第6話【2月21日】最後の別れ

昨夜の楽しいお酒のお陰で俺は

久しぶりに夢を見るくらいに

ゆっくりと眠ることができた。


一階におりるとすでに、義兄は仕事に

出かけており、子ども達は保育園へと行っていた為、家のなかには姉と俺の二人だけだ。


昨日無理をしすぎたのか姉は一階の

畳の間で横になってテレビを見ている。

足音に気づき、こちらを見ると

「おはよう」と一言だけ発して

またテレビへと目線を移す姉。


体が悲鳴をあげているのだろう、

たまに咳き込んでは挽いたコーヒー豆の

出涸らしのような固形物を吐いていた。

堪らず近寄り背中を擦ってあげる。


自分がもうすぐ死ぬと思っている姉と

姉はあさってには元気になり自分が

代わりに死ぬことを知っている弟。

一体、どんな会話をするのが

正解なのだろうか。


背中を擦りながら必死に考えた

言葉を絞り出す。

「今はきついと思うけど、絶対治るから。

俺は夢を掴める男だよ?姉ちゃんの病気も 追い出してやる!だから心配するな」


『昔からだけどさ?あんたの自信はどこから出てくるんだろうね?(笑)忙しいのに

帰ってきてくれてありがとね。』


たった二人の濃い血の繋がった家族。

明後日には、俺が存在していたことさえも

忘れてしまうのだ。幼少期にはよく喧嘩も

したが両親がいなくなってからは支えあって生きてきた。そんな思い出達が頭の中を駆け巡り、こらえきれず涙が溢れた。

既に布団に戻りテレビを見ていた姉には

気づかれていないと思うが、これ以上

この場にいることは耐えられそうにない。


「ちょっと車借りるね!ラーメンでも

食べてくるわ。昔の仲間にも会いに行って

くるから、中々帰ってこないと思うけど

心配しないでね。姉ちゃん…ありがと。」


顔を見られないように玄関のほうを見ながら

姉に最後の別れを伝える。


『何?車はわかったけど、後がよく

聞こえない。まぁいいや、気をつけて。』


これでいいのだ、俺は間違っていない。

そう思うことしかできなかった。


姉への最後の別れを済ませ一頻り車の中で

泣いた後、ラーメンを食べてくると

言ったことを思いだす。

ここからは少し離れているが小さい頃に

よく家族皆で訪れていた海辺にある

思い出のラーメン屋に向かうことにした。


東北地方の夜の訪れはとても早く

今の時期だと17時を過ぎたころには

完璧に夜の帳がおりてくる。

ラーメン屋に向かう途中に海水浴場が

あったことを思い出し、少し寄り道を

してから行くことにした。

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