第7話【2月21日】砂浜の女性

砂浜に着き、適当な場所に座る。

太陽はもうその姿を半分以上隠して

しまっていた。こんな真冬の東北の海で

夕日を見ているやつなんて俺だけだろうなと

辺りを見回してみると犬の散歩をしている

中年男性、そして綺麗な夕日には目もくれず

まだ星も出ていない空を真剣な表情で

見つめている女性の姿が見えた。


大リーガーという立場もある俺は普段なら

絶対に声をかけたりはしないのだが、

暗く思い詰めた表情をしている女性が

気になって仕方がない。

何も言わず女性の隣に座ると顔を見つめて

「何が見えるんですか?」

と尋ねてみることにした。


女性は初め、訝しげな顔をしてこちらを

見ていたが突然表情をかえ返事をくれた。


「あれ?どこかでお会いしましたか?」


多分、どこかで見たことがある顔だけど

誰かわからない、覚えはないが

知人だなという結論を出したのだろう。


「いえ、初めましてだと思います。突然

お声がけしてすみません。あまりにも表情が暗かったので少し心配になりまして」


心配した様子を伝えると、女性は

苦笑いをしながら下を向く。

暫しの沈黙の後、女性が口を開いた。

「人生って本当難しいですよね。」


沈みゆく夕日に照され悲しげな表情を

浮かべている女性が、愛しくてたまらない。

俺は無意識のうちに女性を抱き締めていた。


何秒くらいたっただろうか。

彼女の「えっ」という言葉に我に返った

俺は砂浜に頭をつけて謝罪をする。

最初は困惑していた女性だったが必死に

謝っている姿をみて、初めて

「ふふっ」と声を出して笑ってくれた。


お互いの素性などは全く話さず、世間話や

自分の好きなことをひたすら話し続ける

時間はとても楽しかった。

女性は本気で俺のことを知らないようだ。

群青色だった空がいつの間にか黒に変わり

満点の星空を映し出すスクリーンへと

姿を変えている。


砂浜に大の字に寝転がり空を眺めていると

急に喋らなくなった俺を心配したのか

「どうしたの?」

と彼女が顔を覗きこんできた。


優しく背中に手を回すと彼女を引き寄せ、

一度俺の上に着地させると腕を

首の後ろに滑り込ませ砂浜に寝転ばす。


「ちょっとー、汚れるの嫌なんですけど!」

と結構キレ気味に言われ、また謝罪する俺。


「あー、でも綺麗だ。」


二人は手を繋ぎ、静かに星空を眺め続ける。


俺は彼女の方を向くと

「生きてなかったら、こんな綺麗な星空も

見れないですよ。あ、うつむいて下ばかり

見てても見れないけどね。」と言ってみた。


彼女は少し吹っ切れたような表情を浮かべて

「本当、その通りですよね。」と言うと

こちらを向いて柔らかく微笑んでくれた。


気づいた時には夜19時、残り29時間だ。


田舎の店の閉店時間は早い。ラーメン屋も

例外ではなく既に閉まっていた。

仕方ない、諦めるか。

俺は今日、この海辺でラーメンを食べる

運命ではなく、この浜辺で彼女に出会う

運命だったのだろう、そう思うことにした。


もっと一緒にいたいと思っていたが

過ごす時間が長くなる程に本当の別れが

辛くなるのはわかっている。

砂浜から立ち上がると背中についていた

砂を払い、彼女を立ち上がらせた。

背中の届かないであろうところの

砂を払ってあげると、一度深呼吸をして

右手を差し出す。


「今日君に出会えて本当よかった。

色々辛いこととかあるんだと思うけど

生きていれば絶対いいこともあるから。」


彼女と握手をして駐車場のほうへ戻る俺に

彼女は何か言っていたが、聞こえないふりを

して足早にその場を後にした。

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