22.地下牢

22


――屋敷の地下通路 。


マリーがドリーグの執務室に入る頃。

レイ、リリィ、サンシーナの三人はマリーのゴーレムである、ネズミ型ゴーレムの案内によって屋敷の地下に来ていた。


薄い茶褐色のレンガで覆われた壁と天井。

三十メートルほど続く長い廊下には、各所に魔術道具で灯されている。

廊下の壁には等間隔で鉄製の扉があり、中の様子を見る限り牢屋として使っているのだろう。


廊下を歩いて行き、一番奥にある扉の前にたどり着くとゴーレムがここだと言わんばかりに「チュウ!チュウ!」と鳴く。

扉の前には二人の兵士が昏睡している。ゴーレム達が事前に眠らせたようだ。

レイは案内をしてくれた三体のゴーレムに「ありがとう、ご苦労様」と言って小さな魔石を三体に渡すと、ゴーレム達はペコリと頭を下げ、貰った魔石にかじりつく。


レイは扉を開けようと取手を持つが、鍵がかけてあり開かない。

三人で昏睡している兵士達の身を探すが見当たらないので、レイが魔法で開けることになった。


レイが鍵穴に手をかざすと、サンシーナが「解錠魔法も使えるんだ!」と言うとレイはサンシーナを見向き「ん?使えないぞ」と応え、魔法を終えてかざしていた右手を鍵穴から離す。

手を離すと、そこにはさっきまであった鍵穴がまるごと無くなり、ぽっかりと丸い穴が開いていた。

それを見たサンシーナは呆れ顔で「あ、うん。力業だったのね」と呟く。


取手を引くと扉が開き、その牢屋の中には椅子に座り机に突っ伏す少女が一人。

三人はゆっくりと少女に歩み寄って、サンシーナが声を掛ける。

「助けに来たわ!ねぇ、大丈夫?」と言うと少女がむくりと身体を起こし「ん?ごはん?!」と反応した。


椅子に座る少女の名はジュリア・マクレーン。

青く透き通るような大きな瞳に、肩まで伸ばした綺麗な金髪。そしてどう見ても短く切りすぎた前髪が、少女にとてもよく似合っていた。

なだらかな曲線を描く柔らかそうな頰が愛らしく、ほんのりと赤みを帯びている。

少女は十歳という年齢だが、その割には身体は小さい方と言えるだろう。


「ん?何だ腹が減っているのか?」

「ん。もうごはんの時間なのに、今日は全然ごはん持って来ない。お腹が減って、もう動けない……」

「まぁ、今日は屋敷のみんなは寝てるはずだから……

多分、食事は来ないと思うわよ?」

「そ、そんな……」

「まあ!ハル兄様がよく言っている、ごはんを知っているのですね?!

そういえば、今日はバルにお願いして朝カレーを作って貰い、そのカレーがまだあるのです!」

「ん!!カレー!食べたい!」


サンシーナはリリィの言うカレーが、何のことか分からないような顔をする。

だがカレーと聞いた少女は、リリィに身体ごと向けて目を輝かせている。

先程までのダラけた感じは消えて、現在はまるで食事を前にお預けをしている犬のように、ふんふんと鼻を鳴らし興奮している。


その様子にリリィは「ふふふっ、ちょっと待ってね?」と言い、空間収納からカレーを取り出し少女の前に置いた。

カレーライスである。

少女は口を大きく開き、笑顔を見せ「うわぁ!いいの?」とリリィに聞くと「どうぞ」と微笑みながら応えるリリィ。


ぱくぱくと口いっぱいに頬張るジュリア。

そのとても幸せそうな表情に三人の口角が上がる。

あっという間に食べてしまうと、少し悲しそうに皿を見つめているジュリア。

それを見たリリィは、再び空間収納からカレーを取り出す。


ジュリアはお代わりを食べ「ん。美味い!」と満面の笑みを浮かべていた。


ほどなくして完食。

ジュリアはリリィ達にお礼を言い、それから各々自己紹介を済ませて、ドリーグから助けに来た旨、現在の屋敷の状況をジュリアに説明する。


「それでねジュリアちゃん、どうしてドリーグに捕まっていたの?」

「ん。ジュリアでいいよ。サンちゃん!」

「……サンちゃんって……

なんか前にもこんな事あったわね。

サンちゃんって呼ばれるのは、何か分からないけど、すごい大御所感がするからやめて!

私のことは、サンでいいから……」

「ん。分かった!サン。

えっとね、ジュリアは王都にいたの。

そんで、男の人が美味しいごはんを食べさせてあげるって言うからついて行ったら捕まえられた!」

「そうだったんだ……

いい?ジュリア。美味しいごはんって言われても、今度からは知らない人について行ったら駄目よ!」

「ん。分かった!」


ジュリアは元々王都の孤児院で、冒険者の手伝いみたいなことをして生活していた。

彼女の目立つ容姿に加え、自分は他の世界から転移してきた、と自ら話をしていたこともあって王都では少し噂になっていたのだ。


サンシーナの話に素直に頷き返事をするジュリアに対して、レイとリリィは驚いたような顔をしている。


「えっ?!駄目なのか?サン。

美味しいごはん、って言われたら付いて行くだろ?普通は……」

「そうなのです!美味しいごはんなのですよ?

付いて行くのが普通なのです!」

「はあ、あなた達ったら……そこからなの?

駄目に決まってるでしょう!

ジュリアみたいな小さくて可愛い女の子だったら、今回みたいに誘拐されて、下手したら奴隷として売り飛ばされる可能性もあるんだからね!」

「あぁ、なるほどな。そういう事か……

なら付いて行ったら駄目だな!」

「誘拐……町って恐ろしいところなのですね……」


何故か目の前に座る少女ではなく、成人した二人に誘拐の可能性について説明するサンシーナ。

頷いている二人を見ると、どうやら理解してくれたようだ。


ジュリアがリリィを興味深げに見つめ、リリィに尋ねる。


「ん。リリィちゃん、何でカレーライスがあるの?

ジュリアね、前に日本に行った時に食べたことがあるから知ってるけど、この世界の人達は誰も知らないはずなのに……」

「まあ!ジュリアちゃん、日本に行ったことがあるのね?!すごいわぁ〜羨ましいのです!

さっきのカレーライスは、ハル兄様が日本で食べていたカレーを再現したのよ。

ハル兄様の故郷は日本って言ってたわ。って事はジュリアちゃんも転移者なのかしら?」

「ん。リリィちゃん、呼び名はジュリアでいいよ。

ジュリアはねアメリカから転移してきた。

多分、ジュリアはあっちの世界で病気で死んだから、この世界に転移したんだと思うの。

八歳のときに病気になってから、病院のベッドから動けなかったし……

それとねさっきリリィちゃんが言ってた日本ね、違う国で、すごく遠いけどジュリアね、日本大好き。

アニメ、漫画、ゲームどれも最高なんだよ!パパとママもね日本大好きだったの!」

「そうだったのね……

まだこんなに小さいのに、病気で動けなかったなんて、大変だったのね……

ねぇジュリア。

これから私のことはリリィって呼んで!

それかお姉ちゃんでもいいわよ!」


ジュリアがこの世界に来たのは約一年前。


彼女が日本の事をよく知ってるのは、両親の影響もあるのだが、病院で生活するようになってからは、ほぼ毎日、日本のアニメと漫画ばかり見ていた。


それから日本の事を興奮気味に話すジュリア。

それをレイとリリィは、目を輝かせながら聞いていた。


「やっぱりジュリアが言っているのは、ハル兄の言っている事と同じだな。

あぁ、それとジュリア。俺のことはお兄ちゃんって呼んでもいいぞ」

「――お兄様!まさかそういう趣向が……」

「ちょっとレイ?あんたまさか、そういう人だったの? 」

「ち、違うぞ!誤解だ、誤解。聞いてくれ!

ほら、リリィがお姉ちゃんなら、俺はリリィの兄だからジュリアのお兄ちゃんになるだろ?」

「その狼狽え様、怪しいわね?」

「ん。レイはレイ、お兄ちゃんじゃないの!」


珍しく狼狽えるレイに、リリィとサンシーナの冷ややかな眼差しが刺さる。

すかさず視線を逸らすレイの姿にジュリアは大笑いしていた。


三人がジュリアがいる牢屋に来てから、そこそこの時間が経過していた。

その大半が日本のアニメについて、熱くなったジュリアの話が止まらなかったというのもある。


それから三人は用件も済んだし、とりあえずマリーと合流するか、という話になり牢屋から出ようとする。


「ん。お腹いっぱいで、う、動けない……」

「もう、ジュリアったら。三杯も食べるからよ!

結局、動けなくなっちゃってるじゃない!」

「だって、すごい美味しかったんだもん!」

「うふふ、そうでしょう。そうでしょう!

でも、困りましたわ。どうしましょう?」

「ん。だっこ……」

「ん?だっこか?!

いや、だっこしてくれるのは楽でいいが、ジュリアは小さいから俺をだっこ出来ないんじゃないか?」

「ちょっと違うわよ、レイ!

ジュリアはだっこして欲しいって言っているのよ!

そもそも何でジュリアがあんたをだっこするって話になってるのよ?

まぁ、いいわ。レイ、ジュリアをだっこしてここを出ましょう!」


レイにだっこしてもらうジュリア。

いつもとは違う視線の高さに「うわぁ、高い!」と大はしゃぎである。


ペシペシと頭を叩かれながら歩み進めるレイ。

扉を開け廊下に出ようとした――その時。


――ドッゴーーーーン!!


と牢屋に鳴り響く轟音。

何かにぶつかった様な音。

いや、何かにではない。


その音はジュリアの顔面が壁に強打した音だ。


レイが扉を開けて廊下に出ようとしたその時。

扉の上部には壁が設けてあり、その部分におんぶされているジュリアの顔面がヒットしたのだ。

レイの身長は二メートル近くある。小さな扉であれば、少し首を傾げないと壁にぶつかることが多い。

そのレイがジュリアをだっこしているのだ。

そのまま通り過ぎようとすれば、ぶつかってしまうのは必然だった。


それにジュリアも注意が足りなかった。

久しぶりに出る牢屋。

それに美味しいカレーを食べて、だっこをしてもらいテンションが上がってしまった。

当然、周りのことなど見ておらず、早く進めとレイの頭をペシペシすることに夢中になっていた。


その一部始終を見ていたリリィとサンシーナが慌てて駆け寄り「「ジュリアーー!!」」と叫ぶ。二人共必死の形相だ。

高鳴る鼓動。

背筋が凍りつく。

顔の血の気が引いていく。


壁についていたレンガが、ポロポロと崩れ落ちていくほどの衝撃だった。


そんな二人の心配を知らずに、当の本人であるジュリアが平然とした表情で「ん。大丈夫」と二人に見向いて一言だけ言った。

そのジュリアの様子にリリィとサンシーナは顔を見合わせて「へ?!」と一言。


「ちょっ、ちょっとジュリア?本当に大丈夫なの?

めちゃくちゃ凄い音したけど?」

「そうですよジュリア?怪我とかしてない?

痛いところはない?」

「ん。全然平気!ジュリア、頑丈だから!

ガラー二峡谷の一番上から落ちても大丈夫だった。

たぶん神様がこっちの世界では頑丈な身体にしてくれた。ん。神様に感謝!」

「悪かったなジュリア。でも本当に大丈夫か?」

「ん。大丈夫。ジュリアも周り見てなかったの悪い!レイは悪くない、だから気にしない!」


ジュリアは傷ひとつなかった。


本人が言うように、全く問題なさそうだ。

驚きのあまり、唖然とした表情を浮かべるリリィとサンシーナ。

ジュリアの平気そうな振る舞いに安心したのか、二人はヘナヘナとその場に崩れ落ちるように腰を落とす。


そしてサンシーナは「本当、あなた達と一緒にいると寿命が縮むわね……」とポツリと呟いていた。

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