24.クマさんと

 24


 ドリーグ邸での任務を終えた翌日。


 マリーとジュリアは朝から一緒に出かけている。

 二人はジュリアの身体検査を受けに、ノーズアンミーヤの旧研究棟の方へと行っていた。

 そしてサンシーナは昨日は夜遅かったので、拠点に泊まって現在はレイとリリィの二人と朝食を食べているところだ。


 今日の予定はゴーレム制作の為にイライザの店に行き、素材の買い足しをし、また拠点に戻って制作を再開するつもりである。

 昨日、ユープリスから話を聞いた三人は、海中遺跡の探検用ゴーレムの制作に俄然やる気を出していた。


 三人は早々に食事を済ませ、イライザの店へと急いだ。


 ◇◇◇


 イライザの店に着き、店の奥へと進むと、そこにはベアハウスのマスターとイライザが、椅子に座って話をしていた。


 二人がレイ達に気づいて声を掛ける。


「おっ!お嬢ちゃんに兄ちゃん、久しぶりだな。

 おっとサンもいるのか?何だ三人して買い物か?」

「そうなんです、クマさん!ちょっとゴーレムの素材を買い足しに来たのです!」

「えっ?!ゴーレム?またえらいもん作ってんなぁ。最近、店に来ないから皆心配してだけど、そんな凄いもん作ってたんだな!」

「あらまあ。お二人とも、お久しぶりです。

 街でお見かけしないので本当に心配してたんですよ!ふふ、でも、お元気そうで良かったですわ!

 それで海中遺跡のゴーレム、順調なんですか?」

「はい!水中で息をする魔術道具も目処がつきました。後は海中探索用ゴーレムの素材と魔術道具だけです。でも後少し頑張れば完成なのです!」


 リリィがグッと拳を握り状況を説明する。

 イライザはパチパチと手を叩いて喜んでおり、その隣で聞いていたマスターは度肝を抜かれた表情を浮かべていた。


 マスターはまた勘違いか?と思いサンシーナに海中探索の件を聞き直してみると、本当に海中探索が実現可能のようで、マスターは口をポカンと開けたまましばらく動けなかった。


「しかし凄いなぁ!お嬢ちゃん達。

 歴史的な発明に海中探索なんて、夢のような話じゃないか!」

「本当、私もついこないだまでは信じられない話だったのよね!でも最近になって分かった気がするの。本当にオルズマニアは凄いんだなって!」

「えっ?ちょっと、サン。これってオルズマニアが絡んでるのか?すげぇじゃねぇか!

 いや凄いなんてもんじゃねぇぞコレ!」

「ん?そんなに凄いのかオルズマニアって?」

「だからレイ!オルズマニアは本当に凄いんだって、前から何度も言ってるじゃないのよ!

 自分の商品出してるんだから、基本的な事は覚えておいてって、こないだマリーさんに言われたばっかりじゃない!」

「「へっ?」」

「あのよぉ、ちょっといいか?サン……

 今、兄ちゃんの商品がとか言ってなかったか?

 ……あぁ、悪い。俺の聞き間違いだ、多分。

 最近、疲れてたからな……」

「あぁ、クマスター。俺はオルズの人間だ……

 何かよく分からんが、俺が作った魔術道具を色々売ってるって聞いた事あるぞ!」

「そうなのです!こないだ聞いたばかりですが、私の作った魔術道具も売ってるらしいのです!」

「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ?!」」


 マスターとイライザは驚きのあまり、その場で腰を抜かしてしまう。

 三人はマスターとイライザに肩を貸して、近くの椅子に二人を座らせる。

 ようやく落ち着きを取り戻し「すまねぇな」とマスターが言い、イライザは「ありがとう」とお礼を言いながら、恥ずかしそうに顔を赤らめる。


 マスターとイライザの席にレイ達三人も一緒に座ると、店員が飲み物を持って来てくれたので、三人はその席で少し話を続けた。

 まだ信じられない、という顔のマスターとイライザにサンシーナが再び説明すると、どうやら納得してくれたようだ。


「しかし驚いたなぁ、まさかお嬢ちゃんと兄ちゃんがオルズマニアの研究員だなんて!」

「ふふふ、本当ですわ!お二人には初めて会った日から驚かされてばかりですが、今日は一段と驚きました!」

「うふふ、でも私達もクマさんには驚かされてますので、これでおあいこなのです!」

「うっ、お嬢ちゃん。そういえば俺のこと、まだクマだと思ってたんだよな?

 お嬢ちゃん、悪いけど俺は人間だ。クマじゃないんだ……あー、何だ、その。分かるだろ?」

「あぁ、分かっている。クマスター……

 本当はクマだけど、訳あって言えないんだな?

 そうか、これがハル兄が言ってた『世を忍ぶ仮の姿』ってヤツだな……」

「まあ!流石お兄様です!

 クマさん、他の人に知られてはマズイんですね?

 任せて下さい!私達そういうの得意ですから!」


 マスターは言外に『言わなくても見た通りだ』分かるだろ、と言ったつもりだった。

 しかしレイは、マスターがリリィに気を遣って言いずらそうにしていたのを、訳があって言えないから、言いずらそうにしてると勘違いしてしまう。

 そしてレイは言外に『言えない事情があるんだろ?』分かっていると応えたのだ。


 マスターの顔には、違うそうじゃないとしっかり書いてあり、否定している。

 そして彼の眉毛はピクピクと動き始め、安定の八の字眉毛に変形し、最近よく見るようになった困り顔へと変化していた。


 そのやり取りをサンシーナは、珍しく訂正を入れずに大人しく聴いているだけだった。

 それには理由がある。

 前回、友達になったお祝いでベアハウスを訪れた時、周りにいた大人達からお願いされていたのだ。

 マスターをクマだと勘違いしているレイとリリィ。

 これはこのままの方が面白いので訂正はやめてほしい、と懇願に近いようなお願いをされてしまった。

 流石にサンシーナもそこまでされてしまうと、何も言えなかったのだ。


「あらまあ、やっぱりお二人は凄いですわ!

 海中探索の日が決まったら、教えて下さいね?

 歴史的な日ですから、私も現場に行って、直にその空気を味わっておきたいの!」

「まあ!イライザ姉さん来てくれるのです?

 だったら……そうだ!

 海の中の様子を見れるようにしておきます!」

「えっ!そ、そんなこと可能なんですか?

 私としては嬉しい限りですが……」

「勿論なのです!多分、その日はバルも来ると思うのでハルナビをリンクして見れるようにしておきます!」

「あらまあ!なんということでしょう!」


 イライザは喜びに満ちた表情でリリィの手を取り「ありがとうリリィちゃん!」と言い、期待に声を弾ませる。


 そして海の中が見れるのであれば、他にも見たい人は多いはず。という話になり、当日は出来るだけ大きい魔術道具を用意して、町の人にも見れるように準備することになった。


 それから三人は、今日の目的である買い物の話をイライザにする。

 目的の買い物は、マスターとイライザが腰を抜かしてしまったり、海中探索の話に夢中になってしまったりと、なんだかんだで後回しになっていたのだ。

 今日購入する素材の話になると、イライザは店員達を集め、指示を出して不足していた素材を店内で集めさせて話を続けた。


「兄さん、海中遺跡が見れるなんて楽しみですね!」

「そうだなぁ、こりゃ町の人も驚くぞ!」

「ん?クマスター、ちょっと待ってくれ!

 まさか、あらまあ姉さんの兄貴なのか?」

「そうだぞ、兄ちゃん。俺はイライザの兄貴だ。

 ん。そういえば言ってなかったか?」

「ふふっ、そうか!凄いじゃないかクマスター!

 リリィ、リリィ。これがハル兄が言っていた『美女と野獣』ってやつじゃないか?

 いやぁ、初めて見たぞ。こんなゴツイ兄貴に華奢で美人な妹がいる兄妹なんて!」

「そうですわ、お兄様。恐らくこれがハル兄様の言っていた『美女と野獣』なのです!

 本当クマさんには驚かされてばかりですわ!」

「ちょっと待ってレイ!それを言うなら、ジルさんよりゴツイあんたの方が、美女と野獣にピッタリじゃないの?」

「ん?何を言っているんだサン。俺は人間だぞ?

 まぁクマにはなってみたいが、俺は人間だから、美女と野獣には頑張ってもなれないんだ!」

「あー、なるほど!そこでクマの話に戻るのね?」


 ハルフォードがレイとリリィに教えた、美女と野獣。本来の意味とは違うように捉えられているが、そこは二人の勘違いである。


 マスターは眉を八の字にして、困り顔でサンシーナを見つめ、何とか訂正してくれという雰囲気を醸し出している。

 それに気づいたサンシーナ。

 お願いされている手前、訂正することが出来ない。そんなサンシーナはマスターを見て苦笑いを浮かべていた。


 しばらくすると、店員達が必要な素材を全部集めてくれたので会計を済ませ、三人は店を後にする。

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