燐は自分の首に提げたデミハンターの懐中時計を取り出す。


「この針を十二時に合わせた時、ミナトさんのリングが爆発する仕組みとなっています。ですから、二人が少しでも妙な真似をすれば私が責任を持って始末いたします」


“始末”


その強い言葉は、発した張本人である白神・アルビーノ・歌燐の身を引き締めた。


「だが、それもこの二人から渡されたものだろ? 信用できないな」


それでも尚、海星マリは疑いの目を向ける。


「それについては問題ない。懐中時計と首輪を、私と技術班の方で調べたところ、超超音波型遠隔操作爆弾としては至って単純な作りだった。偽物とは思えない」


安藤輝子の太鼓判に、海星マリもそれについては納得したらしく、浮かせていた腰を椅子に 下ろした。


「けど、やっぱりこの二人は監禁すべきですよ。のさばらしなんてできません」


ふーむ、と暫く考え込んだ安藤輝子は、不意にイタズラっぽい目になると、パチンと指を鳴 らし、白神・アルビーノ・歌燐を指差した。


「では、しばらくの間二人には二十四時間体制で歌燐を付けよう」


ほへ?


と、間抜けな声を出したのは白神・アルビーノ・歌燐だ。


「まぁ、それなら」


と、何故か引き下がる海星マリ。


「なら、決まりだな。すぐ三人部屋を手配しよう」


「ちょ、ちょっと待ってください! 部屋まで一緒なのですか!? 私のプライベートはどうなるのでしょう!?」


「安心しろ、ほんの様子見の間だけだ」


不確定で説得力のない答えに白神・アルビーノ・歌燐は冤罪を訴える被告人のような叫び を上げる。


「そんなのって無いです! 私にすべて押し付けるつもりですか!? 様子見の間ってどのくらいですか!? 仮にも年頃の男女が同じ部屋で寝るだなんてことが許されるとでも思っていらっしゃるのですか!? ミナトさんも何とか言ってやってください!」


「俺は別に構わんぜ。ニンゲンの女の子と一つ部屋の中だなんて想像しただけでもゾクゾクするね」


「あぁ、私が馬鹿でした。ミツキさん!」


「ミツキはば兄ちゃんと一緒なら何でもいい」


宇佐美海月にまで見放され、盛大に頭を抱える白神・アルビーノ・歌燐。ニヤニヤし始めた 安藤輝子は若干、変態モードに突入しているかもしれない。


「歌燐、これも皆のためだ。お前のおかげで皆が安心してノアでの勤務を続けられる。これは 艦長命令だ。頼んだぞ」


ここまで言われてしまっては何も言い返せない気弱な白神・アルビーノ・歌燐は、深くため息をついてから、今晩の夕食にデザートを付けることを条件に了承した。



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三人に宛てがわれたのは、二段ベッド一つと一段ベッドが一つ、つまりちょうど三人分の寝床が用意され、あとは簡単な洗面所とシャワールームと机とクローゼットがあるだけでギュウギュウの部屋だった。


だがこれは、ノアの中ではスイートルームに匹敵するまでとは言わないが、デラックスルームぐらいは言ってもよいほど立派な部屋だった。


食堂で夕食を終え、 (ちなみに今夜はカレーライスとデザートには人参ゼリーだった)白神・ アルビーノ・歌燐は衣服を新しい部屋に移動させると、やることが無くなってしまった。

宇佐美 兄妹は一段ベッドを二人で使って眠っている。


「まったく、お二人は夜行性ではないのですか?」


寝ている二人に向かって話しかける白神・アルビーノ・歌燐。 起きて喋っている時は、どことなく陳た笑顔で、全てを挑発するかのような物言いの宇佐美 兄妹。


ウサギとクラゲという、異色の組み合わせで兄妹と言い張るそのチグハグさ。


海星マリの言う通り、まだまだこの二人の警戒を怠るべきではない。

だが、こうして寝顔を見てみると、それはどこにでもいるただの兄妹の姿で…いや、少し仲が良すぎる兄妹の姿であり、白神・アルビーノ・歌燐に、もしかしたらこの二人はただの子供なのではないかと錯覚させるほどの無防備な寝顔であった。


「今日はいろいろありましたもんね。お二人とも、お疲れ様でした」


白神・アルビーノ・歌燐は心の奥に何か温かいものを感じながら、暫く二人の寝顔を見つめ、 それからシャワーを浴びることにした。


洗面所で衣服を脱ぎ、ポイと床に脱ぎ捨てると、シャワールームへ直行した。

決して広いと は言えないシャワールームはリラッスクのためではなく、ただ汗を流すだけの設備に過ぎない。


けれど、疲れた体に温かい湯の玉がコロンッコロンと打ち付けられ、溜まっていた疲労 が削ぎ落とされていくようだ。


鼻歌交じりにシャワーを浴び、頭と体を洗っていく。

歌を歌うと 心が楽しくなり、自然と愉快な考えが浮かんでくる。


「そういえば、ウサギは水が苦手でしたっけ? なら、ミナトさんはお風呂はどうしているのでしょう? ミツキさんはクラゲ型ですから、水は得意ですね。けれど、お湯では溶けてしまわないのでしょうか? あとで聞いてみましょう」


そんなことを一人呟きながら、泡を流し終え、シャワールームから出ると、用意しておいたタオルで白い体と髪を丁寧に拭いていく。


しかし、ここで白神・アルビーノ・歌燐は重大なミスに気がつく。


(着替えを持ってくるのを忘れていました…)


ソローリ、洗面所と寝室を隔てる扉から顔だけ覗かせる。


宇佐美兄妹は、まだスヤスヤと眠っている。クローゼットは宇佐美兄妹の眠っているベッドのすぐ隣。

だが、上手くやれば気 づかれずに服を取り出せる。


(よしっ)


湿ったタオルを体の前に握りしめ、抜き足差し足忍び足でクローゼットに近づく。


スペースを 取らないように横スライド式になっているクローゼットの扉を、少し忌々しく思いながらゆっく りスライドさせていく。


ガタッと音がする度にビクビクして動作を止めながらも、なんとか衣服を取り出せるくらいにまで扉を開けることができた。


ホッとひとまず安心した白神・アルビーノ・歌燐は、取り出そう としたネグリジェの隣に掛かっている宇佐美湊兎のグレーパーカーに注意が向いた。


穴だらけで、ボロボロのパーカーだった。


なぜこんなにボロボロになるまで着古しているのか、そ れほど愛着があるのか、好奇心を掻き立てられた白神・アルビーノ・歌燐は、タオルを床に 落とし、グレーパーカーを手にとってみる。


一見、何の変哲もないただのボロ着だった。

生地の裏を見てもポケットの中を見ても、特にこれと言って変わったものではなさそうだ。


そして白神・アルビーノ・歌燐は、好奇心に歯止めをかけることができず、ボロ着の匂いを嗅いでみた。


「うーん、意外と臭くはないようですね。こんなにも着古しているのに、よほど丁寧に洗っているのでしょうか?」


「そりゃあ俺のお気に入りだからな」


突然背後から声がしたので勢い良く振り返り、身構える白神・アルビーノ・歌燐。だがその時、 床に落としていたタオルに足を取られ、バランスを崩してしまう。


「きゃっ!」


「おっと、」


床に背中を打ちつける前に宇佐美湊兎に支えられ、痛い思いをせずに済んだ白神・アルビーノ・歌燐だったが、宇佐美湊兎に素肌を触れられ、恥ずかしさのあまり辛うじて体の全面を隠すグレーパーカーで顔まで隠す。


しかし、このグレーパーカーが宇佐美湊兎のものである事を不意に思い出し、さらに慌てて目を回しだす。


「あのっ!ミ、ミナトさ 「しーっ」


と、パニックで叫びだしそうな白神・アルビーノ・歌燐の口元に人差し指を当て、歌燐をくるり と自分と同じ方向へ体を向けるように回すと同時にパーカーを歌燐に着せる。


歌燐より一回り体の大きい宇佐美湊兎でもブカブカなパーカーは、当然歌燐には大きすぎるが、今はそ れが好都合だった。


「あっ、あの! ミナトさんっ」


声のボリュームは落としながらも、まだパニックは収まっていない白神・アルビーノ・歌燐は、 なんとか弁解をしようと脳みそをフル回転させるが、余計に混乱するだけだった。


「まぁ落ち着こうや。ミツキが起きちまう」


妹のことを最優先に考える、宇佐美湊兎らしい発言だった。


白神・アルビーノ・歌燐は一生懸命に頷き、肩にかかるパーカーの生地をぎゅっと引き寄せる。


実際に着てみると、さらにボ ロボロなのが気になり、着心地もあまり良いものとは言いがたかった。


「あの、ありがとうございます。それとその、勝手に触ってごめんなさい」


「まぁいいさ。俺もカリンの裸体に触ったわけだしな」


顔を見なくても白神・アルビーノ・歌燐には今、宇佐美湊兎がどんなにニヤニヤしているか想像がついた。

シャワーのお湯で火照った体も既に冷めていたというのに、カッと全身が熱く なった。


「い、いつから起きてらしたんですか?」


「ずっと起きてたぜ? 俺は妹と寝るが、妹と眠らない」


奇妙な言い回しをする宇佐美湊兎に、それはどういうことか? と尋ねるように、白神・アル ビーノ・歌燐が肩越しに宇佐美湊兎を覗き見ながら小首を傾げる。

だが、宇佐美湊兎はその視線を軽く無視する。


「さぁ、いつまでもそんな穴だらけのパーカーを着ていたら風邪ひくぜ。俺はあっち向いててやるから着替えな」


そう言って宇佐美湊兎は宇佐美海月の眠るベッドではなく、二段ベッドの下の段に横になる と、クローゼットに背を向けた。


白神・アルビーノ・歌燐はクローゼットから、白いネグリジェを取り出すと、入れ替わりにパー カーを丁寧にハンガーにかけ、頭からネグリジェを被った。

首を通し、両腕も袖に通すと、光沢のある白が僅かな光に反射して波打った。

床に落ちたタオルを拾い上げ、洗面所に脱ぎ 捨てた洗濯物と共に洗濯カゴへ入れる。


「さ、先程は失礼しました。ミナトさん」


白神・アルビーノ・歌燐が背中を向ける宇佐美湊兎に声をかける。

湊兎はゆっくりと上体を起こし、両脚をベッドから下ろすと縁に腰掛けるような形になり、隣の空いたスペースに白神 ・アルビーノ・歌燐を座るよう促した。


一瞬躊躇った白神・アルビーノ・歌燐だったが、促されるまま同じようにベッドの縁に腰掛けた。


「カリン、いい機会だからここで話しておこうと思う」


いつに無く真面目な顔をする宇佐美湊兎。白神・アルビーノ・歌燐もつられて神妙な面持ちになる。


「カリンは、俺がどう見える?」


「ウサギ型アヒト、コニアに見えます」


「カカッ、そうだな。じゃあ質問を変えよう。俺とミツキの関係をどう思う?」


宇佐美湊兎と宇佐美海月は兄と妹。そういう関係だと聞いている。

だが、わざわざ質問して くるということは、違うとういことなのだろうか?

やはり、ウサギとクラゲで血の繋がった兄妹 というのは考えにくい。

義兄妹というのが普通だろう。


だから白神・アルビーノ・歌燐は、宇佐 美湊兎はきっと、自分たちがちゃんと兄妹に見えるかどうか訪ねているのだと思った。


「大丈夫ですよっ。お二人とも、とても仲がよろしいですし、誰がなんと言おうと立派な兄妹ですっ」


励ますように、胸の前で拳をぐっと握りしめてみせた。

そんな元気いっぱいの白神・アルビ ーノ・歌燐に、宇佐美湊兎は少々苦笑いだ。


「そうか。だがな、カリンも分かっているとは思うが、俺達は本当の兄妹じゃない」


白神・アルビーノ・歌燐は黙ったまま、宇佐美湊兎の真剣な瞳に吸い込まれていく。


「俺はコニア、ミツキはジュエティア。だから当然、俺はコニア国の出身だし、ミツキはジュエティア国の出身だ」


湊兎は何が言いたいのかイマイチその真意が掴めない白神・アルビーノ・歌燐は、宇佐 美湊兎の次の言葉を待つ。


「さっきの会議で、アヒトモンドの国は順位があると言っただろ? 順位によって、上位国は下位国をどうにでもできる。ジュエティア国はその上位国の代表格。つまり、アヒトモンドのトップ大国家なんだよ。そして、ミツキはジュエティアの大貴族、ジュエリー家の一人娘だった」


それには白神・アルビーノ・歌燐も驚いた。


つまり、宇佐美海月は、超エリート貴族のご令嬢 で、本当の名前はジュエリー海月だと言うのだ。


「上位国であるほどその地位が揺るぎないものになっていくことは、アンリーシュの仕組みでわかるな? ジュエティア国は上り詰めるところまで上り詰め、次々に下位国を従えていった。ジュエティアは皆、豪邸に住み、いい飯食って、貴族一人に奴隷一つは当たり前。もちろん、ミツキにも親から奴隷が渡された」


白神・アルビーノ・歌燐は、その奴隷が誰か分かってしまった。

奴隷は満足な食事を与えら れてこなかったため、低体重に陥る。衣服だって、ボロ切れのようなものを着せられるだろう。


そして、奴隷であることの証として、体に印を刻まれる。


「それが、ミナトさんだったのですね」


「ああ。コニア国は最下位常連国。奴隷大国と成り果てていたからな。俺も奴隷として色んなところをたらい回しにされ、ミツキの所へやって来た」


宇佐美湊兎が元奴隷だと言うのなら、白神・アルビーノ・歌燐が湊兎と海月を乗せた時に、 湊兎が妙に軽かったことも、ボロボロの服を着ていることも、耳の彫刻はタトゥーではなく、 奴隷の焼き印だという事が繋がった。


「けれどミツキさんは、奴隷であるミナトさんに優しかった。だからお二人は兄妹のように仲良くなった、と言う事ですね」


白神・アルビーノ・歌燐はその後の展開を自分なりに予想し、ドラマチックな美談に着地しようとした。


この説は案外的を得ていると思った。

だが、宇佐美湊兎は鼻から堪え切れなくなった笑いをクスクスと漏らした。


「いや、ミツキの俺への扱いはそりゃあ酷いもんだった。足をスープに浸して舐めさせてきたり、触手で鞭打ちしてきたり、毛に火をつけてきたりと、あの冷酷な表情でやりたい放題だったぜ?」


とんだ早合点にガックリした白神・アルビーノ・歌燐だが、なぜか湊兎は楽しい思い出を語っ ているかのように見えた。


「けれど、それならなぜこんなに今は仲睦まじいのですか? ミツキさんの性格からして、生半可な事では主従関係を崩すような事は認めないと思うのですが」


「カカッ、なかなか手厳しい意見だけど当たってるだけに何も言い返せねぇな」


宇佐美海月が聞いたら触手を出してきそうな発言に、宇佐美湊兎は大いに笑い、白神・ア ルビーノ・歌燐は自分の失言に慌てて口を両手で覆った。そして海月が眠っていることを確認すると、ホッと胸を撫で下ろし、改めて宇佐美湊兎に向き直る。


「ということは、何かキッカケのようなものがあったのですか?」


「そうそう。遠い目をして語るなら、 “あれは、 ”から始まる話だ」

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