第10話 【ゲームセット】

人の気配がなくなり、照明が消えたのを

確認すると懐かしのグラウンドへと

足を踏み入れる。


左手に宝物のグローブをし、右手には

ウイニングボールを握りマウンドに

向かうと、今までの野球人生が

走馬灯のように頭の中を巡ってきた。


小さい頃空き地でやった野球ごっこ。

甲子園行きを決めたこの球場での決勝戦。

甲子園初戦でグローブを見つめながら

審判の右手がプレイボールを告げるのを

待つ緊張感と、試合開始時に

鳴り響くサイレンの音。


メジャーのマウンドで取った初めての

三振と、最後のバッターも三振にし、

審判のゲームセットの声とともに駆け寄り

祝福してくれた異国の仲間達。


俺はその楽しかった光景を鮮明に思いだし

また命が惜しくなってきた。

ここにきて、死にたくないと思ってしまう

自分の考えを打ち消すため、外野の芝生へと移動すると腰を降ろし、缶ビールをあけて

飲むことにする。

間髪入れずに2本目のビールを飲み干すと

芝生に寝転がり綺麗な星空を眺める。


そういえば昨日砂浜で会った女性とみた

星空はもっと綺麗だったな。

そんなことを考えながら空に向かって

ボールを投げる真似をする。


普段は酒に飲まれることのない俺だが

珍しく頭の中がボーッとしていた。

これは夢か現実かもわからない場所で

マウンドに立っている俺がいる。


『やべ~キャッチャーのサイン、

見えないや』


目を細め、俺は得意のストレートを投げる。

きっとキャッチャーが俺に出したサインは、

「今ならまだ止められるぞ!」

だったのかも知れない。


そのサインに首を振りまたボールを投げる。

今度は、はっきりと見えるサインだ。

次の一球で打ち取り

ゲームセットを伝えるサイン。


あ、そういえば今日は俺の誕生日だった。

気づくも時既に遅しとはこのことだ。

ケーキを食べなかったことを少し後悔した。

この世の最後の後悔がそれかよ!

と笑いながら自分に突っ込みをいれる。

思い残すことは他にはない。


23:59

薄れゆく意識の中で、ゲームセットの

サイレンが鳴り響くのが聴こえた気がした。


0:00

誰もいないグラウンドにはビールの

空き缶と、名前の部分が消え誰のものかも

わからないくたくたのグローブだけが

残されていた。

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あるメジャーリーガーの決断 十文字心 @hirobaby

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