第7話

深道クロエの部屋まで戻ってきた白神・アルビーノ・歌燐と宇佐美兄妹。


海星マリは仮眠をとりたいからと、そのまま自室に戻っていった。


「深道さん、入りますよー」


今度は三回ドアをノックしてから扉を開ける白神・アルビーノ・歌燐。

しかし返事は返ってこない。

白神・アルビーノ・歌燐はそれが分かっていたので気にせず扉を開ける。


部屋は相変わらず電気がついておらず、電子的な光がチカチカと部屋の壁を照らしている。


「深道さん、お邪魔します。 “騎兵”のドローンをお見せいただけませんでしょうか?」


白神・アルビーノ・歌燐はビビッドカラーパーカーのフードを深道クロエの頭から取り、続いて 現れたヘッドフォンも取り上げた。


くるっと振り返り、白神・アルビーノ・歌燐を見上げるパープルカラーの瞳は、ゲームのやり過ぎからか、虚ろで濁っていた。


「ドローン、見せてもらえますか?」


ニコリと微笑みかける白神・アルビーノ・歌燐。

深道クロエはおもむろに立ち上がると、LED電球から伸びている紐をマジックハンドで掴んで引っ張った。


「ほぉー、こりゃスッゲーな」


部屋が明るくなったおかげで、部屋の全貌が露わになる。

すると壁に一面取り付けられた戸棚は全てプロペラやらCCDカメラやら、ドローンのパーツで埋め尽くされているのが見てとれた。


「もしかしてドローンって、一からここで作ってんのか?」


このおチビが?とでも続けそうな口ぶりで宇佐美湊兎が尋ねる。


「はい! 深道さんはドローンの設計から組み立てまで一貫して行われていまして、操縦技術も一流なのですよ。ドローンは三兵戦術の中で他二つに類を見ない行動範囲の広さと無人飛行であるという利点から攻撃の他にも人が入り込めないような場所に潜入することだってできるのです!」


ほぉー。

と顎をさすりながら興味深そうにパーツを眺める宇佐美湊兎。プラモデルのパーツを見ると男の血が騒ぐと言うが、やはり湊兎も血が騒ぐのだろうか。


「ねぇ、そもそもドローンって何? ラジコンなの?」


ここで今まで何を見せても一向に興味を示さなかった宇佐美海月が口を開いた。


どうやら ドローンに、というよりは同じ年頃の深道クロエに興味が出たようだったが。


「そうですね、ドローンは二〇一五年の航空法で次のように規定されています。 “無人飛行機、 つまりドローンは航空の用に供することができる飛行機、回転翼航空機、滑空機、飛行船、 その他政令で定める機器であって構造上人が乗ることのできないもののうち、遠隔操作又は自動操縦により飛行させることができるもの”と。スロットルを操縦して小型ドローンを操るラジコンのような物もあれば、前後左右に設置されたセンサで障害物を避けて自動飛行するもの、あるいは、レーザーによって3D地図を作製しながらそれに応じた飛行を行うものまでありますね。つまりドローンは無人飛行機の総称。ですから意外にもその歴史は古くなり、 一九三〇年代から開発が進んでいたということです!」


テストなら満点の解答を示した白神・アルビーノ・歌燐。

しかし宇佐美海月はふーん。とつまらなさそうに口を尖らせる。


深道クロエからの説明を期待したのに白神・アルビーノ・歌燐から答えが返って来て、不服だったのだろう。


その様子を見てから、白神・アルビ ーノ・歌燐は出しゃばりすぎたと少し反省した。

だが、寡黙な深道クロエが出会ったばかりの宇佐美海月に対して人見知りを発揮してしまい、海月が傷つくリスクを避けるほうが賢明だと思い直した。


それに、やってしまった事よりも、次にどう繋げるかが大事なのだ。


「そうです! 深道さん、ホール横にしまってある完成ドローンを見せてもらうついでに、少しお二人にもドローンの操縦体験をしてもらってもいいですか?」


ノアの中階層には体育館のようなスペースがあり、その舞台袖には深道クロエ作のドローンが所狭しと置いてある。そしてそれらは“ご自由にお使いください”。つまり誰でも操作が可能だ。


初めのうちは面白がって遊んでいた船上員も結構いたのだが、深道クロエが次から次へとドローンを改造してしまうので、その雑多さと多様化しすぎた操作法から、だんだんと船上員たちのドローン離れが進んだのだ。


「うん、別にいいよ」


初めて口を開いた深道クロエ。

宇佐美海月が想像していたよりずっと可愛らしい声だ。深道クロエの話し方や声から、直感的に彼女が凶暴なニンゲンでないと判断した。


「では、早速ホールへ向かいましょう!」


「なぁ、カリンはドローンの操縦はやったことがあるのか?」


と、宇佐美湊兎がLED 電球の紐にぶら下がるクマのぬいぐるみを指で弾いて遊びながら尋ねる。


「はい♪ 深道さんほどではないにしても、私もドローンの操作には自信がある方なのです♪ なんなら、このノアの艦内において二番手の腕前と言っても過言ではありません」


フフンと、鼻を鳴らして得意満面の白神・アルビーノ・歌燐。


「へっ、カリンが? とてもそうは思えないね。それか、ここの奴らがよっぽど下手くそなのか?」


宇佐美湊兎の挑発的なもの言いに少しカチンときた白神・アルビーノ・歌燐は、ムッと頬を膨らませる。


「そんなことはありません! ここの船上員さんたちは皆さんそれなりの腕前を誇っていいだけの技量を持ち合わせているのですよ!」


「口先だけなら何とでも言えるさ。箱入り娘のカリンの周りは井の中の蛙って事だろ?」


完全に頭にきた白神・アルビーノ・歌燐はぐぬぬっ! と頭に血を上らせる。


「そこまで言うのなら、私の腕前を披露してご覧にいれましょうか!」


凄む白神・アルビーノ・歌燐に、宇佐美湊兎はニヤッとほくそ笑む。


「ほほう、だがそれだけだと面白くない。ここはひとつ対戦ゲーム形式にしてみないか?」


「と、言いますと?」


「ドローンにポイを付けて、搭載させた電子銃でポイを狙う。ポイを破られたら即脱落の四つ巴ってのは?」


四つ巴ということは、必然的にここにいるメンバー全員の参加を想定したという事になる。


「いいですね。受けて立ちましょう。お二人はよろしいですか?」


異論の声は上がらなかった。


「ば兄ちゃん、だったらアレをやろうよ」


宇佐美湊兎のパーカーの袖を引っ張り、海月が極上に悪い笑みを浮かべて囁いた。


「もちろんそのつもりだ、妹よ。その方が面白いし、今後のためにもなるからな」


宇佐美兄妹が何を言っているのか検討もつかない白神・アルビーノ・歌燐は、

はて?

と首を傾げながら眉をひそめる。


いったい何を考えているのか、この兄妹の前で白神・アルビーノ・歌燐は警戒を怠ることを許されない。


クックッと袖で口元を押さえながら笑う宇佐美海月。


「よしクロエ、紙と書くもの貸してくれ」


宇佐美湊兎は深道クロエからメモ帳とボールペンを受け取ると、サラサラと慣れた手つきで何かの動物のような記号文字を書き出した。


+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


“ドローン4 vs 4”

“主:白神・アルビーノ・歌燐”

“白神・アルビーノ・歌燐、深道クロエ、宇佐美湊兎、宇佐美海月” 以上の者は欲望の向くままゲーム内において、下記の本能に逆らわない事をここに記す。

“ドローン同士で四つ巴の撃ち合い戦を行う”

“相手のポイを破り、生き残ることで勝者となる”

“ポイが破られた時点で敗者となる”

“優勝者は最下位の者に一つ命令ができる”

“優勝者が決まった時点でゲーム終了とする”

──エиş৳ɪ иɕ৳


+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


「…これは?」


「これはアンリーシュ。ここに名前を書かれてエиş৳ɪиɕ৳の文字を見たやつは、一時的に アンリーシュに書かれたことが本能として組み込まれる」


「え? …ええと、どういうことでしょう?」


「まっ、簡単に言えばゲームの宣誓書みたいなもんだ。よーく読んどけばあとは気にする暇もない」


宇佐美湊兎は白神・アルビーノ・歌燐と深道クロエにアンリーシュを渡す。まじまじと二人は アンリーシュを見つめ、その内容を確認する。


「つまり、この宣誓書によってただのゲームが真剣勝負と化したと考えていい」


「そゆこと。クロエ、カリンより理解が早いな」


「カリンがバカなだけ」


「ミツキさん!?」


ボソッと毒を吐く宇佐美海月に面白いくらい反応を示す白神・アルビーノ・歌燐。


宇佐美湊兎 はカッカッと笑いながら最愛とする妹の頭をポンポンと撫でる。


「ねぇ、早くやろ」


ドローン愛好者の深道クロエは、ドローンを使った真剣勝負と聞いて早くゲームを始めた いとウズウズしているようだ。


「よしっ、んじゃ早く行こうぜ…と言いたいところだがカリン、トイレはどこだ?」


ガクッと、肩を斜めに大きく傾けた白神・アルビーノ・歌燐。まったく、宇佐美湊兎の独特なマイペースさにはいつも振り回されてしまう。


「お手洗いなら、お部屋を出て右へ進んだところの突き当たりにあります」


右方向に指を指して扉を開く。


「おぅ、んじゃ先にホールへ行っててくれ。すぐ追いつく」


ドアを開けて右へ曲がる宇佐美湊兎には、当たり前のように宇佐美海月がくっ付いて行っ たのを白神・アルビーノ・歌燐は見逃さない。


(なんと分かりやすい。二人で手を組んで私を陥れる作戦のおつもりでしょうが…私だっ て、だてに三兵戦術の大黒柱を担っているわけではありません。そちらがその気なら、二 人まとめてかかってきなさいです!)


実際、白神・アルビーノ・歌燐の操縦はプロ顔負けのものだった。

前に一度だけ、クロエvs 歌燐vsマリvsレイの四人でドローンレースをした事があったのだが、その時の順位はクロエ、 カリン、マリ、レイの順だった。


「では、私たちは先にホールへ向かいましょう」


深道クロエが頷くと、白神・アルビーノ・カリンはクマを掴んでカチッと部屋の明かりを消した。



**************************************



宇佐美兄妹がホールに着く頃には、白神・アルビーノ・歌燐と深道クロエは使用する機体を決めていた。


「よぉ、お二人さんお待たせしたぜ。っと、それは?」


宇佐美湊兎は、白神・アルビーノ・歌燐と深道クロエが装着しているゴーグルを指して尋ねた。


「これはドローンカメラからの映像をリアルタイムで映し出し、FPV 飛行、つまり一人称飛行が可能となる。この方が面白い」


「へぇー、そりゃ面白そうだ。取り敢えず、俺らは先に機体を選ばないとな」


ホールの舞台袖にごまんと転がっているドローンの中から一つ適当に拾い上げると、宇佐 美湊兎はこれに決めた、と即決した。


海月は少しキョロキョロと見回しては見たが、あまり悩んでも仕方がなさそうだったので湊兎と同様、適当に拾い上げたものを選んだ。


と、二人が機体を決めたところで深道クロエが手に取ったゴーグルとラジコンの操縦器のようなものを二つをポイポイッと宇佐美兄妹に投げて渡す。


「プロポはモードⅠに設定してある。左スティックの縦がエレベーター、横がラダー。右スティ ックの縦がスロットル、横がエルロン」


「了解した」


早速ゴーグルを装着し、プロポをいじってドローンを動かしてみる。


「うひょー、面白えなこれ」


右スティックを縦に動かし、ドローンを空中停止させる。


(ボバリングを一瞬で獲得した…?)


白神・アルビーノ・歌燐は、実は宇佐美兄妹はドローン経験者なのではないかと勘ぐったが、 まるで初めてラジコンを手にした子供のようにドローンを動かしてはしゃぐ姿からそれは違うと思い直した。


「よし、だいたいコツは掴めた」


「ミツキもおーけー」


早すぎる習得に驚きつつも、宇佐美兄妹の試運転の様子を見て感心するしかない。


「じゃあカリン、ポイを四つ頼む」


「了解です♪」


白神・アルビーノ・歌燐は宇佐美海月の無尽蔵生命エネルギーからポイを四つ、各ドローンの上に具現化させる。


「んじゃ、ゲーム開始の合言葉を教えよう。俺に続けて言ってくれ」


─“エиş৳ɪ иɕ৳”!



ゲーム開始と同時に四つの機体が一斉に飛び上がる。


全長わずか三二五ミリメートルの電気エアガンを搭載したドローンは、更に深道クロエが改良に改良を重ねたため、従来のレース用ドローンとは比べ物にならない速度が出るオリジナルモデル。


だが、時速一〇〇キロメートル以上も出る機体をそんな速度で飛ばしては、ポイが風圧で破れてしまう。

スピードが操縦技術の影響をモロに受けるドローンの操作において、ポイを使ったのは宇佐美湊兎の作戦なのかもしれない。


だが、そんな事は深道クロエには全く関係がなかった。


「うぉっ、あんな飛行ありかよっ!?」


ポイの面が風を受けないように真横の移動を上手く使いながら迫ってくる深道クロエの機 体。

他の三機はなんとかそれをかわす。


「うわっ、あぶねー! 今完全に俺狙いだったろ?」


「…」


話しかけたついでに、宇佐美湊兎がチラッと深道クロエの手元を見ると、ハンデのつもりなのかクロエは左手の小指と人差し指だけを器用に使っての片手操作で二つのスティックを操作していた。


「カカッ、ナメてもらっちゃ困る、ぜっ!」


宇佐美湊兎の電子銃から電子弾が放たれる。が、その狙いは白神・アルビーノ・歌燐。


「ちょっと! 何をするのですか!」


空かさず歌燐もやり返す。


「あっぶねー! やったなカリンのくせに生意気なー」


「いったいどこのジャイ○ンなのですかっ! 四つ巴なのですから、攻撃するのは当たり前 なのです、よっ!」


どうやら、白神・アルビーノ・歌燐 vs 宇佐美湊兎の一騎打ちが始まってしまったようだ。

そう なると必然的に深道クロエvs 宇佐美海月の一騎打ちとなる。


「ふんっ、ニンゲンごときにミツキは負けない」


宇佐美海月の機体が深道クロエの機体の後ろに回り込み電子弾を撃つ。が、クロエの機 体は綺麗な円を描き、海月の攻撃はかわされる。


そ していつの間にか海月の方がクロエに後ろをとられていた。


(キタッ)


突如、海月の機体が急落下。

FPV 飛行をしているクロエの視界から外れる。


(FPVは確かに、機体が肉眼で確認できない距離の時は確かに便利だし面白そう。けど、ミツキは負ける方がよっぽど面白くない! 所詮、ニンゲンは真剣勝負にホビーで挑むような間抜けな生き物なのよ!)


海月はゴーグルを外していた。そうする事でフィールドの全体像をより明確に把握したのだ。

海月の機体が下から突き上げるようにクロエの機体に突進。

バランスが崩れ、二機とも床に 向かって真っ逆さまに落ちていく。

だが、上方向にベクトルが向いていた海月の機体が僅かに上をとる。


(もらったっ!)


クロエの機体の真上から、至近距離で電子弾の雨を降らす。


「ゲームオーバー」


「…は?」


ガシャンッと音を立てて、床に落下したのは海月の機体だった。呆然とした海月は、乱暴にスティックを右へ左へ倒してみるが、機体はピクリとも反応しない。


(ゲームから弾かれた…。え、なに?アンリーシュがミツキの負けを判定したってこと…?)


海月は空中フィールドから叩き落とされた機体を拾いに行く。

そして、機体に取り付けられた ポイに小さな穴が開いているのを見つけた。


トボトボと重い足取りで外野に移動する宇佐美海月。

何が起きたのかわからなかった。


「ふっ、なかなかやるな…」


「そ、そちらこそ…」


一方で、白神・アルビーノ・歌燐 vs 宇佐美湊兎の決着はまだまだ着きそうになかった。

お互い一歩も譲らず、勝負は持久戦へと化していた。


だが、それももう終わりのようだ。


ガシャンッ、ガシャンッ。

と、白神・アルビーノ・歌燐の機体と宇佐美湊兎の機体が地面に落 とされた。


「えっ?」


混乱する二人をよそに、深道クロエの機体が悠々と、まるで鷹が鷹飼の腕へ戻るように目の前を横切ってクロエの足元に着地した。


「カッカッカッ、こりゃ参ったな!」


ウサ耳をかき上げながら、愉快そうに笑う宇佐美湊兎。


「クロエ、お前の勝ちだ。見ろ」


そう言って、ポケットに突っ込んでいたアンリーシュを広げると、そこには、


“優勝:深道クロエ” “最下位:宇佐美海月”


の文字が新たに浮かび上がっていた。


「こ、これは一体どういう仕組みなのですか!?」


浮かび上がる文字に驚きを隠せない白神・アルビーノ・歌燐。


「さっきも言ったが、これはアンリーシュというものだ。アンリーシュは本能の一部を支配することよって、ここに名前が記された者は書いてあることに従わざる負えなくなる。俺らの世界ではよく用いられる絶対的権限。そして、この勝負はクロエの優勝。ミツキが最下位。クロエはミツキに 何でも一つ命令ができるってわけだ」


ギリッと、悔しそうに歯を食いしばる宇佐美海月。

いくら強気の海月でも、アンリーシュには逆 らえないらしい。


「ああそうだよ! ミツキの負けだよ! 何でも命令しなよ、 隷属させる?縛り上げて辱める?足を舐めさせる?それともミツキの一生分の支配権を要求する!?」


目を剥いて襲いかかるように深道クロエに迫る宇佐美海月。

あまりの剣幕に深道クロエは瞬きで動揺を示す。


「ま、まぁまぁミツキさん。なにもそこまで酷いことを要求しませんよ」


興奮しきった宇佐美海月をなだめに入る白神・アルビーノ・歌燐。

だが、その手は弾かれ、鋭い 牙が歌燐に向けられる。


「あんたわかってないよね!? アンリーシュでの勝負に負けるということは、そういう事なの! しかも今回は何でも命令ができる。ミツキをいたぶろうが殺そうが、クロエは自由なのよ!」


尋常ではなかった。


ダンッと床を踏み抜く勢いで足を床に落とし、深道クロエに向き直る。


「さぁ! 命令しなさいっ! さぁ、早く!」


まるで猛獣が獲物を追い詰めるように詰め寄るミツキ。

どちらが勝者なのか疑いたくなるような光景。


足を踏み鳴らす度に、クロエが食べ られてしまうのではないかと白神・アルビーノ・カリンは気が気でない。


「…じゃあ、私とお友達になって」



暫しの沈黙。


宇佐美海月は我が耳を疑った。


「は?」


「勝者は敗者に何でも一つ命令できるんでしょ? 私とお友達になって」


「そ、そうだけど! だったらもっと有意義な命令をしなさいよ!なにそのフザケた命令は! 馬鹿にしてんの!?」


ミツキはこれまで幾度もアンリーシュによる真剣勝負を見てきた。その度に、勝者は敗者に非人道的で容赦無い要求を突き付けていた。

アンリーシュによる勝敗は絶対的権限を持つため、国を動かすほどの戦争にも用いられる。

アンリーシュにより認められた勝利は国の優劣も、数多の命も自由にできることを許された者の証なのだ。

ゲームに勝った深道クロ エは、敗者の宇佐美海月に何をしようが誰も口出しはできない。


「馬鹿にしてるのはそっち。アンリーシュが本能を開放する効力があるのなら、この命令は私のありのままの本能。本能的に私はあなたとお友達になりたいと思ったのに、それをフザケているだなんて言われる筋合いは無い」


宇佐美海月は言葉に詰まった。

確かに、アンリーシュの力が働いているのなら、深道クロエ は自分の中の本能に嘘はつけない。


「け、けどそんなんじゃあミツキが納得しない! もっと別に何かあるでしょ!? それも言いなさい!」


敗者だというのに傲慢な態度である。

だが、大敗を記しておいて、お友達ができちゃったなんて、ミツキのエベレスト山のように高いプライドが許さないのだろう。


「じゃあ、私はあなたをミツキって呼ぶ。ミツキも私のことをクロエって呼ぶ」


「んなっ! そんなの…」


「はいはいはい、ミツキさん。これ以上はお見苦しいですよ。素直に深道さんとお友達になっ てください。ミツキさんもずっとそれを望んでいましたでしょう?」


宇佐美海月の言葉を遮り、ニヤニヤと笑みをこぼしながら白神・アルビーノ・歌燐が仲裁に入る。


「ミツキは別にっ!」


「カッカッカッ! 妹よ、アンリーシュには逆らえんぞ? しょうが無いから今は友達になってやれよ」


宇佐美湊兎の説得に、宇佐美海月はようやく落とし所を見つけたようで、


「ば兄ちゃんがそう言うなら…」


そう言って深道クロエに手を差し出した。


「ニンゲンはこういう時、握手をするんでしょ? してやるから手を出しなさい…クロエ」


上から目線は相も変わらず。

しかしその言葉の裏に隠された真の感情に深道クロエは真摯に応える。


「うん。よろしく、ミツキ」


深道クロエが宇佐美海月の手をとり、ちょんちょんと、軽く上下させた。


海月はなんだか照れ臭そうにそっぽを向いてしまっている。


「…ねぇ、最後どうやってミツキに勝ったの?」


「FPVは敵機に視界が近い。だから至近距離で狙いを絞れる。あとは技術力の問題。見てて」


握手した手を引いてフィールドへ向かう深道クロエと宇佐美海月。

小さな二人の間に友情が生まれる瞬間を微笑ましく見つめる白神・アルビーノ・歌燐。

そして、隣で妹の成長を喜び何度も深く頷く宇佐美湊兎にこっそり耳打ちする。


「上手くいって良かったですね。クマのマスコットにメモが仕込まれた文字を見た時は罠かとも思いましたが」


「俺が可愛い妹を利用するとでも思ったのか? ミツキはああ見えて分かりやすいんだ」


「ごもっとも。けど深道さんが素直な方で良かったですね。では、こちらの証拠品は隠滅させてもらいますね」


白神・アルビーノ・歌燐は炎を具現化させ、手の中に隠し持っていた、“ミツキを敗者に”と書かれているメモを燃した。

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