第8話【2月22日】母校巡り

朝6時、適当な夜ご飯を済ませた後

開いていた道の駅の駐車場に車を停め仮眠をした俺は日が登りそうな気配に目を覚ます。

人生最後の朝ごはんはコンビニの珈琲と

サンドイッチ。別に特別じゃなくていい。

日本でできる普通の日常を過ごす、

それでいいのだと思う。


さて、残り約17時間、何をしようか。

小さい頃から幼なじみ達と野球ばかりして

いた俺には野球仲間以外の友人はいない。

色々と考えてはみたが俺には自分が

野球をしている姿しか思い出せない。


特に行きたい場所も思い付かないので

通っていた小・中・高に向かうことにした。

俺のルーツはその場所にあるはずだ。


小学校と中学校は老朽化が進み校舎は

建て替えられて今風の姿になっていた。

しかし校庭はみんなで野球を楽しんでいた

あの頃と何も変わらず、少年の頃の自分と

仲間達の面影を体育の授業で元気に

走り回る生徒に重ねてみる。


両校を回り終えた後、お昼の時間には

少し早いのだが、途中にあった

ドライブスルー付きのファストフード店に

立ち寄ることにした。人生残り二食のうちの一食がファストフードとは。

現役大リーガーの食生活がこれでいいの

だろうかと思うと少し可笑しくなってきた。


2食目を食べ終わり、懐かしい土地を

暫くドライブした後に高校へと向かう。

到着するとちょうど部活動が準備を

始めようとしている頃だった。

職員用駐車場に見覚えのある車を見つけ

来客用駐車場に車を停めると、野球部の

グラウンドへと行ってみることにした。


教室を見上げると、好きな子でもいるのだろうか。窓から運動部の生徒達を覗いている

女子生徒達の姿も見えた。

この年頃、仲間と野球をしているほうが

楽しかった俺は甘酸っぱい初恋を、

多感な時期に経験しなかったことを

今更ながらに少し後悔した。


向かう道中、様々な部活動の部員から指を

指されていることに気づき足早に野球部の

練習場所へと向かった。

きっと、有名大リーガーである俺の存在に

気づいてくれたのだろう。

到着するとちょうど、練習前のミーティングで監督の前に整列し皆、真剣に話を聞いている。そんな緊張感のある雰囲気のところに

いきなり登場するのは気が引けたのだが

1つ深呼吸をすると大きな声で

「ちわーっす!」

と緊張感のない声を張り上げた。


静まり返り、一斉にこちらを向く光景に

思わず後退りしてしまう。監督が俺の顔に

気づき、名前を呼んでくれたことで

ようやくこの緊張から解放された。


部員達は「えっ?本物?何で?」と

口々に顔を見合わせては目を輝かせている。


「ちょっと用事があって通りかかったので

覗かせて頂きました」


そう伝えると監督は得意気な顔で俺を

横に立たせると、肩を抱きながら

嬉しそうに後輩達に自慢している。


本当は少しでも指導してあげられたらと

思っていたが想像以上に人が集まってきて

しまった為、野球部の後輩全員にあまり

意味のないサインと握手をしてあげると

激励の言葉を残しそそくさと退散した。

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