第1話【追憶】

さて今日は誰に会い、何をして過ごそうかと

珈琲を飲みながら真剣に考える。

何故真剣に考えるのかというと俺は

ある理由から、20××年2月22日をもって

この世から消えてしまう運命なのだ。

俺が20××年2月23日を迎えることはない。

小さい頃からの努力が実りやっと辿り着いた夢のメジャーリーグの舞台。

これから応援してくれた人達に恩返しが

できるこのタイミングで、自分から

この運命を受け入れる理由。

それは小さい頃から応援してくれた、

3つ歳上の姉の為だ。


東北地方の山深い田舎で生まれ育ち、

豊かな自然以外何もないこの地で娯楽と

言える事それが気の合う仲間と楽しむ

野球だった。幼少期から毎日暗くなるまで

野球に励む日々。元々の運動神経がよかったこともあり、成長するにつれ地元でも多少

知られる存在のピッチャーになっていた。

俺の人生が大きく変わったのは中学三年生になる目前の春休みのこと。ある日突然、

俺は不慮の事故により両親を失った。

あまりに突然の出来事に、大好きだった野球さえ手につかず、これから先どうやって

生きていけばいいのかと悩み続ける日々。

当たり前だと思っていた日常が全て

両親のお陰でなりたっていたということを

身をもって知ることとなる。

そんな俺のそばで、いつも優しく声を

かけ続けてくれたのが姉だった。


野球どころか高校進学さえ止めようかと

ボソッと呟いた俺に姉はこう言ってくれた。


「学校も、野球も続けなよ!

それが1番の親孝行だよ!」


その言葉を聞いた俺は、両親が死に世界で

一番自分が不幸なのではないかと

思っていたことを恥ずかしく思った。

姉だって同じ立場なのに前を向いて

しっかりと歩きだそうとしている。

男として、俺が姉を護らないといけない

そう心に決めた瞬間だった。


スカウトが来ていた地元の有名高校は断り

県立の普通高校に入った俺は、小学校からの

気の合う仲間達とまた野球を始めた。

嫌な思い出を頭からかき消す様に野球に

没頭する毎日を繰り返す。

その間、姉は俺を支える為に必死に働き、

自分を犠牲にして俺の夢を支え続けてくれた。

そして高校3年の夏、俺は高校球児の

夢の舞台甲子園のマウンドに立っていた。

幼い頃からずっとバッテリーを組んでいた

キャッチャーをはじめとする大切な仲間達と、姉が甲子園出場記念に買ってくれた、

茶色の真新しいグローブと共に。

試合結果は初戦敗退、勿論悔しい気持ちは

あったものの、全員が清々しい顔で

甲子園の土を地元に持ち帰った。


それから2ヶ月後に開かれたドラフト会議であるチームの3位指名をうけた俺は

高校卒業後、念願のプロ野球の世界へと

羽ばたくこととなる。がむしゃらに頑張り、様々な賞も貰うことができた。

そして四年後ポスティングシステムを

行使した俺は夢だったメジャーリーグの

舞台へたどり着いたのだった。


※※

その報告を受けたのは1年目のシーズンが

無事に終わり、キャンプイン前にジムで

自主トレをしている最中のことだった。


ちょうど休憩に入ろうとしている時に

スマートフォンの着信音が鳴り響く。

姉の旦那さんからだった。めったに連絡を

とらない相手からの着信に嫌な予感を

感じながら電話に出る。

嫌な予感の通り、話の内容は姉が癌に

侵され、余命半年の宣告をうけた

というものだった。

外国の地で1人頑張っている俺に心配を

かけたくないという姉の強い要望から今まで

黙っていたのだが、最近体調が日に日に

悪化していく自分の妻の姿に耐えきれず

電話をしてきたらしい。


「義兄さん教えてくれてありがとう。

近い内にそっちへ帰るからもう少しだけ

姉をよろしくお願いします」

とだけ伝え、電話をきる。


正直他の言葉を考える余裕なんてなかった。

頭の中が真っ白になるとはこのことだ。

トレーニングなど手につくわけもなく

自宅に戻り日本行きの準備をすると

成田空港に向けて出発した。

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