第3話 使い魔の扱い

 寮へと戻った頃には外は夕焼け空へと変わっており、各々外へと繰り出していた生徒たちも帰路へとついていた。

 同じ敷地内とはいえ、この時間になると学園の主要施設は閉められるらしく、食堂も動いていないらしい。

 では夕食はどうしているのかというと、実はこの学園の門限というのはそれほど厳しいものではなく、二十一時頃までに寮へ入館すれば問題ないのだそう。

 そのため、街のレストランで食事を取ったり、貴族のご子息たちは実家の別荘へ食べに帰ったりしているそうだ。

 リーナの場合。そもそもレイフォース家が代々王家に仕える公爵家なわけで……なんていいつつ、実家が王都にあるため近隣のこの辺には別荘がないんだとか。

 たまに誘われてニーナの元へ行くこともあるそうだが、彼女も仕事を抱えているため頻繁に行かないよう配慮しているらしい。

 結果的に、寮で食事を取ることが多いそうだが、夜の食事は注文制らしく、帰った二人の前に用意されたのは一人分の食事であった。


「なんというか……どこの世界でもそんなもんだから慣れたが、融通利かないもんだな」


「その辺はごめんなさい。ツカサが使い魔だからだと思うわ」


 確かに、街へ行く前にリーナは「まさか、使い魔に別室が与えられるとでも?」と言っていた。

 使い魔には人権がない――というほどではないにしろ、敬意を払う相手として認識されないものなのだろう。

 そういう側面があるのであれば、この融通の利かなさも理解が出来るというものだ。


「私、今日は色々ありすぎてお腹が空いてないの。

 残すのも申し訳ないからツカサが処理を――」


 そこで可愛らしい音が聞こえた。

 誰のが鳴ったかは言うまでもないだろう。


「実はこっちに呼ばれた時に大食い競争をしていてな。食べ過ぎで少し胃がもたれていたんだ。

 食事がなかったのは丁度良かった。胃を少し休ませないとな。

 明日の朝には回復しているだろうから何か用意して貰えると助かる」


 そう言って買ってきたタオルケットに身をくるみ部屋の端で床に寝転がった。

 今日は色々なことがあったからか、環境の変化に適応することに慣れているからか幸い空腹に悩まされることもなくすぐに眠りについた。


§ § §


 昨晩、リーナは何かブツブツと言っていたが、翌日には綺麗さっぱり片付けられた皿が乗っていたあたり、何だかんだでしっかりと食べたらしい。

 今日は登校初日であり、そろそろ支度をして部屋を出ないと行けないことは昨日のうちに把握済みだ。

 しかし、その準備は捗っていないようだ。

 仕方なく未だに寝ているリーナを揺すって起こす。


「リーナ。学校遅れるぞ」


「……」


「起きたか? 部屋の外――寮の前で待ってるから着替えてちゃんと出てこいよ」


 若干まだ寝ぼけているように見えるリーナではあったが、しっかりと頷いたので部屋を後にした。

 下へと降りると廊下の静けさが嘘の様に賑やかさが増す。

 それもそのはず、リーナがいるのは女子寮と言っても女子寮棟であり、ここは男子寮棟と女子寮棟の交差路。今日から学園へと通う男女で賑わっている。

 俺の装いは昨日と変わらず学ランのままだ。周りから好奇の視線は向けられるものの直接的な干渉は特になかった。

 そんな視線に見送られて外へ出れば、心地よい風と桜の様な木を花が彩り儚く散っていた。

 こういうところはどこの世界でも同じだなと思いつつ、新学年、新学期に浮かれる彼ら彼女らを眺めていた。

 ふと視線を移すと寮の側に立った木の下で一人の少女が、一風変わった人形のような猫と戯れているのが目に入った。

 少女が視線を上げると目があった。

 お互い無視するわけにもいかず、一人と一匹に近づいていった。


「お、おはようございます……えっと――リーナ様の使い魔さん?」


「おはよう。俺は時任司。気軽にツカサって呼んでくれ。

 というより、あの寝坊助は皆に様付けで呼ばれてるのか?

 幾ら公爵とはいえ……やっぱり貴族社会はよう分からん」


「ね、寝坊助ですか?」


「ああ。今も起こしたんだがちゃんと起きてくるか心配しているところだ」


 そう言って、俺は肩をすくめる。

 よほど困った顔をしていたのか、彼女は苦笑いだ。


「それで?」


「え?」


「俺は名乗ったぞ」


「あ、ああ! す、すみません……

 私はサーシャ・ウェンティ。ええっと――一応、ウェンティ男爵家の長女をしています」


 一応、という物言いに少し疑問を感じたが、それを聞く前に別の声に割り込まれた。


「あら、お似合いの組み合わせね。

 昨日の今日で、落ちこぼれ同士がもう仲良くなるなんて」


 声のする方を見れば複数人の取り巻きを連れた令嬢が此方に堂々とした佇まいで近づいてきていた。

 隣にいたサーシャが「……アイシア様」と呟いている。

 アイシアという名前には聞き覚えがあった。昨日、採寸時に色々と話をしていたニーアから聞いていたのだ。


「いいツカサ? リーナの実家、レイフォース公爵家というのは代々宰相を勤める一族なの。

 それはもう王家と同じくらい歴史を持ち、今の王家を支えてきた一族でもあるわ。

 でもそれ故に敵が多いのも事実。実際、私はここで夢にも見ていた服飾のお店を出すことが出来ているわけだけども、これはあくまで副業に近いのよ。

 だって、本当のお仕事は諜報なのだもの。

 夫は公爵様の要望通り、いろいろな情報をかき集めているわ。

 私達夫婦がリーナに構うのも、リーナの周りで不審な動きがないかチェックするためなの。その中でも最近注意すべきだと見ているのが……」


――アイシア・リーベルト

 なんでも、彼女の父親は正真正銘、王族の血を受け継ぐ分家の当主。

 つまり、彼女はリーベルト大公家のご令嬢ということである。

 ここで、一つおさらいしておきたいのが、この国の爵位制度である。

 これが、また不思議なことでなんだかんだで爵位というのは全世界共通らしい。

 この世界の爵位もまたヨーロッパ地域で用いられていた爵位制度と似たようなものになっている。

 騎士、準男爵、男爵、子爵、伯爵、辺境伯、侯爵、公爵、大公そして、国王陛下となる。

 つまり、大公ということはレイフォース公爵家の更に上の階級の一族であり、長いこと政治が王家と公爵家で行われているのが面白くないと思っている一族ということなのだそうだ。

 そして、そんな公爵家でも有望と言われていたリーナがハズレ使い魔を引いたとなれば格好の獲物だということ。

 よりにもよって、リーナが起きてきていない状態で来るとは思わなかったが、俺だけならまだしもサーシャにも落ちこぼれだ何だの言うのは一体どういうことなのだろうか?


「それで? おちこぼれになんの御用ですか?」


「あら、この私が声を掛けてあげたのに何ですその態度?」


「生憎と、この世界の爵位には疎くてね。

 貴方みたいに血だけは高貴で外身そとみが伴ってない令嬢は苦手なんだ」


 一瞬、彼女の額に血管が浮かんだ気もしたが、扇子を広げ表情を隠し飲み込む。

 そして、平静を装って彼女は言った。


「外身が伴っていない? 悪い冗談ね」


 そう言って、彼女は扇子を閉じ令嬢らしい仕草で優雅に佇まいを直した。

 なるほど、大公家の名は伊達ではないらしい。


「はぁ……どうやら勘違いしているようだからはっきり言うが、さっきと何が違うのか分からん」


 周りの令嬢たちが顔をしかめこっちに掴みかかろうとしていたが、無視をして続ける。


「貴方の令嬢としての佇まいは素直に感心するものがある。普段から気を使わなければ維持できないであろうプロポーション、令嬢としての仕草。なるほど、確かに問題があるようには見えない」


「そうでしょう? そこまで分かっていて何故貴方は失礼極まりないことを言うのかしら?」


「簡単な話だ。何も知ろうとせずにくだらない噂で人を落ちこぼれ扱いしている時点で王の器ではないと言っているんだ。

 リーベルト大公家は王家の分家だと聞いた。それはつまり、王家の尊い血を継承しているということ。

 ならば、王族同様の立ち居振る舞いが求められる。

 それをどうだ? 貴方は自分を慕う令嬢を携えて、遥か下の階級の男爵家の令嬢と爵位の一つも持たないただの使い魔に落ちこぼれと言って足蹴にしている。

 外身というのは王家の血を持つ器のことを言っているんだ。

 それは、容姿、能力、実績、内面それら全てを総合して出来るもの。

 今の貴方に大公を名乗れるだけの材料はないように思うが――「そこまでにしなさい」


 さて、どう思う?と問いかけようかと思った矢先、その問は強制的に止められた。

 俺の主、リーナ・レイフォースによって。

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