第1話 主のリーナと使い魔なツカサ

 今日は所謂、始業式というもので、召喚の儀式を終えて無事に使い魔を得た魔法師たちは各々の部屋へと戻っていった。

 それは無事とは到底言えないが当然リーナにも当てはまるわけで、リーナに連れられて女子寮へと移動していた。

 あまり寮制の学校がない日本出身者としては、やはりもの珍しいシステムではある。他の世界に行っていた頃も特に学校というものはなかったのだから尚更。

 しかし、創作物諸々を考えると案外、魔法学校というものはそういうものなのかもしれない。

 道中幾人もの女子生徒とすれ違ったが、リーナが有名人なのか、余程異例のことだったのか、使い魔であるということをすでに皆知っているらしく、騒がれたりといった混乱は何故か起こらなかった。

 逃げられはしたが……


「ここよ」


 そう言って案内されたのは寮の一室。

 幸いと言うべきか、リーナが一人で使っている個室だった。


「俺には完全に個室に見えるんだが……」


「そうよ?」


「そうよって、アンタな……」


 何を当たり前のことを聞いてるの?とでも言いたげに司を見るリーナと、呆れて頭を抱える司。

 普通に考えて歳の近い男女を同じ部屋で寝泊まりさせる、ましてやここは学園の敷地内に設けられた学生寮である。ありえないだろう。

 そもそもここは寮なのだから。


「まさか、使い魔に別室が与えられるとでも?

 貴方が人間であることは誰の目にも明らかだけれども、私の召喚儀式で呼び出され右手に紋章が現れている以上、人間である前に私の使い魔なのよ。

 使い魔は主と同室にて生活するのは決まりごと。

 一部の物理的に入れない使い魔を除いてね」


 そう言ってリーナは窓の外を指差す。

 釣られるように窓から外を見た。

 校庭と思しき広い場所に竜が一匹、優雅に寝ている様子が見て取れる。

 なるほど、この部屋が嫌だと言えば、自分も外で野宿することになるのかと理解する。同時に、本来であれば外で野宿させられてもおかしくない状況において、部屋にいることを許してくれているリーナはそれ相応の責任を感じているのかもしれないと。

 それ以前に、こういう理不尽には慣れている。であれば、ああだこうだと駄々をこねるよりも、この世界の情勢、自身のおかれている状況を把握することに暫く注力してもいいだろうと思い、状況の改善を半ば諦めた。


「それで、俺はどこで寝たらいいんだ?」


「……」


「おい、まさか何も考えてなかったのか?」


「だ、だって、自分の召喚でまさか人が召喚されるとか普通思う?

 外にいる竜みたいなのは例外として、普通は小動物が召喚されるものなのよ。

 だから、同じベッドで寝ればいいとさっきまで思ってたの」


 言われてみると、人間を召喚するというのは普通のことではないらしい。

 リーナを始め、この魔法学校に所属する学生たちは皆、召喚士というわけではなく、あくまで魔法師あるいは魔法使いというものであり、召喚はこの一回きりで、信頼できるパートナーを使い魔として呼び出すためのものだと推察される。

 実際、俺以外にその場に呼び出された人間がいないどころか、残っている歴史を振り返っても事例がないのだという。

 でなければ、あの担当教師が驚くこともなかっただろう。


「まぁ、いい。流石に知らない世界で外で寝るとか勘弁だからな……

 何かタオルケットだけ用意してくれ。床で寝る」


「ええ、それは構わないけど――知らない世界ってどういうこと?」


「どうって、そりゃあ、異世界から来たって意味だが?」


「……」


 首を傾げるリーナを見て司は唖然とした。

 まさか異世界という概念がこの世界にはないのだろうか?

 答えは否。

 ないわけではないが、あくまで机上の空論。

 その存在を実証されているわけではない。

 まぁ、そもそも実例があり、事実として認識されている異世界自体がおかしいのであり、この世界や俺のいた地球の反応としては極普通の反応である。


「これはまた厄介な世界に迷い込んだみたいだな……」


 本来、召喚とは何か目的があり、その目的を達成するために行われる人員補充のようなものだ。

 この平行世界の全てを管理する神々が、召喚儀式によって申請された人員補充願いを受理することにより成り立つ。

 例えば、世界を滅ぼす大災厄に備え、各地で異常発生する魔物を殲滅する一騎当千の戦士の召喚であったり、圧政を強いる隣国の侵攻を食い止める軍師の召喚であったりと、召喚された者には必ず何か達成しなければいけない目的があるはずなのだ。

 しかし、リーナの使い魔として呼ばれた俺に課せられた目的とは一体なんだというのだろうか?


「仮に貴方――えーっと?」


つかさ時任ときとう司だ」


「そう、ツカサがこの世界とは異なる世界から来ていたとして、それを証明出来るものはある?」


「ふむ、妥当な質問だ。強いて言うなら今着ている制服だろうな」


 そう言うと司は上着を脱いでリーナに渡した。

 司が着ていたのは学ラン。つまり、学生服であり、リーナが着ている服も学生服であるならば分かりやすい比較対象となるだろう。


「それは、俺の世界で俺が通っていた学校に指定されていた学生服だ」


「随分と肌触りが違うわ。それにこんなデザインは見たことがない……

 この首のところに付いている白いのは?」


「ん? ああ、襟を立たせるのに使うプラスチック製の部品だ」


「ぷらすちっく?」


 どこの世界でも化石燃料という物が存在しない。

 それは、多くが地脈によって吸収され魔力となるからだ。

 故にプラスチックも存在しないのである。

 つまり、本来この世界に存在しない素材を持ち込んだということになる。

 これは、自分が異世界から来たことを立証する良い証拠となるだろう。

 しかし、詳しく説明出来るかと言われれば、そもそも化石燃料というものが存在しない世界の住人に説明出来るはずもなく


「俺の世界で常用される素材としか言えないな」


 なんともまぁ、気の抜けた曖昧な説明しか司には出来なかった。


「ふーん……軽いのに強度もある。確かに見たことない素材で出来てるみたいね。

 まだ半信半疑だけど、少なくとも私の知らない技術を持った場所から来たと言うことは間違いないみたいね」


 だが、それは杞憂に終わる。

 リーナ自身が非常に理解力に富んでいるようだ。

 司としてもすぐに信じて貰えると最初から思ってなどいなかったので、第一段階でそこまでの理解を引き出せたのは僥倖と言える。

 こういった人物は非常に重要で、異世界から召喚され右も左もわからない被召喚者にとっては貴重な情報源なのだ。

 なにせ、表現方法を無数に持っているため、被召喚者が理解出来るまで根気強く説明してくれるのだから。


「それで? ツカサはこれからどうするの?」


「どうするって? 俺一応、リーナの使い魔なんだけど?」


「当たり前でしょ。私は明日から授業があるの。その間、使い魔は自由行動よ」


 なるほど、そういうことかと司は考える。

 てっきり四六時中一緒にいるもんだと思っていたのだが、別に従者というわけではなくあくまで使い魔なのである。

 端的に言ってしまえばペットだ。当たり前だが全ての授業に付いていく必要はない。


「なら、適当に校内を散歩させて貰うよ。

 これから生活する場所だって言うのに何も知らないじゃ日常生活に支障をきたしかねないからな」


「なるほど……今から案内する?」


「いいのか?」


「ええ、構わないわ。

 授業中ならまだしも、この時間では人目につきやすいもの」


 たしかにその通りだ。

 ある程度、周りが慣れてくれるまでは一人で行動するのは避けたほうがいいかもしれない。

 しかし……


「んー。付き合ってくれるのであれば、服装の方をどうにか出来ないか?」


 学ランは制服であって私服ではない。

 どうしても動きにくいし、日常生活を送るには少し窮屈だ。


「それも、そうね。

 なら、今日は街に出て日用品を買い足しましょう。

 私も欲しいのがあったから荷物持ちをお願いね」


「承知した」


 こうして、俺たちは学校の目の前に広がる宿場町へと足を運ぶことになった。

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