第2話 異世界の商店街

 この世界へ来て最初に困ったこと。

 これはどの世界へ行った時もそうなのだが、日用品が全くない状態で召喚されるため、そのままではとてもじゃないが不自由ない生活が出来るとは言えないことだ。

 某サンドボックスゲームさながらのスタートなのだ。

 とはいえ、司がこれまで経験した召喚はあくまで勇者召喚である。

 つまり、国を挙げて行われる召喚であり、被召喚者である勇者たちは国の客人であり、日用品は最初から用意されているし、朝昼晩の食事はもちろんのこと、身の回りの世話をしてくれる侍女まで付いてくる。

 もはや不自由のしようがなかった。

 それに対し、今回の召喚は一個人の召喚だ。

 そんな物が付いてくるわけもなければ、国の客人なんて手厚い待遇をされるわけもない。

 ただの女学生のペット。それが今の俺の立場だった。

 今も現在進行形でリーナの買い物に付き合っているが、当初、学校を出発したばかりの時は、自分の分の日用品まで購入する持ち合わせがあるのだろうか?と思っていたくらいだ。

 しかしながら、実際に買い物を開始するやいなや、あっという間に荷物が増えた。

 まだ、持てないことはないが、さすがにそろそろ危うくなってくるくらいに荷物を持っているのだ。

 ただ、よくよく見ると荷物の中には新品のブランケットやら、コップに歯ブラシと俺用と思われる日用品も多くあった。

 そして、最後に辿り着いたのがここだ。


「ここは?」


「服が必要なんでしょう?

 ここは私がよく利用している洋服店なのよ」


 そう言って中へと入っていくリーナ。

 荷物は入ってすぐのスペースに置いておいていいと言われ一旦下ろした。

 中には服らしい服は見当たらない。

 いくつかおいてはいるが、どれもデザインした物を試作したような本縫いしていないものばかりだ。


「こんにちは。ニーア」


「あら、レイフォース様。いらっしゃいませ」


 ニーアと呼ばれたほんわかした初老の女性が、リーナを見るや笑顔を見せる。

 何か作業をしていたのかその手には刺繍道具が握られている。


「仕事中だったかしら?」


「ええ、一応依頼品の製作を少々。

 とはいえ、今日はそろそろやめにしようかと思っていましたからグッドタイミングですよレイフォース様」


「そう、それ。やめて頂戴」


 リーナが突然、ニーアを指差して注意する。

 一体何のことだと思ったが、リーナはここの常連であるのだから"レイフォース様”なんて他人行儀な呼び方に気づくべきだったかもしれない。


「彼は紆余曲折あって私の使い魔になったツカサよ。

 使い魔である以上、家族も同然だから気にしなくていいわ」


「使い魔? また、随分と変わったことをしてしまったようね


 そこで、ようやく状況を理解した俺はニーアに頭を下げ挨拶をする。

 よくよく考えれば、これだけ金を持っている女性が普通であるはずもなく、そんな女性が利用している洋服店もまた普通であるはずがないのだから。


「初めまして。本日付でリーナの使い魔になった時任司だ。よろしく頼む」


「こちらこそ初めまして。私はニーア・イベール。

 一応、リーナの乳母になるかしらね」


「一応?」


「私が実家で色々あって、途中で乳母をやめてしまったのよ。

 リーナを見ていたのは2年半くらいかしら?」


 なるほど、途中で交代してしまったからかと納得する。

 だけど、二人の雰囲気を見るにやはり二人は乳母と子なのだろうと感じざるを得なかった。

 ちなみに、乳母があてがわれるほどのお嬢様だったのかと思ったら、どうやらレイフォース家というのはこの国の公爵家らしい。

 道理で金があるわけだ。


「それで、今日はツカサ君の服を買いに来たと行ったところかしら?」


「ええ、その通りよ。

 見ての通り、ツカサは今着てる服しかなくて動きにくいらしくてね」


「普段の生活くらいならこれでもまぁ問題はないんだが、体を思いっきり動かしたり寝るのには適さない。

 出来れば動きやすい半袖の服と寝間着を用意して欲しい」


 腐っても魔法学院である以上、魔法模擬戦闘の様なこともあるだろうし、使い魔として今後参加することがないとは言い切れないだろう。

 その時にこの服で大丈夫かと言われれば確かに問題はない。しかし、全く問題ないかと言われれば違和感はやはりあるもので好ましいとは言えない。


「動きやすい服というのは分かるけど、半袖という指定は何でかしら?」


「何でって、刀振るうのに袖は邪魔だし、火を扱うのに袖が長いと焦げるだろう?」


「「……」」


 二人が呆けた顔をしている。

 おかしなことを言っただろうか?

 使い魔として召喚され、戦う技能を持っているならば、使い魔として戦うのは普通のことではないのだろうか?

 ましてや相手は魔法師である。

 使い魔を召喚するメリットとしては呪文詠唱の時間稼ぎと言ったところだろうと司は考えていたのだ。


「ツカサ。貴方……戦えるの?」


「あのなぁ……いくら人間を呼んだ事例がないとはいえ、何の特技もない人間が呼ばれるのか?

 こういうのは大体、才能くらいは持った奴が呼ばれると相場が決まっているんだ」


「それだと、まるでこれから強くなるという風に聞こえるわね?

 リーナの魔法戦闘の成績は中々のものよ? 付いていけるかしら?」


「その辺は問題ない。戦闘スキルは一通り習得している」


 問題があるとすれば、この世界の常識の範囲内で行動が出来るかどうかと言ったところか――変にそのことを言えばニーアが不思議がると思って発言はしなかった。

 そもそも俺は異世界人である。つまり、異世界からやってきた訳で、その異世界にはその異世界の力がある。

 もっとも、日本から持ち込めるものなど、科学なんて技術知識くらいなもので、異世界で生活することを考えればたかが知れている。

 だが、この世界に存在しない力であることに変わりはない。

 その力を俺が有しているとなれば、確かに今回の召喚は少なくとも失敗ではないと言える。

 何故なら、優秀なリーナが召喚した使い魔が知識方面で優秀なのだから、国を豊かにするという意味でも公爵令嬢としての目的は達していると言える。これを失敗と言うならば、殆どの生徒が召喚に失敗していると言ってもいいだろう。


――閑話休題


 簡単な採寸が始まり、俺の要望を伝えた後、リーナと店を後にした。

 身内贔屓で最優先に作ってくれるとのことだったが、それでも明後日以降になると言われたためだ。


「となると、明日は俺一人でこっちへ来よう。

 仮縫い段階を明日見せてくれるんだろ?」


「それはそうだけど……大丈夫?」


「この辺は授業時間でも人が多いのか?」


「当然多いわ。この都市は学術都市とはいうものの、王都がほど近い場所にあるし、結構宮廷勤めの家族なんかが暮らしていたりするのよ。

 だから、日中も主婦やらなんやらと人がいるわ」


「ふーん……ま、見つからないように訪ねれば問題ない。

 道も覚えたし、なるようになるだろ」


 そもそも、そんな主婦たちが、リーナの使い魔の容姿まで把握しているとは到底思えないのだが、念には念を入れるくらいの用心はしておくに越したことはない。

 大した労力ではないし、それが原因で余計に厄介なことに巻き込まれる方が面倒だからだ。

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