☆ 貧弱アニュー④
******
子を連れて、アニューは人がたくさんいる町にたどり着きました。
そこは賑やかで、子供たちが笑い合っていて、教会は小さいけれど、娘と騎士の青年と過ごしたあの町によく似ていました。
アニューは町に着いてまず、働ける場所を探しました。
子を守る為にも、まずは住む場所が必要です。
「それなら町の守衛なんてどうだい?」
旅商人は言いました。
「見たところ、君は中々腕が立つようだ。それに、この町の守衛は常に人手不足だから、君の事情を詮索する輩は多くないだろう」
商人の言葉通り、守衛になりたいと希望すると、役所はアニューの経歴も気にすることなく、住む場所まで与えてくれました。
しかし困った事がありました。
子はまだまだ小さくて、アニューが付きっ切りで面倒を見てあげないといけません。
これでは仕事が出来ません。
困り果てたアニューの前に、小さな教会の聖職者が現れました。
「お前さん、この間引っ越してきた奴だろう? お前さんが仕事の間、子はうちの教会で面倒を見てやるぞ」
「いいのか?」
「近所のちっこい奴らで集まって面倒見あってんだ。大人は大人の仕事があるように、子どもには子どもの仕事があるのさ」
アニューは少し迷いました。
勿論子の面倒を見てくれる事は助かります。
ですが、アニューにとって子はただの子ではありません。
誰よりも幸せになってもらわなくてはならない、あの娘の子なのです。
「丁重に扱ってくれるか。大事な人の子なんだ」
「当たり前だろ」
アニューの心配事を吹き飛ばすように、聖職者の男は豪快に笑いました。
「みんな大事な人の子だよ」
口先だけなら何だって言えます。
なおも心配そうなアニューの肩を、気の弱そうな男が叩きました。
「荒っぽく見えるかもだけど、良い奴だよ。うちも面倒見てもらっててなぁ」
「お前さんとこの子と歳の近い子もたくさんいるし、いい友達作りの場になるさ」
気前の良さそうな彼らの言葉に、嘘はないように思えました。
だって、この町では誰も彼もが優しくて、誰もアニューに指を指したりしないのです。
困っていると伝えれば、すぐに近くにいる誰かが手を貸してくれるのです。
それどころか、逆に守衛となったアニューを頼ってくれる事もありました。
アニューが言われた通りに手伝えば、大喜びで褒めてくれる人ばかりでした。
「君、強いんだね」
仕事に少し慣れた頃、同僚が言いました。
アニューはびっくりして、聞き返しました。
「強いだって? 僕が?」
「どうしてそんなに驚いているんだ? 君は強いよ。特に剣術の基礎がしっかりしている。誰に習ったんだ?」
「……友達の騎士に」
「そりゃすげえや。なあ、俺にも教えてくれよ」
「僕が……君に?」
再びびっくりして聞き返せば、同僚はおかしそうに笑いました。
だけど不思議なことに、ちっとも不快ではありません。
「騎士様と友達だなんて、君は恵まれてるよ。もっと堂々としな!」
嗚呼! これまでアニューを羨む人がいたでしょうか!
恵まれていると、言ってくれた人がいたでしょうか!
対等な仲間として扱ってくれた人が、優しい娘と騎士の青年以外にいたでしょうか!
アニューの仕事は順調でした。
剣の腕を褒められました。たくさんのならず者を捕まえました。
文字の読み書きをしては、重要な仕事を任されるようにもなりました。
嘘を嫌う潔癖さは、職場の偉い人に気に入られました。
騎士の青年に追いつこうと努力した事は、無駄ではなかったのです。
娘に教わった勉強は、無駄ではありませんでした。
アニューはただアニューであるだけで、受け入れてもらえました。
この町に来てから、良い事ばかりです。
そしてそれは、アニューに大きな変化を与えました。
「お前さん、明るくなったなぁ」
数年が経ち、子を迎えに行ったある日、聖職者は言いました。
「初めて会った時は、俯いてボソボソ話すもんだから、随分陰気な奴が来たもんだと思ってたんだ」
「そんなに暗かったかな」
「ああ、子どもも表情に乏しくて、ちっと怖かったぐらいだが、最近はよく笑うようになったんだ。良い変化だよ」
きっと、この町の人々のおかげです。
アニューは自信を取り戻したのです。
笑われて、踏みつぶされて、憐れだと蔑まれる日々で消えかかっていた自信は、娘に守られ、騎士の青年に庇われることで消える事無く残っていて、今ここでようやく取り戻されました!
自信があるから、聞いてみました。
「僕は親らしく振舞えているかな?」
「ああ。勿論だ」
「よかった!」
アニューはこの町の人々が好きになりました。
大事に大事に子どもを育てました。
この町ならきっと、子も幸せに過ごせることでしょう。
アニューは一生懸命になって、子にたくさんの事を教えました。
娘がアニューにしてくれたように。
騎士の青年がアニューにしてくれたように。
子はすくすくと育ち、強い正義感を持った優しい子になりました。
言葉を話すようになり、お友達もできました。
これで物語はおしまい、
そう言えたらどれだけ良かったでしょう!
可哀想なアニュー!
届いた一通の手紙が、全てを狂わせてしまうのです……。
そこには何が書かれていたのでしょうか?
アニューはこの幸せを守れるのでしょうか!
******
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます